14 完璧な計画
「お労しいですな、殿下」
「……っ、お前は。トマスか」
名を呼ばれた彼――宰相トマス・グレイが柔和に目じりを下げる。
先ほどギルバートとすれ違いで王の寝室から退室したトマスだが、どうやらここでギルバートを待っていたらしい。
「最近の陛下は気が立っておられる。なにもあのように責めずとも良いのに……。この国の未来を憂いてのお言葉でしょう。ね、殿下?」
「あ、ああ。その通りだ。俺は次期国王としてまっとうな発言をしたまで。嬉しいよトマス。昔から俺を理解してくれるのはお前だけだ」
トマスとギルバートは、彼が物心つく前からの付き合いである。トマスはギルバートのやることなすこと、すべてを全肯定してくれてきた。
「当然ですよ! 貴方様には王の器がある!」
トマスが鷹揚に手を広げる。彼の賞賛を受け、ギルバートは誇らしげに胸を張った。そんな彼へトマスは静かに歩み寄り、耳元で小さく囁いた。
「……王におなりなさい、殿下。陛下は貴方様の継承権を剥奪しようとしていなさる。そうなればきっと殿下は国民に後ろ指をさされ罵られ、何も成し遂げられずその生涯を終えるでしょう。……つまるところ陛下は、貴方様に『死ね』と仰ったのです。この意味を、よくお考えになってください」
トマスの言葉にギルバートはハッと息を呑んだ。顔を青ざめさせるギルバートへ、トマスが一礼し去っていく。
取り残されたギルバートは考えた。父は、『未来で王となる自分』を殺そうとしている。
(絶対に許すものか。どうすれば、どうしたら……っ)
と頭を抱えていると、ある考えが浮かび上がった。
父ドランは病によって虫の息。であれば――。
(どうせもう長くないのだ。少しくらい寿命が縮まったとて構いませんよね? 父上。貴方が悪いんですよ、この俺を追い詰めたりするから)
国王であるドランが死ねば、次の国王は王太子であるギルバートだ。
「は、ハハ……なぜ今まで思いつかなかったのか」
乾いた笑いが廊下に響く。そしてギルバートはある恐ろしい謀略を思いついた。彼は扉から背を離し、誰も居ない廊下へふらりと歩みを進めていく。ギルバートはぶつぶつと何かに憑りつかれたように呟いた。
「どうせなら俺に恥をかかせたミスティアともども闇に葬ってやろうじゃないか。あいつらに王殺しの罪を着せれば、邪魔なものはすべて俺の前から消え去る」
その謀略は彼にとって完璧なものだった。自らの手を汚さず、ミスティアに汚名を着せ、なおかつドランを弑することが出来る。やがて王となるならば『王殺し』などとは呼ばれたくない。王笏は綺麗な手のままで握らなければ。
「ああ、想像しただけで笑いが止まらん。やはり私は天才だな、完璧な計画とはこのこと! こうしてはおられん、早速ミスティアへ招待状をしたためなければ!」
ははは! と明るい笑い声が王宮に響く。
まるで曇った空が晴れ渡っていくかの様な心地だ――とギルバートは笑う。そして彼にとって『完璧な計画』を推し進めるべく、意気揚々と歩き始めたのだった。
ギルバートは気づかない。柱の陰で、トマスが黒い笑みを浮かべていたことを――。
*
アステリア、レッドフィールド領にて。
ミスティア達はフーラ村を後にし、レッドフィールド家邸宅へと身を移していた。フーラ村の畑が再び病害に侵されないよう、スキアが持続浄化をかけたので、当分は病害の心配をせずに済むはずである。
フーラ村の問題を解決できたことは、ミスティア達とソルムの関係に大きな変化をもたらした。
邸宅を出て行ったときはギスギスしていた三人。だが帰路につくころにはその空気はいくらか和やかなものに変わっていた。今回の件で、ソルムの人間に対する不信感が取り払われたためだろう。
――このまま、平和な時間が続くかと思われた。
しかし悲しいかな、そんな和やかな平和を壊す出来事が訪れてしまう。
ある日の事である。
「……え、また手紙ですか」
アイリーンから差し出された、華美な装飾の封筒をミスティアが受け取る。
「はい。王宮からの使者殿が持ってまいられました」
ここは裏庭にある東屋。かつて廃れていたが、スキアが魔法で修復し新築同様となっている。ミスティア達は、この東屋で優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいたのであった。居心地悪そうにはしているが、ソルムも一応は同席している。
「今度は王宮から……フーラ村の時とは違いますね。こちらは招待状のようです」
ミスティアが手に持つ封筒の、封蝋の印にスキアが目ざとく気づく。
「テーレの印か」
その単語に、和やかだった空気がピシリと張り詰めた。ソルムにとって『テーレ』という国名は地雷である。俯くソルムに、ミスティアが気遣わしげな視線を送った。
「あ、あとで確認しますわ」
「……いえ、こちらで開けていただいて構いません」
しかしソルムがミスティアの気遣いをやんわりと断る。
「よろしいのですか?」
「はい。どうせ後で知ることになるのですから」
「……わかり、ました」
ミスティアが恐る恐る手紙を開くと、ふわりと華やかな香が匂った。最初は普通に読んでいたミスティアだが、読み進めていくうちどんどん顔つきが険しくなってしまう。
手紙の内容にはこう書かれていた。





