ハロウィンで主従逆転?(コミカライズ記念番外編)
2025年9月16日より、カドコミ様にてコミカライズ第1話が公開されました!
漫画を担当してくださったのは、KARUTO先生です! ミスティア可愛よくてスキアも美麗騎士に描いてくださっているので、ぜひご覧ください♪
西の空が夕焼け色に染まるころ、魔法学園ではハロウィン祭が始まろうとしていた。
校舎も会場もハロウィン一色。そこかしこにカボチャのランタンが灯され、天井からはおもちゃのコウモリが舞い下りている。
(まるで異世界に迷い込んでしまったみたい……!)
見事に飾り付けられた舞踏会場を見回しながら、ミスティアは胸を高鳴らせた。
今夜は特別な夜――学園主催の『ハロウィン舞踏会』が開かれる夜なのだ。
参加する生徒たちは普段のドレスではなく、それぞれ趣向を凝らした仮装で臨むことになっている。もちろんミスティアもまた、この夜にふさわしい衣装を身にまとっていた。
その姿に気づいた生徒が、思わずアッと声をあげる。
「ミスティア様だわ! なんてお可愛らしいお姿なの!」
「邸宅にお持ち帰りしたいですわぁ……っ!」
生徒たちが口々に彼女を褒め称える。
今夜のミスティアの仮装テーマは『黒猫』。普段は下ろしている長い銀髪はツインテールに。そして頭上には二つの黒い猫耳がぴょこっと飛び出していた。
衣装は黒猫をモチーフにしたゴシック風のドレスで、スカートの後ろ部分には長いしっぽまでつけられている。
――ちなみにこの衣装を誂えたのは、ミスティアの侍女であるアイリーンだ。
ハロウィン舞踏会に颯爽と表れた猫耳美少女に、周囲の視線は釘付けとなる。
「ミスティア様っ! 私、今日のためにクッキーを焼いてきましたの、ぜひ受け取ってくださいまし!」
「いいえ、私が腕によりをかけて作ったお手製マカロンを是非お受け取りください!」
とご令嬢方があっという間にミスティアを囲い込み、彼女へ手作りのお菓子を差し出す。
――ハロウィン舞踏会では、憧れている人や好きな人に手作りのお菓子を送るという、古くからの慣習がある。
そして相手がお菓子を受け取れば、お近づきになれる機会を得られる――という訳なのだ。
そのため、普段話しかけたくても機会を得られなかった令嬢たちが、必死の形相でミスティアへお菓子を受け取ってもらおうとしているのだ。
戸惑いつつも丁寧にお菓子を受け取る、黒猫に扮したミスティア。
「ありがとうございます」
そんな姿を、遠目からじっと見つめる者が一人。
「…………」
ミスティアの契約精霊スキアである。
彼は学園の生徒ではないため、仮装はせず普段通りの銀鎧を身にまとっていた。
ただ会場の壁に背中を預け、『俺に話しかけるなオーラ』を放ちながらミスティアを見つめ続けている。
「ふん……」
彼は人だかりに囲まれるミスティアを一瞥すると、足早に会場から去っていった。
*
数分後。
ミスティアがいまだ生徒たちに取り囲まれていると、突然会場で大きなどよめきが上がった。悲鳴じみた黄色い声も混じっている。
いったい何事かと、ミスティア含む生徒たちはどよめきの方へ視線を向けた。
騒ぎの元凶を目にし、彼女は思わず息を呑んだ。
――そこに佇んでいたのは、一体の美しい吸血鬼。
漆黒の外套に包まれた長躯に浮かぶのは、彫刻のように整った顔。
「ス、スキア……!?」
ミスティアに名を呼ばれた彼は、月が昇るようにゆっくりと口の端を吊り上げた。
美貌の吸血鬼がコツコツと靴を鳴らし、一心に彼女を見つめながら歩み寄ってくる。距離か近づくにつれ、ミスティアの心臓はドキドキと早鐘を打った。
ミスティアを囲んでいた生徒たちが、彼の放つオーラに圧倒され放心状態で場所を譲る。
やがて大きな影がミスティアをすっぽりと覆いつくした。
「……俺も仮装してみたのだが、どうだろうか」
小首を傾げる彼に、見惚れていたミスティアがハッと我を取り戻す。
「に、似合っています! とても。まるで、本物の吸血鬼が現れたのかと思うくらいでした」
「ありがとう、嬉しいよ。あなたの仮装もとても可愛らしい。――誰の目にも触れさせたくないと思ってしまうくらいには」
ゆったりと妖しく目を細められ、ミスティアの頬が赤く染まる。
すると次の瞬間、スキアはミスティアを自らの懐へ素早く抱き寄せた。そして彼はまるで周囲に見せつけるように、彼女の白い首筋へ唇と近づけ――。
「……っ!?」
自らの牙を、柔肌へと突き立てた。
もちろん本当に吸血したわけではない。フリだ。だがそれでも、周囲の生徒たちは一斉に頬を真っ赤に染め上げた。同時にスキアはミスティアの肩越しに、ミスティアへ密かにお菓子を渡そうとしていた男子生徒たちを一瞥した。眼差しに射抜かれた彼らは、魅了され言葉を失ってしまう。
――けん制の効果は抜群であった。
白い肌を染めミスティアが動けないでいると、彼女の耳元で吸血鬼が囁いた。
「これであなたは我が眷属となった。俺の命令にはすべて、速やかに従うように」
やけに様になる設定だ。
「ひ、ひぇ」
彼の放つあまりの色香にミスティアはか細い悲鳴しか上げることができない。畳みかけるようスキアが至近距離で微笑む。
「愛する人が人気者だと、嫉妬で身が持たない……」
「に、人気者だなんて」
(同じ言葉をそのままお返したいわ……!)
だが二の句を継げずミスティアが固まっていると、スキアが彼女の手を引いた。
「さて、ミスティア。その猫耳はとても愛らしいのだが、没収させてもらう。――よいな? 眷属よ」
「は……はい。主様」
「!」
主様、と呼ばれたスキアが大きく目を見開く。するとみるみるうちに彼の耳は赤く染まっていった。それを隠すよう彼が掌で顔を覆う。
「はぁ……まったく、あなたには敵わないな。さきほどの言葉、俺以外には絶対言わないと約束してくれ。――さて、そろそろ踊ろうか」
「ふふ、喜んで」
こうして吸血鬼と耳なしの黒猫は、甘くて楽しい一夜を過ごしたのであった――。





