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16 カウントダウン

 ミスティアは早速()()がある仕立て屋、ウォルターズ・テーラーの店主イヴリンに手紙を送った。


 その3日後、手紙の返事が届く。

 手紙には『事情はわかりました。準備が出来次第お訪ねさせていただきますわ。お嬢様にまたお会いできるのを楽しみにしております』と書かれていた。


 ところで現在、アステリア王立魔法学園は長期休暇の真っ最中である。


 ――という訳で仕立て屋が訪ねてくるまでの間、ソルムは存分にスキアの『しごき』に付き合わされることになった。

 

 レッドフィールド家の中庭。カンカンに照る日差しの下、2人の男性が木刀を手に向き合っている。

 ミスティアの契約精霊、スキアとソルムだ。スキアは不敵に笑うと、ソルムの間合いに一気に入り込んだ。剣など持ったことのないソルムは思わず焦ってのけ反ってしまう。


「……っ」


 カン! という乾いた音が鳴り、ソルムの手から木刀が離れた。木刀は宙でくるくると回転した後、ぐさりと地面に突き刺さる。スキアの木刀をひたりと首に当てられ、ソルムは降参と両手を挙げた。


「休憩にしませんかスキア。何回試しても貴方の太刀筋が見えません」


「やっと身体が温まってきたところだが……」


 スキアが木刀を降ろすのを見て、ソルムは額に滲んだ汗をぬぐう。

 

「いいかソルム、太刀筋を見切るには――」


 何回も手合わせして言葉を交わすうち、2人はいつの間にか呼び捨てで言い合う仲になっていた。スキアは、ソルムをギルバートから救うことをミスティアへ勧めた張本人。彼なりに責任を感じているのだろう。ゆえにスキアにしては珍しく他者にかまっている。


 そんな2人を遠巻きに見つめる者が1人。――ミスティアだ。見つめる彼女の口元に小さな笑みが浮かぶ。


(スキア、楽しそう)


 いついかなる時も傍に居てくれるスキアが、彼女には決して見せたことのない表情。もちろんミスティアと一緒に居るスキアは、いつだって彼女に優しい笑みを浮かべてくれる。しかしスキアがソルムへ向ける屈託のない笑みは、彼女へ向けるものとは少し違っていた。ソルムと剣を交え汗を流すその表情は、まるで幼い少年のようにも見えて。


(いい、なあ)


 同じ精霊同士、いい意味で遠慮が要らないのだろう。同じ主に仕えるという意味で立場も同じだ。ゆえに思うままに手合わせに打ち込むことが出来る。


 きっとソルムはスキアの良き友となる。


 いや、もうなっているのかもしれない。短い時間にもかかわらず、スキアはその心の内にソルムを招き入れたのだ。基本的に彼はミスティア以外の者に素っ気なく、どこか壁を作っている。しかし2人のやりとりを見る限り、その壁は取り払われているように見えた。それだけでソルムはスキアにとって『特別な存在』と言える。


 そう思ったとき、ミスティアは胸の奥がチクリと痛んだ。


(だ、駄目よミスティア。ちょっと寂しいだけじゃない。スキアに友人ができるのは喜ばしいことだわ)


 そしてソルムがスキアの攻撃をやっと一度受けきれるようになったころ、レッドフィールド家邸宅に待ち人は訪れた。


「ご機嫌麗しゅうございます、お嬢様! ご無沙汰しておりました。それでこちらがお手紙の……」


「はい、土精霊であらせられるソルム様です。こちらこそご無沙汰しておりました。急なご依頼にも関わらずご対応してくださり、心より感謝しておりますわ」

 

 ミスティアが恭しく一礼すると、イヴリンはほほほ! と礼を返して笑って見せた。


「お嬢様じきじきのご依頼ですもの、当然ですわ! いえね、あの舞踏会の後『ミスティア嬢が着ていたドレスはどこのテーラーのもの!?』なんて噂が立ち依頼が殺到しまして――あ、ゴホン。とにかくお嬢様には返しても返しきれない恩がございますの。今回も張り切って取りかからせていただきますわ」


 機嫌よく彼女が両手を合わせる。すると邸宅の開け放たれた扉から、荷物を持った従業員らしき者たちがぞろぞろ入って来た。ミスティアが以前学園で見た時と同じ光景である。


 今回は女性のみならず男性の姿も。その人数の多さにソルムは石像のように固まってしまった。イヴリンはソルムを上から下までじっくりと見つめた後、にんまり唇の端を吊り上げた。


「こたびも磨き甲斐がありそうですわね」


 まるで語尾にハートでも付きそうな口調である。ミスティアとスキアが気の毒そうな視線をソルムへ送った。彼はなにかを諦めた表情で呟く。


「……好きにしてください……」


「うふふ、言われなくともそういたします、お覚悟を! ……どんな『大変身』を遂げられるか、今から楽しみですわ」


 こうしてソルム大変身計画の幕は上がったのだった。



 ――そして、数刻後。


「お嬢様! 今よりお披露目いたします、心の準備はよろしいですか?」


 イヴリンが声に興奮を滲ませドアノブに手を掛ける。

 ミスティアはわくわくして心が浮き立った。心なしか、隣に立っているスキアも期待に顔を明るくしているように思える。


「はい。とても楽しみですわ」


「うふふふ、私もお嬢様がたの反応が楽しみです。さあ、それでは扉を開けますわよ! 3、2、1……」

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