22 私の精霊は魔法だけじゃありません
「……ぐっ!」
パリン! と乾いた音が晩餐室へ鳴り響く。するとドランは喉を掻きむしりだし、椅子から転げ落ちた。
「きゃああ!」
悲鳴が上がり、和やかだった空気は一変。辺りは騒然としだす。
「何ごとです!?」
ミスティアは椅子から立ち上がり、国王ドランの傍へ急ぎ駆け寄ろうとした――しかし、そんな彼女の接近を制止する者が一人。
「近寄るなッ!」
ミスティアの動きがピタリと止まる。
大声を上げたのはドランの息子である王太子ギルバートだった。ギルバートはドランの頭を自らの膝へ抱きかかえ、ミスティアをギラリと睨みつけ彼女を指さした。
「この下手人を捕らえよ!」
「は、はい……?」
『下手人』という言葉を聞いたミスティアは目が点になってしまう。
訳が分からない、という表情を浮かべる彼女を余所に、ギルバートが言葉を続ける。
「陛下の肌を這うように浮かび上がっている黒いあざ、これは紛れもない呪いの印! アステリアから来たりし救国の英雄は、『闇魔法』の使い手でもある。この場で闇魔法を使えるのはこの女一人のみ! つまりこいつが暗殺を企てた犯人だ!」
「な――」
なんというデタラメな言いがかりだろうか。
(というか明らかに、陛下はワインを飲んでから苦しみだしましたよね……!?)
ギルバートに犯人扱いされ、ミスティアは大きく目を見開く。勿論ミスティアは闇魔法をドランにかけてなどしていない。確かに闇魔法には相手を呪う魔法もあるが、肌に呪いの印が現れるなどという魔法は存在しない。
それに呪いと言うのは、証拠が残らないからこそ強力なのだ。闇の最上位魔法まで使えるミスティアが、わざわざ証拠を残すなんてマネをしようはずもない。
しかしそんな事情など知る由もない招待客たちは、疑いと恐怖の視線をミスティア達へ向けだす。彼女を庇うためにスキアとソルムがギルバートの前へ立ちふさがった。
「兵士たちよ来たれ! この女を牢へとぶち込むのだ!」
ギルバートが叫ぶと、扉から鎧を着こんだ兵士たちがゾロゾロとなだれ込んできた。人数にすれば30人ほどだろうか。突然の事にミスティアは開いた口が塞がらない。
(えっ……!? こんなにたくさんの兵士が控えていたの? ただの晩餐会なのに、こんなに兵士を用意しているなんておかしいわ。まさか、ギルバートはこうなることを予め知っていた?)
彼女の心に疑いが芽生える。
こうなればもう周囲はパニックだ。誰もが大きな悲鳴を上げ、人を押しのけながら晩餐室の外へと我先に逃げ出していく。
そうして、部屋にはミスティア一行と、虫の息のドラン。ギルバートと彼の用意した兵士たちだけが残された。剣先を向けられたミスティアの頬に汗が伝う。
(まずいわ、他国で国王暗殺の疑いをかけられるなんて……っ。とにかく陛下をお助けしなければ。今ならまだ間に合うかもしれない)
しかし彼女とドランの間をギルバートと沢山の兵士たちが阻んでいる。焦るミスティアへスキアが口を開いた。
「俺が道を切り開こう」
スキアがシャラ、と音を立て剣を抜く。スキアの抜刀に兵士たちが動揺し身じろぎした。しかしスキアは何を思ったか、持っていた剣を隣のソルムへと手渡した。ソルムはぎょっとしつつも彼の剣を受け取る。
「俺は鞘で十分だ、これでミスティアと自分の身を守ってくれ。……二人とも、決して俺の前へ出るなよ」
「は、はい」
ソルムが頷くと、スキアは不敵に微笑み返した。
「背中は預けたぞ、ソルム」
そしてスッと表情を鋭いものへと変え、兵士たちへと向き直る。ミスティアは気が気でなくなりスキアの背へ声をかけた。
「私も貴方と一緒に戦います……!」
必死で不安げな声。しかしスキアは振り返らず言った。
「ミスティアの気持ちは嬉しい。だがこうも狭い部屋で戦うとなると、あなたを十分に守れない。……さあ我が主、ご命令を」
厳しい声で命令を求められミスティアはたじろぐが、すぐに『主』として思考を切り替えた。
(スキアが心配だけれど、彼の言う通り、私が前へ出ればかえって足手まといになる……。ここはスキアの力を信じよう)
ミスティアはしばらく思案した後、心を決めて口を開いた。
「……陛下をお救いするため、ここに居るすべての兵を無力化してください」
命令を下すミスティアの声に迷いはなく、凛としている。主の命令を聞き届けたスキアが鞘を構えた。
「承った」
スキアが前へ歩み出る。戦闘が始まろうとする寸前、突然ギルバートが得意な顔で居丈高に叫びだした。
「馬鹿め! 兵士たちが纏っているのは魔法を遮断する特別製の鎧だ! 魔法しか使えない精霊に何が出来る!?」
ギルバートは勝利を確信し、勝ち誇った笑みを浮かべている。
ミスティアはギルバートの言葉を聞き、ふ、と思わず笑ってしまった。
「用意が良いことですわね。残念ですが、私の精霊は魔法だけじゃありませんわ」
「――は? 行き過ぎた強がりは見苦しいぞ。さあ兵士たちよ、やってしまえ!」





