7 会いたくない人に会ってしまった
言いたかったことを言いスッキリとしたミスティアは、叔父の書斎を後にした。だがドアを開けると今一番会いたくない者と目が合ってしまう。アリーシャ・レッドフィールド男爵令嬢である。
(うわああ、最悪ね……)
同じ屋敷に住んでるとはいえ、あまり顔を合わせたくはない。アリーシャの後ろには、むさくるしく3人の男たちがくっついていた。冷たい目で見下されるが、ミスティアはつとめて無視する。
「あら? お姉様、ご機嫌よう。お父様にご用でしたのね」
「アリーシャ、あなたも」
「はい、ところで……そちらのお方は?」
アリーシャが頬を染めながらスキアの方に視線を移した。精霊たちで目が肥えている筈だが、それを凌駕する美しさのスキアに興味を持つのは当然だろう。
潤んだ瞳で彼を見つめるアリーシャは、薔薇の妖精の様に可愛らしい。あの上目遣いで見つめられば、大抵の殿方は無視することが出来ない。ミスティアは、内心焦っていた。いくらスキアが優しいからと言って、裏切らないとは限らないからだ。
しかし、スキアがアリーシャを好きになったとしても、罰するつもりもなかった。
「私の精霊よ」
「え!? 一体どういうことですか? お姉様の精霊はお三方だけのはず……」
「そう思っていたのだけれど、どうやらもう1体召喚していたみたい。未契約ではあったけど」
「それでは……まだ契約されていないのですね?」
アリーシャの瞳が目ざとく光る。欲しくて欲しくてたまらない、そういう顔だ。このわがまま娘はいつもミスティアのものを奪って来た。時には計算されつくした涙も使って。ミスティアが社交界で孤立しているのは、アリーシャの策略のせいでもあった。
「いいえ、もう契約したわ」
「……っ! では、精霊使いは2人に……っ」
「ハッ、新人殿。気を付けた方がいいぜ? そいつは弱いし裏でこそこそしてるだけの、虫一匹殺せやしない臆病者だ」
「ふふっ」
突然、シャイターンが耐えきれないとばかりに口を開いた。同調し嘲笑するアリエル。シシャは相変わらず無反応を保っている。
「何……?」
それまで無言だったスキアが、シャイターン達に口を開いた。そしてミスティアを庇う様に一歩前に出る。チャリ、と彼が身に纏う鎖帷子が音を立てた。
「口を慎め、裏切者ども」
「ああっ? 何もできないひよっこが俺に盾突くと?」
「それはこちらの台詞だ。我が主が許可すれば、直ぐにでもお前らを消し炭にできる」
凄まじい怒気に、アリーシャ達が身じろぎする。ミスティアが止めなければ今にでも殺し合いになりそうな雰囲気だ。ミスティアは先ほどの彼の言葉を思い出す。屋敷で乱闘沙汰は避けたいところだ。
「スキア、大丈夫です」
「だがな……」
「アハハ、出来るかよそいつに! 俺たちに一度も魔法を使わせたことがないんだぞ」
「もう、シャイターン様。あんまりお姉様を虐めないでください」
「アリーシャ。あー、わかったよ」
アリーシャがシャイターンの手を握って間に入った。シャイターンが分かりやすく顔をほころばせる。『まったく、お前は本当に優しいんだから』と言いたげな笑顔だ。ミスティアは甘ったるい空気に頭痛がした。シャイターンと見つめ合っていたアリーシャが、スキアの方に身体を向ける。
「あの……。そちらの精霊様にも申し訳ございません。宜しければ今度、是非ゆっくりお話ししましょうね!」
「……」
無垢な乙女の顔で微笑みかけるアリーシャに、スキアは一瞥もくれない。それに気を悪くしたのか、彼女が顔を曇らせた。無視された怒りは、当然ミスティアに向けられる。アリーシャはにこりと笑った。
「そういえばお姉様、私、契約してすぐですが、皆様方の魔法がもう使えますの!」
「――良かったわね。何の魔法?」
「ファイアと読めましたわ! 魔法が使えて、とても安心いたしました」
(お姉様と違って、って言いたいんでしょう。というか……ファイアしか読めないってことは無いわよね、まさかね)
アリーシャがちらちらとスキアを見ながら大声で言うので、ミスティアは可笑しくなった。ファイアは初級魔法。初級魔法はよほど才能がない者以外は、誰だって使える。つまり自慢にも何にもならないのだ。もし自慢しているならあまりにも滑稽すぎる。
対してミスティアは現在、4属性全ての最上位魔法まで使える。この圧倒的力の差をアリーシャと精霊たちは知らない。精霊語が読めるなんて、夢にも思っていないのだ。
「そうなの」
「はい、ですが私お姉様が心配ですわ。今までさぞご苦労されてこられたでしょう。……お姉様のご負担を、私が軽くしてさしあげたと思っていたのに。まだその肩にのしかかっておいででしたのね。今からでも遅くありません。私がお姉様のお力になりますわ」
アリーシャが瞳をうるうるとさせた。胸元で両手をぎゅっと握る姿は、姉を心から心配する妹に見える。だが、ミスティアはアリーシャのその演技を見て虫唾がはしった。今までこの泣き落としで、何人かの友人を失ったことがあるからである。――ミスティアがアリーシャをいじめているだとか覚えもない罪で。
(あ~……。スキアを渡せってことね。それで、断ったら今度はなにをしてくるのかしら?)
今まで、ミスティアはアリーシャの我がままを受け入れてきた。家族だったし、精霊達に害がいくことを恐れたからだ。だが、すべては無駄な事だった。
「どうも心配してくれてありがとう。でも気遣いはいらないわ。前に、私に親切だった侍女を辞めさせた事が有ったわよね? 貴方は笑って、お母様の形見のペンダントを暖炉に放り投げた。侍女はとっさに、炭の中をかき分けて探してくれたわ。私の代わりに、酷いやけどを負ってね。まあ他にもたくさんあるけれど。とにかく、その時に感じた責任感よりもずっとマシだから、貴方が気をもむ必要はないの」
「な……!」
アリーシャが顔を青ざめさせた。ミスティアは今まで一度もアリーシャに口答えしたことがない。アリーシャは驚いた様子で、長い睫毛をまたたかせた。唇を震わせつつ、アリーシャが反論する。
「う、嘘ですわ! なぜ私を陥れようとなさるの!? ひどいですわ、お姉様」
大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれおちる。そして、アリーシャは近くのアリエルにわっと泣きながらしなだれかかった。それを見たシャイターンがミスティアをぎろりと睨みつける。アリエルは戸惑った様子で、そっとアリーシャの肩に手を添えた。
「ミスティア。契約破棄が悔しいからと言って、いくらなんでも妹を泣かすなんて」
諭すようにアリエルがミスティアを非難する。
「本当の妹じゃありませんけどね。これ以上は時間の無駄ですので、失礼いたします、精霊様方」
ミスティアは、完璧なカーテシーをその場で披露した。社交界で変わり者と言われているミスティアだが、マナーの勉強を怠ることはなかった。忙しい日々の中でもきちんと練習してきたのである。
あっけに取られたアリーシャと精霊達をその場に残し、ミスティアとスキアは彼らの横を通り抜けたのだった。
きっとしばらくしたら、扉を開けたアリーシャが、かしましい悲鳴を上げることだろう。





