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6 学園一の人気者

「キャーッ! こちらをご覧になってー!」


「い、今絶対わたくしと目が合いましたわ!」


「いいえっ。あの方は絶対に私の方をご覧になっておられました!」


 午前の授業が終了し、現在は昼休み。


 そんな学園の中庭では今、大量の人だかりができていた。そのほとんどは女子生徒である。彼女たちが黄色い悲鳴を上げ熱い視線を送っているのは、ある一人の男子生徒――。


 ノア・ロスローズ卿である。


 最近魔法学園へ編入してきた、ミステリアスな魅力を放つ美青年だ。


 ミスティアは人ごみに紛れながら、周囲に気づかれぬよう小さくため息を吐いた。そして注目の的となっているノアへと視線を向ける。


 ノアは今、細剣を手にフェンシングの模擬試合を行っている真っ最中だ。


 なるほど、剣さばきは見事ではあるがミスティアは興味のない様子で目を逸らした。なぜなら彼は、しばらくの間スキアに会えなくなるという原因を作った張本人。目を背けたくなるのも当然ではある。


 ではなぜ、ミスティアがそんなノアの試合を見守っているかというと。


「ノア様のお相手は、王国騎士団の名門である由緒正しきお家のご令息ですのよ。剣の腕は学園でも一、二を争うほどのお方ですの! なのにノア様は互角どころか、むしろ押していらっしゃいますわ! わたくし胸が熱くてたまりません……なんて素敵なお方なのでしょう!? ねぇミスティア様!」


 ノアに熱を上げているクラスメイトの一人によって、無理やりここへ連れ出されてきたからである。ミスティアの隣に立つ女性生徒が、興奮した様子で彼女の腕にしがみつく。


「え、えぇ……」


 キラキラと目を輝かせながら凄まれるので、ミスティアはごまかすよう曖昧に微笑んで見せた。

 煮え切らない態度だったものの、幸いノアに夢中になっている女子生徒はミスティアの態度をまったく気にしていない様子だ。彼女の視線がノアへと移されると、ミスティアはホッと胸を撫でおろした。


 ――それにしても、と思う。


(ノア・ロスローズ卿……。編入からまだ一週間も経っていないのに、あっという間に学園中の人気者になるだなんて)


 そう、ノアはその容姿の端麗さと気さくな性格により、生徒たちの人気を一心に集めていた。


 授業の実技ではクラスで一番の実力を発揮。提出したレポートは教師に『これは論文になるぞ!』と太鼓判を押されてるほど。このように優秀な彼ではあるが、得意になってお高くとまるわけでもなく、むしろ誰に対しても親切で人好きのする笑顔を絶やさない。


 まさに非の打ち所がない完璧な貴公子。彼が瞬く間に学園中の生徒たちのハートを射止めたのも、無理はない話と言えた。


 ミスティアが物思いにふけっていると、突然キン! と甲高い音が中庭に鳴り響いた。その音にハッと顔を上げれば、レイピアが宙を舞い、ストンと地面に突き刺さった。


「ノア様の勝利よ!」


 そう誰かが叫び、きゃああっと大歓声が上がる。

 誰もがノアの勝利を称え盛り上がる中、ミスティアはやはり浮かない表情を浮かべていた。そしてクラスメイトに気づかれないよう、静かにこの場を去ろうとしたその瞬間。


「――ミスティア様! こちらにいらしていたんですね!」


 甘く明るい声。ミスティアはギクリと身を縮める。

 

 自然と周囲の視線がミスティアへと集まった。こんなにもはっきり名を呼ばれれば、振り向かないわけにはいかない。意を決した彼女は、恐る恐る振り返った。するとそこには、絵にかいたように満面の笑みを浮かべたノアの姿。


 目が合うと、彼は迷いなくまっすぐミスティアのもとへ歩き始めた。

 彼が進むたび波が引くように人垣ができていく。やがてミスティアの周囲には誰もいなくなってしまった。戸惑っている間に、とうとうノアが彼女の前で立ち止まる。


 暗い表情のミスティアに対し、ノアはとろけるような優しい微笑みを送る。彼女は居心地が悪そうにぎこちなく視線を彷徨わせた。二人が立ち並ぶと、途端に周囲はひそひそと何かを囁き始めた。


「なんて絵になるお二人なの……!」


「あら? ミスティア様のお傍に大精霊様がいらっしゃらないわよ?」


「私のミスティア様がぁ」


 なんていう言葉が耳に入ってくるが、ミスティアは努めてこれらの言葉を聞き流すことにした。

 

「嬉しいなぁ、ミスティア様に僕の試合を見に来ていただけるなんて。少しは僕に興味を持っていただけたと思ってもいいんでしょうか?」


「い、いいえ。そういうわけでは――」


 すかさず否定しようとするミスティア。だがノアは遮るように言葉を続けた。


「ミスティア様にふさわしい男になれるよう、これからも頑張りますね。……なにせ貴方様は、僕の大切な婚約者なのだから」


「っ」


 周囲にアピールするよう両手を広げ大声で宣ったノアに、ミスティアは顔をこわばらせる。途端に周囲では大きなどよめきが湧きおこった。普段は人形めいているミスティアも、これには強い動揺を示さずにいられない。


(また……! こんなに大勢の前でそんなことを!)


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