表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/124

本領

 


 苦しい。



 暗い。



 痛い。


 俺は……今何をしている?


 夢現な気分だ。

 何も見えない。

 何も聞こえない。


 ……だが、感じる。粘り気のある空気が体にまとわりつくような不快感。

 気持ち悪い。きもちわるい。


 視界が開けてきた。


 俺は腐敗したドス黒い大海に浮かんでいる。あたかも意思を持ったかのように蠢く海流。いつそれに呑み込まれるかも分からない。


 空には厚い厚い暗雲が我が物顔で跋扈(ばっこ)し、雷がその間を縫うように駆け抜ける。


 なんだここは。気味が悪い。

 誰でもいい、早く俺をこの場所から引きあげてくれ。


 そんな気持ちとは裏腹に海流が俺を呑み込まんと動き出す。


 うぷっ。


 やめろ息が出来ない。溺れる。

 こんな汚い海で死にたくはない。

 沈む。


 

 苦しい。



 暗い。



 痛い。



* * *



「……はぁッ!……はぁはぁ」


 なんだ今の。

 海があって……。

 ……夢か。どんな夢だよ、人生であんな醜悪なの1回も見た事ない。正しく悪夢だなあれは。二度と見たくないぞ。


「いっ!?」


 現実に引き戻され、安堵した俺だったが気を抜いた瞬間に後頭部に激痛が走った。


 何だ?

 尋常じゃなかったぞ今の痛みは。


『ガチャ』


 は?


 なんかヤバい毒虫とかに刺されたのかと思い至り、後頭部に触れて真偽を確認しようとしたのだが手が動かない。


 いや……これは手というよりも。


『ガチャガチャ!』


 ……全身が動かない。

 何だこれは。

 首だけが動くため、俺の現在の状況をすぐさま確認する。正直混乱で頭がいっぱいだ。


『ガチャ!』


 これは……手枷?

 黒く着色されたそれはかなりの大きさであり、俺の手首だけではなく前腕の中ほどまで圧迫感に支配されている。鎖部分もかなりの太さを誇っており、強引に引きちぎるという選択肢は考えられない。俺が動く度に響く『ガチャ』という音はこの鎖から鳴っているみたいだ。


 それに、


『ガチャ!』


 ……足枷も。


 訳が分からない。

 一旦状況を整理させてくれ。


「ふぅ……」


 ズキズキと痛みを訴える後頭部のせいで思考がまとまらない。1度ゆっくりと深く息を吐き、辺りを見回す。


 先ずは俺。

 どうやらベッドに仰向けで横たわっているらしい。シミが多く埃っぽいこのベッドは間違っても清潔とは言えず、ノミやダニがわんさか湧いてそうでとても不快だ。

 そのベッドの四隅に手枷、足枷が固定されており、俺の四肢は不自由を強いられている。ちょうど大の字の形で貼り付け状態だ。


 次にこの場所。

 ……。


 知らない、天井だ……。

 まさかこの名言をこんな意味不明な状況で出すことになるとはな。神よ、どうかご慈悲を。


 一見するとごく普通の民家の一室といったところか。ただ、室内は非常に暗い。カーテンを締め切っただけではここまでは暗くならないはずなので、窓を板か何かで塞いでいるんじゃないだろうか。


 首以外動かせないので、得られる情報はこれくらいだ。


 ……うん、意味わかんない。

 後頭部が無茶苦茶痛くて上手く思考に集中出来ないし、この部屋なんかちょっと臭うし。


 そもそもなんで俺こんな所に居るんだっけ?さっきまで何してたかな……。


「うぐっ」


 記憶を掘り返そうとすると後頭部に激痛が走る。勘弁してくれ。

 動けない、思い出せない、考えられない。詰んでるだろこれ。ベッドに縛り付けられてるこの体勢はなんかSMプレイのMの方みたいで恥ずかしいし。早く誰か来て欲しいけど、あまり見られたくもないな。



 はぁ。




「ふんっ♪ふふふんふふふん♪ふふふん♪ふふふん♪ふんっ♪ふふふんふふふん♪ふっふっふーふふんっ♪」



 ん?

 どこからともなく……いや、扉の向こうから聞こえるこの鼻唄は。確か有名な童謡だな。聞き覚えがある。聞き覚えがあるんだけど……それだけじゃなくてつい最近聞いた気が……。


 引っかかる。思い出せない。しかし思い出そうとすると頭が痛むからなあ。


 まぁ今はいいだろう。兎に角、人がいることは確定したのだ。早急に助けを求めたい所なのだが、そもそも俺をこの状態にしたのは何処の誰だ?という最も根底的で重要な疑問が残っている。


 後頭部の激痛ゆえに正常な判断が出来なくなっている自覚はある。それでも先程の鼻唄の主が俺をこんな風にした張本人であることは想像に難くない。


 ……。冷や汗が……。


 『ギィ……』と年季を感じさせる開音と共に、木製で無骨な扉が開かれた。



「ふんっ♪ふふふんふふふ……あれ?ダーリン!!起きたの?」



 この人は……



「……ッ!?」


 痛い!!


「うぁ"……!!」


 後頭部が内部から弾けるような痛み。視界が霞む。熱い痛い熱い痛い熱い痛い!

 痛みの奔流とも言うべき負の感覚が脳内を暴れ回る。かつて経験したことの無い種類のこの痛み。歯を限界まで噛み締める。そうしないと耐えられる自信がない。



「ぉ"まえ……」


 あぁ思い出した。全部思い出したぞ。

 血濡れたスパナも、まるで手入れしていないボサボサの黒髪も、センスが悪い靴も、脳内をフラッシュバックする。


 俺を殴り倒して拉致し、ここに運んできたのは紛れもなくこいつだ。


 痛みに耐えつつこいつの顔を見る。


 痛みに傷んだその黒い長髪。その大きな目には光が宿っておらず、新雪のような白い肌とは対象的な少しばかりの隈が目立つ。少し紫がかった唇は何処かこちらを不安な気持ちにさせるが、全体的にパーツはよく美女……あるいは美少女と呼んで差し支えない美貌だった。


 ダボダボの白いカッターシャツ1枚だけを身にまとっている。俗に言う『裸ワイシャツ』だろうか。


 こんな人が俺を?

 

「あはっ!痛がってる!可愛い……興奮しちゃうよぉ」


 俺はこの世界に来てから、幾度となく女の子に襲われた。しかし女性は女性。力で()に叶うわけはなく、いつも軽くあしらってきた。それに例えなにか危害を加えられたとしても非力な女の子に加えられる危害などたかが知れている。


 そう考えていたのだが。


 こいつは俺を拉致した時、60キロあるこの体を軽く担ぎ運んだのだ。加えて一撃で俺を卒倒させる手際。

 マジで何者だ。

 ……こんな事になるんだったらソフィに同窓会の会場くらいまでは着いてきてもらうんだった。

 ってそうだ同窓会!今何時だ?くそ、まさかこんな事態になるとは。……ちょっと自分の価値を甘く見てたかな。


「はぁ……イッちゃうかも……。ん?ダーリンどうかした?」


「……」


 どうしよう。正直言ってこいつ無茶苦茶怖いんだけど。えっと初対面だよね?ダーリンって何?もしかして俺殺される?大丈夫?目的が分からん。あと、なんで今イッちゃうの?


「……あなたが誰なのかは聞きませんが、何故僕を拉致したのですか?」


 震えそうになる声を押し殺し疑問を問掛ける。


「えっ?拉致?ん〜……拉致っていうか、だってダーリンは凛海のモノでしょ?どうしようと凛海が決められる、みたいな?ちゃんと首輪も付けてあげたし」


 ……いよいよヤバいやつに目を付けられてしまったかもしれない。俺の運命はここで終わると、そういうことなのか?

 というか、


「首輪?」


 首に何かあるのは感覚的に分かってたけどまさかこれが首輪とはな。本当にペットみたいだ。本当になんなんだこいつ。可愛い顔してえげつなさしか感じないんだけど。


「あは!まぁまあ!細かいことはいいじゃん!さあ何する?楽しくお喋り?一緒にテレビ見る?ゲームする?それとも……」


 自らを『リミ』と呼ぶこいつはそこで1度言葉を区切り、舌舐めずりをしながらこちらへと向かってくる。フラフラと不安定、なのに何故かしっかりとした足取りで。

 そして俺に跨ると口からヨダレを垂らしながら、その生気のない目で至近距離で見つめた。



「……えっちなこと、したい?」


「……ッ」


 鳥肌が立った。正気なのかこいつは。僅かに赤く染ったその妖艶な顔も、こいつから感じる高い体温も、顔にかかる甘い吐息も、本来なら男である俺なら歓喜に値するのに。普段なら大歓迎なのに。

 決定的にシチュエーションがイカれてる。  

 かび臭く仄暗いこの部屋。頭部に傷を負い、縛り付けられ身動きのできない俺。

 こいつ……リミだけが明らかに浮いている。こういうやつをなんて言うか俺は知っている。



 

 狂人。





「ねぇねえ!えっちなことしたいんでしょ?そうだよね!?凛海もう我慢出来ないよ!!ダーリン!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ