18 ガーデン・パーティーのお人形
時は経ち、その日は訪れた。
アステリアに誕生せし、救国の英雄を迎えるための園遊会、当日である。
まだ日は高く、テーレの大庭園では使用人たちが忙しなく園遊会の準備を進めていた。会場の飾りつけは、テーレの旗色である赤が基調となっている。
会場となる庭園は湖畔をのぞみ、その対岸には大国テーレに相応しい王城がそびえ立っていた。
ギルバートはミスティア宛の手紙に『貴方様が主役』だと明言したが、会場にミスティアのイメージカラーは全く採用されていない。もちろんわざとである。ミスティアに恥をかかせるためのギルバートの陰湿な嫌がらせであった。
その彼は庭園の最奥、ひときわ大きく華美な椅子に腰かけていた。ギルバートは尊大に足を組み、ひじ掛けに身体を寄り掛からせる。
「正午過ぎか。そろそろ到着の頃だが」
ギルバートがため息交じりに呟く。彼は手元の懐中時計で時刻を確認した後、蓋をパチンと片手で閉じた。
するとギルバートの傍にひとりの使用人が身をかがめて駆け寄り、彼へ耳打ちした。知らせの内容を聞いたギルバートは喜色を浮かべる。
「やっと到着したか! 音楽隊の準備をさせろ。大々的に英雄殿を迎え入れる」
使用人は恭しく平伏した後、また身をかがめて去っていく。
「ははは! きっと盛り上がるぞ」
ギルバートは勢いあまって椅子から立ち上がった。そう、アステリアからとうとう――ミスティア・レッドフィールド嬢とその精霊たちが来訪したのである。
会場には多くの招待客が集められている。彼らにもミスティア達の到着が伝わったのか、ざわめきがより強くなった。ギルバートはニヤつきを隠すため手で口元を抑える。
「アステリアの舞踏会ではとんだ恥をかかされたんだ。であれば、英雄殿も我が国で相応の恥をかくべきだろう?」
口元を隠したままギルバートが独り言ちた。
「あたたかい歓迎が受けられるとは思わぬことだな。この日のためいろんな場所でさんざん悪評を流したんだ。『決して歓迎せぬように』とも言い聞かせている。皆の目は厳しいぞ? さあ英雄殿と光の大精霊、そしてソルムよ。偉大なるテーレへようこそ」
彼が歓迎の言葉を口にしたその時、会場に高らかな音楽が鳴り響いた。
庭園の入り口にあるアーチに、一台の馬車が停車する。そして、その扉が開かれた。
「救国の英雄ミスティア・レッドフィールド嬢のご入来!」
招待客たちが食い入るように好奇の視線を向ける。
名を呼ばれたミスティアは馬車から降り、庭園へと降り立った。その場に居た貴族たちがざわめく。真昼の陽ざしにミスティアの姿がさらされると、皆、口々に各々のパートナーと囁き合った。
『おや? 殿下から聞かされた話と違うぞ?』と。
彼女の姿は、まるで世界一の人形師が造り上げた至高の傑作。
誰もが少女時代、ガラスケースに飾られた『あのお人形が欲しい』と指をくわえたような――。
透けるように白い肌とプラチナに近い銀髪。頭にはお人形にふさわしいレースのボンネット。そんなミスティアが真っ白なドレスを纏えば、ただ紫水晶の瞳のみが際立った。
ギルバートからミスティアの悪評を聞かされていた貴族たちは、虚をつかれた心地となる。華やかな園遊会にもかかわらず、場内は水を打ったように静まり返った。――そこに歓迎の空気はない。一応、王太子の『命令』は聞き届けなければならないからだ。
しかし、である。ギルバートの話では、ミスティアは『田舎出身の芋くさい下位貴族。英雄に相応しくないただの小娘』とのことだった。
だが実際彼女を目にしてみれば、彼らの刷り込みは一瞬にして塗り替えられてしまう。
その場に居た誰もが思った。『どこが田舎出身の芋女だって? 彼女はまるで月の化身じゃないか』と。すると誰かが声を上げた。
「彼女の精霊はどこにいるんだ?」
そうだ、英雄は光の大精霊と契約しているはず。
ミスティアはその声にゆるりと微笑んで、会場のアーチをくぐりだした。彼女がアーチをくぐると同時に、金の粒子と砂埃が舞いだす。





