2 一発触発
「オーラント……? ただの戯言かと思ったが、その名を出すとはただ事ではないな」
不機嫌な声色がミスティアとノアの間に響いた。
細やかな金の粒子が舞い、それらが聖騎士のごとく美しい精霊の姿を作り上げていく。――光の大精霊、スキアの登場だ。彼の姿を一目見ようと、周囲の生徒たちが大きくざわめきだす。
「大精霊様よ……! なんてお美しいのかしら」
「ちょっとそこをおどきになって! 彼のお姿がよく見えないじゃないの!」
「ミスティア様とお二人で並ばれると壮麗の一言ですわね……!」
悲鳴にも似た賞賛の声。あからさまに華やぐ周囲を横目に、ノアが口の端をクッと嫌味っぽく吊り上げた。
「これはこれは、姫をお守りする騎士のご登場ですか。お初にお目にかかります、大精霊様。噂に違わぬお美しいお姿でございますね」
ノアが優雅な動作でスキアに礼を取る。スキアはそれを冷たく見下すと彼へこう言い放った。
「形だけの礼など要らない。先ほど、貴殿は俺の主に何と言ったかな? 俺は気が長いので、一度までなら腐った戯言も許してやっていい。……聞き間違いであることを祈る」
スキアがノアにだけ見えるよう、剣の刀身を鞘からわずかに覗かせた。鋭い殺気がノアに向かって放たれる。
だがノアは笑みを張り付けたまま、平然とスキアへ言葉を返した。
「僕にお怒りになるのは見当違いですよ、大精霊様。すでに申し上げましたが、この婚約はロスローズ家当主と陛下の間で決められたこと。僕はただの末端の駒で、決定事項をミスティア嬢へお伝えしただけでございます。文句があるならば陛下へ仰られては?」
そうスキアへ話すノアの声色にはどこかトゲが含まれている。ミスティアと会話していた際には感じさせなかった明らかな敵意。
二人は初対面のはずだが――とミスティアはノアの態度が少しだけ引っかかった。
「…………では、発言の撤回はしないと。貴殿はそう言いたいのだな?」
ピリ、と一触即発の空気が二人の間に張り詰める。
スキアの瞳から光が消え失せ、冷たい視線が鋭くノアを射貫いた。
すると余裕そうにしていたノアの額に、たらりと冷や汗が一筋光る。無表情を保っているものの内心は穏やかではないらしい。
(この状況、もしかしてかなりまずい?)
ミスティアは顔を青ざめさせ、心の中で悲鳴を上げた。このままでは白昼堂々の殺傷沙汰が起きかねない。
なんだなんだと周囲がどよめき始めたその時、ミスティアは意を決してスキアたちの間へ割り入った。思わぬ人物の登場に、ノアとスキアが息を呑む。
「ロスローズ卿の仰るとおり、この件に関しては確認が必要なようですわね。会話の途中で申し訳ございませんが、私たちはこれにて一旦失礼させていただきます」
毅然とノアへ言い放つミスティアに、スキアの殺気が緩んだ。しばしの沈黙が流れる。するとノアは灰金色の瞳を伏せ、彼女へ恭しく一礼をした。
「かしこまりました、婚約者様。どうぞ心行くまで貴方のなさりたいように。――もう結婚式の段取りだって始まっているのですから、今から何をしたって無駄だと思いますがね」
それだけ言うと、ノアはミスティアたちへ一瞥もくれずに踵を返し、この場を去っていってしまった。
(け、結婚式の段取りですって……!?)
衝撃的な事実を聞かされ、ミスティアはまるで金槌で頭を叩かれたような心地になった。
後には、難しい表情を浮かべたミスティアとスキアがとり残される。剣を鞘に戻しながらスキアが言った。
「どうやら、オーラントにはきつい灸をすえる必要があるようだ」
凄まじい怒りを含んだ低い声。
急に背後の温度が下がった感覚がして、ミスティアはそっと瞼を閉じた。
(陛下、すみません……)
今回の件がもし真実なら私も庇いきれないかもしれません、と彼女はオーラントの身をひっそりと案じたのだった。
*
「で、首を落とす覚悟はできているんだろうな? オーラント」
「ひえぇ。だ、大精霊。なにとぞ、なにとぞお許しをっ!」
今目の前で繰り広げられている光景を、ミスティアは困った表情で見守ることしかできずにいた。
ここはアステリア王国、王への謁見の間。
スキアの強い圧によりすぐさま謁見の許可が下り、二人はオーラントのもとへと移動した。そして扉を開けた途端、突然オーラントが地面に頭を擦りつけ、二人に土下座をし始めたのである。
しかしこれでは一国の王あろうとも面目が丸つぶれだ。唯一の救いは目撃者がミスティアたちしかいないことだろう。
もちろんミスティアは彼に頭を上げるよう必死に説得を試みた。だがオーラントは頑なに受け入れようとしない。
そしてスキアがオーラントを責め立て始め、現在に至る――いうわけである。
「本っ当に申し訳ございません! ですが、これにはやむを得ない事情がありまして……」
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