19 あの精霊は一体誰?
ミスティアが場内へ歩みを進めていくうち、その粒子は足元から徐々に人の容を作り上げていった。現れた精霊二体の姿を見て、どこかの令嬢が隣のお目付け役へひそひそ耳打ちする。
「ご覧になって! あの方々がミスティア嬢の精霊よ!」
――この日のため誂えられた彼女たちの装いは、その全てが真っ白。ウォルターズ・テーラーが腕によりをかけて仕立てた壮麗な衣装は、その場にいた人々の心を次々と射止めていく。
スキアとソルムが纏っている燕尾服は一見同じデザインに見えるが、裏地の差し色がそれぞれのイメージカラーに染められていた。
そして何よりも、ミスティアが従えている精霊の美貌は、まるで神々が施した精緻な彫刻のようで。誰もが見とれてため息をつく。
純白の衣装を纏った三人がきらめく緑の芝生を歩けば、庭園に白い薔薇が咲くような華やかさがあった。
ギルバートはわざわざ会場を赤く染めたが、かえってミスティア達の姿を対比させ、美しさを際立たせてしまっている。この光景を目にすれば――若い令嬢であれば特に――口に戸を立てていられないというもの。
「ねぇ、長い御髪の精霊様はなんというお名前なのかしら?」
「碧眼の方が光の大精霊様? わたくし彼と契約出来るなら、魂を売り渡したっていいわ!」
「お揃いの衣装を用意するなんて、ミスティア嬢は精霊様方をとても大切にされていらっしゃるのね。素敵だわ」
好意的な視線がミスティア達に向けられだす。
若い令嬢たちは精霊の美しさに当てられ、もうすっかり心を奪われてしまっている様子だ。特にはしゃいでいるのは下位貴族の令嬢たち。彼女たちにまでギルバートの『命令』は行き届いていないのである。あれだけギルバートが悪評を振りまいていたにもかかわらず、彼女たちを中心として、会場は今度こそ歓迎ムードに包まれていく。
一方、彼らの姿を目にしたギルバートは一人、驚愕して固まっていた。そして自らの目を疑う。
――ミスティアの隣に居るあの精霊は、一体誰だ? と。
かつての、ずたぼろだったみすぼらしい姿とはかけ離れた姿。整えられた髪の下には、さらに整った顔がさらけ出されていた。どこからどうみても気品漂う完璧な貴公子である。
認めたくはないが、ギルバートはソルムの、あまりの変わり様に彼から目が離せない。
「ま、まさかあいつ……ソルムか!? まるで別人じゃないか!? ……それほどまでに大切にされているのか? く、くそっ、なぜだ……無能精霊のくせに!」
ミスティア達の匂い立つような魅力の前に、ギルバートの権威は無力であった。
ギルバートは動揺してひどくうろたえる。園遊会の『主役』が登場したにもかかわらず、声をかけない王太子を不審に思った招待客がギルバートへ訝し気な視線を送った。
焦った彼は、ありったけの大声で、まだ遠い位置にいるミスティア達へ叫んだ。
「ミスティア嬢におかれましては、遠路はるばるようこそいらっしゃいました! どうぞこの園遊会をお楽しみください!」
「殿下」
ミスティアがすばやくギルバートへお辞儀をする。ギルバートはそれを鼻でひとつ笑うと、ミスティア達へ歩み寄った。
彼の瞳に、元契約精霊であるソルムの姿が映る。視線を向けられたソルムがビクリと肩を揺らした。
「……おや? 久しいなソルム。ああミスティア嬢、ソルムがご迷惑をお掛けしているでしょう。彼に代わりお詫びを申し上げます」
彼の小馬鹿にするような物言いに、ミスティアがスッと目を細める。
「まあ……殿下が私に詫びる必要なんて全くございませんわ。かえってお礼を申し上げます。ソルム様は我が領地の村を救ってくださりました。彼の土魔法は本当に、とても素晴らしい魔法ですわ」
「はい? 土精霊が素晴らしいだって? ハハハ! ミスティア嬢は面白い冗談を言いなさる! そんなに強がらなくても良いじゃないですか。土魔法など何の役にも立ちやしないでしょう! 草を生やして魔物が狩れますか? 何か使い道があるならぜひ私にも教えて欲しいものだ、なぁ皆の者!」
ギルバートが腕を広げて周囲の同調を誘う。
仮にも王太子、おべっかを使った貴族たちが笑い声をあげた。ミスティアはムッとしてわずかに眉をひそめる。
(はぁ~~……。本っ当に腹立たしいわ。土魔法は有能なのに、馬鹿にされるなんて悔しい)
テーレで土魔法は『珍しいが役に立たない魔法』と敬遠されている――と先ほどの馬車の中でソルムは語った。
ギルバートは自らの保身のため、土精霊と土魔法を徹底的におとしめたのだ。『私が大した魔法を使えないのは、すべて土精霊のせいだ!』と言いふらし、責任を全てソルムに押し付けたのである。
ミスティアは大声で叫びたい衝動にかられた。『皆さん! ギルバートは元契約精霊であるソルム様を虐げていた最低の王太子ですよ! この国の将来は大丈夫ですか!?』と。だがそんなことをすればソルムだって傷つくし、国同士の関係にも影響を及ぼしかねない。
しかし言われっぱなしもシャクに障るというもの。
「……どうやら信じていただけないご様子。であれば、少々余興を。殿下、テーレの薔薇はまだつぼみなのですね?」





