15 王太子を見返してやりましょう!
手紙にはこう書かれていた。
『救国の英雄であるミスティア・レッドフィールド嬢におかれましては、ご機嫌麗しゅう。
先の舞踏会では大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。
つきましては、我が国テーレで園遊会を催すことになりました。
もちろん我が国と親しいアステリアにて、英雄が誕生したことをお祝いするためのものでございます。
主役となるミスティア嬢と精霊様方には是非お越しいただきたく存じます。
アステリアとテーレの親交に永久なる祝福があらんことを』
園遊会とは、慶事などの際に国が大々的に客を招き、もてなす会のことである。会場は主に庭園などの野外だ。
そしてこの手紙、一見すると普通の招待状のように思える。
しかしこの手紙を意訳するとこうだ。
『パーティー開くけどお前らが主役だから必ず参加な、不参加は認めないからよろしく!』
しかも『参加しなかったら外交問題だからね!』という回りくどい脅し文句付き。恐らくギルバートの意向を、文官が悩みながら最小限までにやわらかく表現したのだろう。
差し出し人はギルバート個人だが、文面には『テーレ』『アステリア』という国名が何度も出てくる。英雄なれど王族ではない、いち貴族令嬢であるミスティアに、強い圧力をかけているのが見て取れた。
また、この招待状がミスティアの手元まで届けられたということは、国王オーラントも承知の上と思われる。ミスティアはますます逃げ道が無くなってしまった。
呆れを通り越して頭痛がしてきた彼女に、スキアが口を開いた。
「大丈夫か?」
「は……いえ、なんというか……」
はい、と言えず絶句してしまっているミスティアを見て、ソルムが不安そうな表情を浮かべる。そんなソルムを不憫に思ったのか、スキアが手を差し伸べた。
「俺が見てもいい内容か?」
「はい、問題ありません」
ミスティアは手紙をスキアに手渡す。
内容に目を通して、スキアも先ほどのミスティアと全く同じ表情を浮かべた。ソルムはますます不安そうに眉を下げる。
「……ハ。まあ、一言で言うとこれはテーレで開かれる園遊会への招待状だ。貴殿がどうこうという内容ではないから、そこはひとまず安心してほしい」
「そうですか」
ソルムはスキアの言葉を聞いて、少しだけ胸を撫でおろす。ミスティアはあまりの衝撃に思考停止してしまったことをソルムに申し訳なく思った。
「申し訳ございませんソルム様。誘いはお断りさせていただきますので、どうぞお気になさらず」
胸に手を当てぎこちなく微笑むミスティアに、ソルムは少しだけ考えるそぶりを見せた。そして彼は意を決した顔つきでミスティアへと口を開く。
「断るとなれば貴女が大恥をかくことになります。それは私の望むところではありません。構いませんので参加なされてください……まあ、このようにみすぼらしい私を連れ歩くのは、お恥ずかしいでしょうが」
「恥ずかしいだなんて、そんなことはございません!」
ソルムの自嘲にミスティアが勢いよく立ち上がる。
彼女のあまりの必死さにソルムはポカンとしてしまう。二人の視線が交わり、ソルムは胸の奥が熱くなった気がしてさっと視線を逸らした。
耳を赤くするソルムにスキアが僅かに眉をひそめる。だが直ぐに表情を戻し話し始めた。
「彼の言った通り断ればミスティアの評価は下がるだろうな。俺も参加に賛成だ。――しかし、なにもせず乗り込むのはつまらない。この原石を完璧な宝石へ磨き上げ、元主を見返してやろうではないか。完璧な紳士に変身した彼を見て、あれがどんな顔をするのか、俺は是非見てみたいな」
「ギルバートを、見返す……」
その言葉はソルムにとってまさに青天の霹靂、目から鱗であった。
確かに彼は今までギルバートにさんざんな仕打ちを受けてきた。挙句の果てには『無能』だと捨てられてしまう始末。
だがソルムはその性根の優しさからか仕返ししてやろう、復讐してやろうとは思ってこなかった。
しかし自分が成長した事でギルバートの鼻を明かせるのなら、こんなに喜ばしいことはない。――言うなればこれはポジティブな復讐だ。
「私が前に進むことで彼を見返せるなら、やれるだけのことはいたします」
「ソルム様」
翠玉の瞳が優しく細められる。彼の健気な言葉にミスティアは思わず胸を打たれた。ソルムが変わりゆくことを望んでいるのなら、彼女だって手助けをしたい。
「わかりました。ソルム様がそう仰るなら、テーレに赴き殿下を見返してやりましょう!」
手を合わせて微笑むミスティアに精霊達が見惚れる。
彼女が微笑んだことでその場の空気が陽が射したように明るくなった。二人に見惚れられていることに気づかないミスティアが言葉を続ける。
「そうとなれば、ソルム様の装束をお仕立てしなければなりませんね。つてがありますので、仕立て屋に来ていただきましょうか」
「……服を仕立てていただけるなど初めてです。しかし情けないことにお金を持ち合わせておりません。この恩は精霊としての働きできっとお返しいたします」
「お気になさらず、と言いたい所なのですが。御礼はどうぞスキアに」
そう、スキアの精霊刀を売ったことで手に入れたお金が口座にまだ大量にある。天文学的な金額を思い出したミスティアは、遠い目をして乾いた笑いを浮かべた。
話をふられたスキアが肩をすくめて見せる。
「ではソルム殿には、剣の鍛錬に付き合って貰おうか。大精霊じきじきに鍛えてもらえるんだ、喜ぶといい」
にっこり。
その完璧な美貌から繰り出される、どこか晴れやかすぎる笑顔。ソルムは嫌な予感がして、口の端をひくつかせたのだった。
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