23 私の精霊が強すぎる
命令を聞いた兵士たちがスキアへ突進していく。その光景を冷たく眺めながら、スキアは呪文を唱えた。
「『硬化』」
木製の鞘に硬化魔法がかかる。するとスキアは斬りかかって来た兵士たちをその鞘で横薙ぎにした。強い力で振り払われた兵たちが吹き飛ばされる。しかしすぐさま控えの兵がスキアへ襲い掛かった。
彼はそれを紙一重で避けつつ、鞘で兵の頭を打ち付けた。脳震盪を起こした兵士が気を失い床に倒れる。
スキアの戦い慣れた動きを見たギルバートが動揺し、兵たちに向かい叫んだ。
「馬鹿な……っ! くそ、何をしている、精霊でなく主を狙え!」
その声は上ずっている。怒り付けられた兵がスキアを避け、テーブルを迂回しミスティア達の元へ駆け出した。
「――許すか」
スキアが唸る。彼はひょいと長テーブルを片手でひっくり返し、それを兵士たちに向かって勢いよく蹴り飛ばした。
「ぐああっ」
テーブルを蹴りつけられた兵士たちが、潰れたカエルのような声を出し動かなくなる。それを見たギルバートは今度こそ目が点になった。
「な、な、な……っ! あのテーブルをああも簡単に持ち上げられるなんて……っ!? 化け物か!?」
ギルバートが驚くのも無理はない。
スキアが軽々と持ち上げたテーブルは重い金属で出来ており、大の男が数十人がかりでやっと運べるものなのだ。
あっと言う間に立っている兵士は半分ほどとなる。ギルバートの表情から完全に余裕が消え失せた。
――嘘だ。精霊は魔法が使えなければ無力のはず。なぜ自分が劣勢になっている? なぜ目の前の精霊は魔法なしでもこんなに強い?
ミスティア達を罠にかけるため、わざわざ宝物庫から希少な『魔法避けの鎧』をくすねてきたというのに。
その問いに答えるようにスキアが口を開いた。
「悪いがこういった戦闘には慣れている。魔法を使えない場面なんて、かつては山ほどあったからな。……さて、そろそろ終いにしようか」
ギルバートは知らない。
スキアと言う大精霊が、気が遠くなるほどの長い時を戦いに費やしてきたことを。
――ゆえに人間の兵士30人に囲まれることぐらい、彼にとっては取るに足らないことなのだ。
刹那、スキアは鞘を構え敵のもとへ素早く駆けた。
兵士が応戦しようと必死にスキアの攻撃を剣で受ける。しかし彼の強力すぎる一撃に耐えきれず、壁へ体が吹き飛ばされてしまう。ぶつかった衝撃で壁がミシリと音を立てひび割れた。そのまま兵士は壁からずるりと滑り落ち、小さなうめき声をあげうな垂れた。
そして息もつかせぬ間に、スキアは全ての兵士を無力化してしまった。
(ひええ……私の精霊が強すぎる。あの兵士たち、生きてるわよね?)
思わず敵の心配をしだすミスティア。
彼女は死屍累々の室内を見渡しつつ、冷や汗を垂らした。
よくよく観察すれば兵士たちは少しだけ身動きをしている。どうやら息はあるようだ。ミスティアはホッと胸を撫でおろす。
――スキアの完全勝利だ。
追いつめられたギルバートが、かわいそうな位にガタガタ震え出す。スキアはそれを冷たい目で見下ろすと、手に持つ鞘を彼の鼻先へと突き付けた。
「ひっ……」
ギルバートがひゅっと息を呑む。するとスキアはおもむろにその場へしゃがみこんだ。そして、黒い笑みをたたえてギルバートへと低く囁く。
「――で、魔法しか使えない精霊がなんだって?」
「あ……へ……」
目の前の精霊が怖すぎてまともに声を出せない。
「『縛れ』」
スキアが呪文を唱えると、黒いロープが現れギルバートをぐるぐる巻きにした。口にもロープが巻かれ、ギルバートは声も出せず身動きがまったく取れない状態となってしまう。
全身を縛られ、床でうねうねと体をくねらせるギルバートの姿は、とてつもなく見苦しい。
自由を奪うだけならもちろん風魔法で浮かすだけでも良かった。しかしそれではスキアの気持ちが収まらないというもの。ようするにこれは腹いせなのだ。
んー! と何かを叫んでいるギルバートを横目に、彼がふぅと息を吐く。
「終わったぞ」
スキアが立ち上がり振り返ると、壁際にいたミスティアとソルムがハッと我に返った。
「お怪我はありませんか!?」
ミスティアは慌ててスキアへと駆け寄っていく。
「問題ない。あなたも無事か?」
「私は二人に守っていただきましたから大丈夫ですわ。スキアもソルム様も、窮地を救ってくださりありがとうございます」
ミスティアが深々と頭を下げると、ソルムがそっとミスティアの肩を持ち彼女の顔を上げさせた。
「主殿。今はそれよりも、陛下の息があるうちに彼をお助けしなければ」
「……! そうですね。スキアには申し訳ないのですが、もう一働きしていただけますか?」
ミスティアが頼むよりも早く、スキアは既にドランへと手をかざしていた。
「無論そのつもりだ。『完全回復』」
ぽう、とドランの身体を光が包む。すると苦しんでいた彼の顔がわずかに安らいだ。
「これで一命は取りとめられた。さて次は……浄化」
続けてスキアが呪文を唱える。その様子をミスティアは固唾をのんで見守った。
(浄化によって体の状態異常は治るはずだけれど……。お願い、どうか効いて!)





