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33 破壊と再生

「さて――ソルム様。最後の一仕事をお願いできないでしょうか? 焼け野原になったこの平原を、貴方様のお力で元に戻していただきたいのです」


 ミスティアに頼られたことでそわそわとソルムの心が浮き立つ。彼はもちろんと言わんばかりに、自らの胸へ手を添え微笑んだ。


「主殿が望むなら、喜んで」


 ミスティアはひとつ頷くと、ソルムへ呪文を伝え教えた。

 そして、ソルムが焦土に向かって手をかざす。


「『大光樹の豊穣(ルクス・ヒューグ)』」


 ソルムの足元から、ふわりと温かい風が吹きあがった。そして平原の中心で、黄金色に輝くひとつの芽が萌え出はじめた。芽はみるみるうちに成長し、やがて空を覆いつくすように巨大な一本の光樹となる。


 平原に立ち尽くしていたテーレ兵たちがうつむいていた顔を上げる。

 そして黄金に光り輝く大樹を認め、あまりに神々しい光景に誰もが思わず目を奪われた。


「美しい……」


 一人の兵士がぽつりと声をこぼす。すると大樹から、蛍のような淡く小さな光が現れ、大地へ降り注ぎはじめた。


 光が大地に触れると、そこから小さな新芽が萌え出た。とめどなく降る光は次々と、緑や花々を芽生えさせていく。さきほどまでは灰と炎にまみれていたグリンヴェール平原は、まるで緑の絨毯を敷くように美しい変貌を遂げていくのだった。


 一面の草に覆われた長閑な草原に柔らかい風が吹く。いつの間にか、平原を二つに分かっていた地割れも元通りの姿となっていた。


 ――先ほどの大攻撃魔法とは打って変わり、あまりに麗らかで優しい魔法。


 魔法を発動させているソルムの姿を目にしたギルバートが、力なく平原に膝をついた。いつかソルムと再会した時、彼が口にしていた台詞を思い出す。


『ギルバート、私はこの魔法が『役に立たない』とは思えません。こうやって人を笑顔にできるなんて凄いことだ』


 ギルバートがふと周囲を見渡せば、確かに兵士たちはその顔に笑みを浮かべていた。戦場に似つかわしくないあどけない笑みを。


「……………………」


 こうも圧倒的な力を見せつけられては、ギルバートにもはや為す術などなかった。彼が力なくその場にうな垂れたその時。


「ギルバート!」


 空気がビリビリと震えるような大声がした。


 何事か、と誰もが大声のした方へと注目する。ギルバートは声の主の姿を見て、思わず我が目を疑った。白い軍馬を駆り、王の兵たちを引き連れているのは――。


「ち、父上……!?」


 ギルバートがまるで幽霊でも見たかのように再び腰を抜かす。そこに居たのは、自らの手で斬り捨てたはずの国王ドランの姿。


「た、確かに斬ったはず……っ。なぜ生きて……!?」


 ギルバートは馬上のドランへぶるぶると震えながら指をさす。ドランは確かにギルバートから斬られた。しかしスキアがドランにかけた『持続回復魔法』によって一命を取り留めたのである。何も知らないギルバートを、ドランが冷たい目で見下ろした。


 するとギルバートはドランへと駆け寄り跪いた。王への接近を許すまいと、兵士たちがギルバートの喉元に槍先をひたりと押し付ける。しかし構わず彼は自身の父に乞うた。


「父上、なにとぞお慈悲を。私は……トマスに唆されたのです。あんなことをするつもりは決してなかった……っ!」


 膝をついたまま取り縋るギルバート。すると突然ドランが馬上から降り、ギルバートへと歩み寄った。


「父上……」


 慈悲を賜ろうとギルバートが無理やり笑みを作る。するとドランが静かに口を開いた。その瞳に哀しみを湛えながら。


「息子よ、ワシはお前を愛しているよ。どんな愚か者でも――たとえ剣で斬られようともな。……しかしだ、テーレには法というものがある。法は、国王を斬り友好的だった他国へ侵略をはじめるような愚か者を決して許しはしない。病がちだったとはいえ、お前をトマスに任せてしまったワシにももちろん責任はある。今後の人生でワシは、一生を懸けてアステリアとテーレの民に償っていくつもりだ。ワシとお前それぞれ違う方法で、犯した罪を償おう」


 話を聞き終えたギルバートの表情が、みるみるうちに絶望へと染まっていく。


「ち、父上。どうして」


「……父上ではなく、陛下と呼べ。兵士よ、この大罪人・・・を連れていけ!」


 泣き叫びながら兵士たちに連行されていくギルバートを、ドランは決して振り返らなかった。そして兵士に命じ、あるものを取りださせる。


「白旗か」


 遠目で断罪劇を見守っていたスキアが呟いた。

 

 風が吹き、ドランが掲げた白旗がハタハタとなびく。――それは紛れもなく『降伏』の意図を示していた。ドランは兵士たちに剣を捨てさせ、ミスティア一行の居るほうへゆっくりと進み始めた。


 ミスティアはほっと息を吐く。


「ドラン陛下、ご無事でよかった」


「一時はどうなることかと思ったが、なんとか丸く収まったな」


 スキアがやれやれと肩をすくめてみせる。ミスティアは精霊達の顔を交互に眺めた後、二人へ頭を下げた。


「スキアとソルム様のお陰です。本当にありがとうございました」


「何を言う。貴女のお陰で大きな犠牲が出ずに済んだのだぞ。流石は俺の唯一たる至上の主だ」


「そうですよ主様。私もスキアも、あれだけの魔法を使える魔力量は持ち得ていません。貴方様のお陰でこの戦争を回避することができたのです」


 二人に褒めそやされたミスティアが恥じらって頬を染める。


「お、お二人とも褒めすぎです。とにかく、さ、三人とも頑張ったということにいたしましょう!」


 慌てふためくミスティアに精霊達が思わず笑みをこぼす。


 ――この日以来、ミスティアはアステリアのみならず、テーレでもその名をとどろかせることとなった。


 一連の出来事は後に、『英雄譚』として吟遊詩人たちに広く歌われた。


 テーレは友好国であるアステリアへ進軍するという大きな罪を犯す。しかしまるで天罰のように魔物の大暴走(スタンピード)が発生。テーレ兵は全滅の危機に陥った。


 だが『救国の英雄』は、敵軍のはずのテーレ兵を救い、暴れ狂う魔物の大群を大魔法で一掃。しかも灰となった平原も見事に復活させてみせた――。


 『英雄譚』は、アステリアの地を奪おうと画策していた他国へ強い牽制の効果をもたらす。

 

 結果としてミスティアは一度ならず二度までも、アステリアを救うこととなったのであった。


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