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25 黒幕のしっぽ

 ミスティアたちが消えると同時に、ギルバートを縛っていた黒い縄が消え失せる。するとドランは立ち上がり、床に転がっていたワインのボトルを拾い上げた。


 そしてギルバートへ近寄り彼の口にボトルをあてがう。


「飲め」


「……っ」


 ギルバートは硬く口を引き結び飲むことを拒む。それを見たドランは泣き出しそうに顔を歪めた。


「ハッ、飲めぬのか、我が息子よ」


 何かを諦めたような乾いた声。ドランの手からボトルが滑り落ち、虚しく床に落ちた。

 

「状況からして、お前が何を企んでいたかぐらい手に取る様にわかる。王位継承権の剥奪を恐れ、ワシの命を狙ったのだろう。呪いなどとバカバカしい。それにワシが気を失ったのはワインを飲んでからだ……確か、お前が勧めたものだったな?」


「誤解です父上っ! なぜ息子である私を疑うのですか! 何故あいつらを罰しないのです!」


「証拠がないからだ、馬鹿が。その場に居合わせたというだけで他国の英雄を牢に入れれば戦争沙汰だぞ」


「はっ……! 戦争ならば大歓迎ですよ! 良い口実じゃないですか!」


「……もうよい」


 はぁ、とため息を吐きドランが頭を抱える。それと同時に晩餐会の扉が破られ、近衛兵がなだれ込んできた。ドランは兵士の一人を呼び寄せ、ギルバートを指さした。


「こいつを牢に入れておけ。疑いが晴れるまでは決して出すな」


「はっ」


 ギルバートの後ろ手を近衛兵が縛り彼を引きずっていく。ギルバートは顔を青ざめさせ、必死の形相でドランへ向かい叫んだ。


「そんな……! 父上! 私は無実です、そ、そうだ。宰相、宰相トマスの仕業だ! 私は悪くない……!」


「トマスだと?」


 思いがけない名前にドランがピクリと眉を動かす。


 そして滅茶苦茶になった晩餐室をぼうっと眺め、呟いた。


「これは、ずいぶん大事になってきたな……」



 ミスティアたちはアステリアに帰還してすぐ、テーレで起こったことを国王オーラントに報告するため彼のもとを訪ねた。


 大理石を基調とした謁見の間。黄金の玉座に腰掛けたオーラントと、ミスティアたち一行が向かい合っている。


「――ということがございまして。現在私たちは、テーレの国王暗殺未遂事件の真犯人判明を待っている状況にあります」


「……なるほどのう、それは大変なことに巻き込まれたな」


 オーラントがううむ、と難しい顔で唸る。ミスティアもまた神妙な面持ちでオーラントを見つめた。


「しかしテーレの国王はそなたらを疑ってはおらぬのだろう? 真犯人が見つかるのも時間の問題。そなたらはひとまずアステリアで骨休めするとよい。そしてたとえ何が起ころうとも、余がそなたらを守ろうぞ。何も心配せずともよい」


「陛下……」


 オーラントの頼もしい言葉に、ミスティアは胸を打たれじーんと涙目になる。

 するとふいに、オーラントがゴホンとひとつ咳払いをした。そしてなにやらキョロキョロと視線を彷徨わせながら、ひどく言いにくそうにあることを打ち明け始める。


「それで、なのだが。実はレッドフィールド領の村々の飢饉を未然に防いだ褒美として、そなたらが主役の舞踏会を催すことになっていてのぅ……」


「舞踏会」


 ミスティアは思わぬ単語にきょとん、と目を丸くする。


「なんかこう、他国で国王暗殺未遂事件の疑惑をかけられて、緊迫した空気なのは百も承知なのだが……。舞踏会、あと三日後に開催することになっていてなぁ……」


「三日後」


 ミスティアが呆然とオーラントの言葉を復唱する。


「本当はそなたらが帰国するタイミングに合わせ、サプライズで開催するつもりだったのだ。しかし困った。けっこう国費も使ったし、中止するのは忍びない。招待客も来る気満々の様子だったしどうしたものか。開催しても主役が欠席というのは、ちょっとなぁ」


「…………はい」


 ミスティアがオーラントの望みを察し眉尻を下げると、スキアがオーラントへ噛みついた。


「この状況で呑気に舞踏会へ参加するような気分になれぬのだが」


 はっきりとそう言われ、オーラントが『ですよねー』と言わんばかりにしゅんと肩を落とす。みかねたミスティアがまぁまぁとスキアを宥めオーラントへ微笑みかけた。


「せっかく場を整えてくださったのですから、少しだけでも参加させていただきますわ。ソルム様のお披露目も兼ねて、ね。ソルム様」


「は、はい。ミスティア様がそう仰るなら、何も文句はありません」


「まったく、ミスティアはいつものことながら優しすぎる」


 こうしてミスティアたちは、オーラントが開催する舞踏会へ参加することとなったのだった。


 そして、彼女たちはまだ知らない。


 その舞踏会で、ある驚くべき知らせを耳にすることを――。


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