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24 闇魔法の副作用

 ミスティアは手をぎゅっと組んで祈る。


 直後、ドランの身体から何か黒いモヤのようなものが抜け出て、消えていった。ドランの表情が穏やかになり呼吸が安定する。


「うぅっ……」


 小さなうめき声。ミスティアが固唾を飲んでドランを見つめていると、やがてドランの瞼がわずかに開きはじめた。


「陛下、お目覚めになられて良かったですわ……!」


 ミスティアが安堵の声を漏らす。ドランは訳が分からない、と視線をさまよわせながら身を起こした。


「ワシは気を失っていた……? それにこの惨状は一体どういう事だ? しかも体が軽い!? 体の痛みが全くないぞ、こんなことは初めてだ!」


 ドランは気が動転した様子で次々に疑問を口にしだす。するとスキアが彼の疑問に答えた。


「浄化魔法をかけたからな。身体の全ての状態異常が治ったはずだ」


「な、なんですとっ!? ではワシの病も治ったということか!?」


「そうなるな、ああ礼は結構。――どうせ今から忘れるのだから。さて、今からこいつらと逃げた客たちの記憶を消して、アステリアへ戻るとするか」


 スキアは無表情でそう言い放つと、ドランの頭へ再び手をかざしだした。ミスティアはその言葉を聞いて思わず飛び上がってしまう。彼女は急ぎ彼の手を取った。


「ちょ、ちょっとお待ちください。記憶を消す闇魔法はかけられたものの人格に影響を及ぼす可能性があります。まずは陛下に事情を説明し、判断を仰ぎましょう。ね?」


 ミスティアがやんわりと制止すると、スキアは愛しい主へうっとりと微笑んだ。


「心配しなくても良いぞ、そうならないよう丁寧に消すからな。直近一週間ほどの記憶が消えるだけだ。問題ない。ああでも……手が滑ってギルバートの記憶はすべて消してしまうかもしれないな。それで廃人になったとしても、あなたに刃を向けたのだから当然の報いだ」


 ――殺されないだけマシだと思え。


 といいたげなスキアは目が笑っておらず、背後に暗黒のオーラを纏っている。彼の言葉を聞いたギルバートの動きが恐怖のためかピタリと止んだ。


(問題大ありですが!?)


 息をするように危うい闇魔法を使おうとするスキアに、ミスティアは慄いた。


「しかしあなたが言うのなら、試してみようか」


 いつもの通りスキアはミスティアに甘い。スキアの許しを得たミスティアは、一連の出来事をドランへと説明した。


「なるほど、そんなことがありワシは死にかけたのですな。……率直に申し上げますが、ワシは貴方がたがやったとは思っておりません。命を救っていただいた上、病も取り除いていただけたのですから。疑う余地がない」


「陛下……! 信じてくださりありがとうございます」


 ミスティアが目を輝かせると、ドランが微笑ましそうに目元を緩めた。だがすぐに神妙な面持ちになる。


「ワシは信じておりますが、皆が信じるかは別。あなた方の身の潔白を証明するには、真犯人を捕まえなければなりませぬ。時が必要です。ですので皆様方はすぐアステリアへ戻り、身をお隠しください。その間、全力で下手人を捕らえるため力を尽くしましょうぞ」


「……仰るとおりですわ。このままテーレに留まるのは危険かもしれません」


 ミスティアがそう言い終えると、晩餐室の外が急に騒がしくなり始めた。おそらく、逃げた招待客が兵士を呼んだのだろう。


「さあお早く」


 ドランの表情が厳しいものへと変わる。するとスキアが口を開いた。


「……仕方ない、アステリアへ転移するとするか。国王よ、一週間以内に下手人を捕らえろ。できないならそなた含めて全員の記憶を消す、わかったな?」


 唸るような声は有無を言わさない凄味があった。


「す、スキア」


 ミスティアが名を呼びたしなめようとするも、スキアはじっとドランを睨み続けている。


(怖っ……! お願い陛下、なんとかして一週間以内に私たちの身の潔白を証明してください!)


 でなければ(あなた方が)とんでもないことになる。


「全身全霊をもって下手人を捕らえます、大精霊様。貴方がたには命を救っていただいた恩がある」


「その言葉、信じるぞ。……あぁ、そうだ。一応、貴殿には持続回復魔法をかけておこう」


 スキアがドランに手をかざし呪文を唱える。いくら病が完治したとはいえ、ドランは今に倒れてもおかしくないくらいやせ細っているからだ。犯人捜しの途中で倒れられては困る。


「おお、ありがたい! 今ならたとえ剣で刺し貫かれても生き返りそうな心地です!」


 ドランの礼を受けたスキアが小さく頷いた。続けて『瞬間移動テレポーテーション』の呪文が唱えられる。すると三人の姿は煙のように消えてなくなった。ドランが呟く。


「さて、ギルバート。真犯人は一体誰なのだろうな……?」


 ドランに冷たく見下ろされ、ギルバートは額に汗を滲ませた。

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