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4 仮初の婚約者

2025年9月16日より、カドコミ様にてコミカライズ第1話が公開されました!

漫画を担当してくださったのは、KARUTO先生です! ミスティア可愛よくてスキアも美麗騎士に描いてくださっているので、ぜひご覧ください♪

 オーラントの提案に、ミスティアがハッと目を見開く。


「『仮初の婚約者』……でございますか」


 オーラントがうむと頷いた。


「いかにも。こたびの婚約がそなたにとって本意でないことは承知だ。しかしロスローズ家からの婚姻話をはねつければ、余は契約水晶に命を奪われてしまう。自分の命恋しさにそなたへ我慢を強いるのは卑怯だとわかっている。だが、だが……! この通りだ、どうか頼む!」


 オーラントが勢いよく腰を折る。一国の王に頭を下げられ、ミスティアは慌てて両手を振った。


「お顔をお上げください、陛下!」


 横で話を聞いていたスキアが表情を歪ませ腕を組む。


「契約水晶の力を失くす方法がわからぬと言っておきながら、よくもまぁ抜け抜けと。もし婚姻成立までに方法が見つからねば、一体どうするつもりなのだ?」


 まるでゴミを見るかのような目でスキアがオーラントを見下す。


 しかし一方で、ミスティアはスキアと全く違う考えを抱き始めていた。脳裏に浮かぶのは、いつか起きうるかもしれない最悪の未来。


(もし提案を断って陛下がお命を失えば、私とスキアはアステリア中から憎まれる。命を狙われ、追われ続ける私を守るため、スキアはきっと剣を抜くでしょうね。彼は、そういう精霊だから。――でもそんなの、駄目。スキアに剣を抜かせては……)


 ミスティアは、スキアにもう二度と過去のような辛い思いをして欲しくなかった。


 誰かの命を奪い続けるような生き方は、きっとスキアの魂をズタズタに引き裂いてしまうから。


 でもスキアは、ミスティアに『結婚しよう』と言ってくれた。


 とても嬉しくて、幸せで。彼の言葉をたとえひと時でも手放すのは辛く耐え難い。


 オーラントの提案を呑むべきとはわかっているのに、ミスティアは『陛下の願いを受け入れる』と口に出すことができない。彼女が押し黙っていると、スキアが代わりとばかりにオーラントへ凄んだ。


「…………ふざけるなよ。俺は絶対に納得できない…………あぁそうだ、いい方法を思いついた。契約水晶の力が絶対であったとしても、婚姻予定である相手があるいは――」


 死ねば。


 口に出さずとも、ミスティアはスキアの言いたいことを容易に察することができた。


 スキアは美しい顔からすべての表情を落とすと、くるりとミスティアたちに背を向け歩き始めた。そのまま彼はつかつかと扉へ向かい、謁見の間から颯爽と去っていってしまう。


 何事かとあっけに取られるミスティアとオーラント。ややあってミスティアは我を取り戻した。思い浮かんだのは今朝彼女に婚約を宣言したノアの顔。


(ま、まずい。まずすぎるわ!)


 ロスローズ卿、今すぐ逃げて――!


 とミスティアはスキアの後を追いかけるため駆け出す。そしていまだ呆然とするオーラントへ、振り向きざまにこう叫んだ。


「陛下、御前を離れる失礼をお許しください! 今からスキアを止めなければならないので!」


「あ、あぁ。わかった!」


 スキアの歩く速度は驚くほど速い。既にだいぶ距離が開いてしまった。ミスティアは必死になって彼の背中を走って追いかける。


 向かう先は、ノア・ロスローズ辺境伯令息のもとだ。




 ――西棟、男子寮。


 その角部屋に、ノア・ロスローズの部屋はある。


 スキアは魔法で彼の居場所を把握しているのか、迷いなくずんずんと道を突き進んでいく。ミスティアは彼の姿を目の端に捉えると、その背へ向かって大きく叫んだ。


「ハァ、ハァ……! スキア、待ってください!」


 けれどスキアは振り向かない。ドアノブに手がかけられたその瞬間、ミスティアはやっとの思いで彼に追いつくことが叶った。だが息を整える暇もなく、ガチャリと無慈悲に扉は開かれてしまう。


「――おや」


 すると、聞き覚えのない声がした。


 部屋の中へと視線を向けると、そこにはノアともう一人、男性の姿が見えた。革張りのソファで、突然の訪問者が現れたにもかかわらず、優雅にくつろいでいる。


 先ほどの声はこの男性のものだろう。


 厳格な顔立ちをした、初老の男性である。


 立派な身なりでこれぞ貴族といった風体だ。一見どこにでもいる普通の貴族に見えるが、冷たい瞳がやけに目についた。ミスティアが男性を観察していると、男性が立ち上がり深々とスキアへ頭を下げた。


「お初にお目にかかります、大精霊様。そしてミスティア嬢。私はロスローズ家当主ドルマン・ロスローズと申す者。どうぞお見知りおきを」


「なるほど、貴様が……」


 スキアが憎々しげに唸る。


 ドルマン・ロスローズ。


 ロスローズ家当主にして、守護水晶の守り手。


 そして、ノアの父親にあたる存在でもあり――ミスティアとノアの婚約を強行した張本人でもある。


 スキアが部屋へと一歩足を踏み入れる。


「一つ、貴様らに尋ねたい。当主とその息子、どちらの首を刎ねれば契約水晶の力は無効になる? …………それとも、その両方かな?」


 そう尋ねたスキアの瞳には、光が一切なく闇に染まっていた。


「ス、スキア……!」


 スキアが纏う暗黒のオーラに充てられ、その場にいた全員の額に冷や汗が伝う。固まってしまったドルマンにスキアが小首を傾げ尋ねた。


「何を怯えている……? 俺とミスティアの仲を邪魔するのであれば、最初から死ぬ覚悟くらいはできていたんだろう?」


 ――さぁ、首を差し出せ。


 と言わんばかりにスキアが剣の柄に手をかけたその時。


 ドルマンが突然ゴホン! と咳払いをした。


「こ、これは失礼いたしました。なるほど。大精霊様は、主人であるミスティア嬢のことを深く愛していらっしゃるのですね」


 その言葉に、スキアの動きがピタリと止まる。


「で、あれば。ミスティア嬢の婚約者に我が息子、ノアを据えてしまったのは大変な過ちでございました。お二人の関係を把握していなかった私の不手際、どうかお許しください。ミスティア嬢に『人間』の婚約者はいないと聞き及んでおりました」


 ドルマンが恭しく貴族の礼をとる。だがスキアの視線はいまだ厳しい。


「……知らなかったというのは疑わしいな。だが、まぁ今は触れずにおいてやろう。それよりももっと大事なことがある。誤解が解けた今、ミスティアとノア・ロスローズ卿の婚約は速やかに解消される――それでよいな? ドルマンとやら」


 緊迫した空気が張り詰める。ミスティアは固唾を呑んでドルマンの次の言葉を待った。


「そうですね、大精霊様のご質問へお答えいたしますと――」


 顎に手を添え、ドルマンが小首を傾げる。


「ある一つの『任務』を引き受けていただければ、今回の婚約話は白紙に戻しましょう。という回答になります」



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