3 オーラントの言い分
「ほう、やむを得ない事情だと?」
オーラントの言葉にスキアの眉がピクリと動く。オーラントは少しだけ顔を上げると、やがておずおずとわけを語りだした。
「大精霊様は、古くよりロスローズ家が担ってきた『役割』について、ご存知でいらっしゃいますでしょうか?」
「……あぁ知っている。ロスローズ家は代々『守護水晶の番人』を任せられてきた一族だったな。守護水晶へ不届きものが近寄らぬよう見張れと」
「左様でございます。これは私の高祖父がアステリアを統べていた時代の話になりますが――。王である高祖父はかつて、ロスローズ家に『守護水晶の番人役』を命じたといいます。しかしあそこは不毛の地。当時、ロスローズ家の反発は凄まじかったとか。『あんな地で暮らすのはまっぴらごめんだ』と。そのため、高祖父はロスローズ家を説得するため彼らに『あるもの』を贈った」
スキアとミスティアが、オーラントの語りを固唾を飲み見守る。言いよどんでいる様子のオーラントへスキアが続きを催促した。
「その贈り物とは?」
「――守護水晶の欠片を削りだし作られた『契約水晶』という、強力な魔道具です」
「契約水晶?」
スキアが言葉をなぞると、オーラントが神妙な面持ちで頷いた。
「はい。言うなればあれば、強大な魔力を抱く『水晶の形をした契約書』。高祖父は契約水晶に誓いました。『何でも一つだけ、ロスローズ家の願いを王家が必ずや叶えてみせよう』と。そんな高祖父の気概に感動したロスローズ家は、以来水晶の力を行使せず、粛々と番人の務めを果たしてきた――とアステリアでは美談として語り継がれております」
ここまで聞き、話の流れを理解したスキアがため息交じりに吐き捨てる。
「なるほど。で、今となりロスローズ家がその『契約水晶』とやらの力を行使してきたと」
「申し上げにくいことですが、仰るとおりです」
「さらに、ロスローズ家が叶えろと突き付けてきた願いが『ロスローズ卿とミスティアの婚姻』だった、というわけだな」
「……左様で」
「そんな」
ミスティアが眉尻を下げ、泣きそうに顔を歪める。その横でスキアもため息を吐きつつ、形の良い眉をひそめた。
「はぁ、古い約束事に巻き込まれてしまうとは。面倒極まりない」
――なぜ今になって、ロスローズ家は古い約束事を持ちだしてきたのだろう?
とこの場にいる誰もが心の中で疑問を抱く。スキアは依然として厳しい表情のまま、オーラントへある問いを投げかけた。
「それでオーラント。その『願い』とやらが反故にされた場合、王家はどんな代償を支払うことになる?」
彼の口から発せられた鋭い指摘に、オーラントが苦笑する。
「さすがは大精霊様、鋭くていらっしゃる。ご推察の通り、もしこたびの願いを退ければ――私は命を失います。それほどまでに、契約水晶の力は絶対であり凄まじい」
「……っ!」
ミスティアの全身に、雷が落ちてきたような衝撃が走った。
話を続けるスキアとオーラントの声が、まるで水の中にいるかのように遠く薄れていく。彼女はうつむき、ぼうっと考えた。
(もし私が今回の婚約話を断ったり逃げ出したりしたら、そのせいで陛下はお命を失ってしまう?)
つまり間接的にではあるが、ミスティアがオーラントを弑することになってしまわないだろうか。
(そんなの、絶対に嫌。陛下には今までたくさん助けていただいたもの)
ミスティアが拳を握りしめる傍、スキアが語気を強めてオーラントへ唸る。
「なぜ今まで一言も相談しなかった」
厳しい声に彼はしゅんとうな垂れた。
「す、すみません……」
背後に暗黒のオーラを纏い、強い怒りをありありと燃え滾らせるスキア。そんな彼へオーラントはただひたすらに縮こまることしかできない。ちなみに、未だオーラントはスキアの前へ跪いたままである。ミスティアはそんな王の姿をとうとう見ていられなくなり、たまらずスキアへ訴えかけた。
「スキア。陛下がお立ちになられるよう、御身を支えて差し上げてください。どうかお願いします」
「だがな、ミスティア。……はぁ。我が主の寛大な御心に感謝するのだな、オーラント」
盛大なため息を吐き、スキアがオーラントの腕を掴み上げその場に立たせた。よろめきつつ、オーラントがミスティアへ目配せする。
「感謝するミスティア嬢。このように優しいそなたを巻き込んでしまって、余は、余は……。うぅ」
今にも泣き出さんばかりのオーラントをミスティアが慌てて慰める。
「古き約束事です、巻き込まれたのは陛下も同じこと。決して陛下のせいではございませんわ」
柔らかく言う彼女へ、スキアがすかさず噛みついた。
「騙されてはいけないぞ、ミスティアは優しすぎる。この者はノア・ロスローズ卿があなたへ婚約を宣言するまで、俺たちに一言も事情を話さなかった。恐らくだが、あなたの情の深さをよく知った上で、己の命を盾に絶対に婚約話を断らないと高をくくったのだ。なんともずる賢い。あなたの優しさを利用しようなどと――許されないことだ。俺に殺される可能性までは想像しえなかったようだが」
そう零すスキアの瞳孔は完全に開ききっている。図星をさされたオーラントが怯えて肩を揺らした。
「ひぃっ」
「しかしこうなった以上は仕方ない。……解決方法を探さねば。オーラント、契約水晶の効力を失くす方法について何か知っていることはあるか?」
「ぞ、存じません」
スキアの眉間にしわが寄る。
「はぁ。では、契約水晶を破壊するのはどうだ?」
「――それで契約が失われるかどうかは、なんとも。もしかすれば私も道連れになるやもしれません」
「やれやれ、面倒なことだ」
絶対零度の視線に、オーラントは額に汗をかきながら必死に弁明した。
「申し訳ございません! ですが契約水晶はあまりに古き魔道具。王家にも詳しい資料は残されておりませんでした」
どうやら、オーラントなりに契約水晶のことについて調べてはいたらしい。
すると彼は、鬼気迫った表情でミスティアにこう訴えかけた。
「頼む、ミスティア嬢! 婚約は解消できるよう尽力する! だが解決方法を見つけるには、今しばらく時が必要だ。本当に申し訳ないのだが、そなたにはロスローズ卿の『仮初の婚約者』になってほしい……!」
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追記
諸事情により、更新が不定期となります。
楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ございません!
作品の更新は続けてはいきますので、引き続きお読みいただければ嬉しいです。





