12 花かんむり
目を点にしているミスティアに対し、ソルムは平然としている。主の許可を得たソルムは一礼すると、そのまま村長の案内に従い彼女の傍を離れていった。
去っていく彼の背をミスティアとスキアは無言でじっと見つめる。少し距離が出来たところで、スキアがミスティアへと口を開いた。
「ずいぶん角が取れたな」
「……きっと本来はとてもお優しい方なのでしょう。あれだけの事をされた後でも、ああして私たちへ笑いかけてくださるのですから。今まで辛かったでしょうが、これからは心穏やかに過ごしていただきたいです」
「ああ……ときに今回の功績は、ソルムも勿論だが、あなたの力も大きい。あなたが精霊の心の扉を開いたから、村人は救われたのだと思う」
「い、いえ。私は何も。魔法を使うと決めたのは、ソルム様自身ですから」
「謙虚なことだ」
スキアが優しく微笑む。ミスティアは気恥ずかしさにソワソワしてしまう。しかし彼に褒められて嬉しくないはずもなく、ミスティアは思わず頬が緩んでしまった。
――あまりに考えていることがわかりやすい。
その様子はまるで小動物さながら。スキアは胸が締め付けられ、今すぐにミスティアを抱きしめたくなった。しかし人前でそんなことをしてしまえば愛しい彼女を困らせてしまう。ミスティアは恥ずかしがり屋だ。
ゆえにスキアはミスティアの耳元に唇を寄せ、極めて小さな声で愛を囁いた。
「あなたは、本当に愛らしいな」
「……っ」
完璧な美貌を持つスキアから『愛らしい』と耳元でさえずられる破壊力と言ったら。
ミスティアは彼の甘い言葉にくらくらと眩暈がした。体が足先からぼうっと熱を帯びていく。酔っていないのに、まるでワインをあおったような感覚。
あっと言う間にミスティアの頬は真っ赤に染まってしまった。未だに彼女はスキアの口説き文句に慣れない。
(嬉しい、けど恥ずかしい……!)
ミスティアはとろける思考の中で、必死に彼へ返すための言葉を探した。
「スキアも、素敵です……っ」
「俺が?」
「はい」
当然でしょう、とミスティアは心の中で呟く。見た目もさることながら――操作の難しい、自身の属性以外の魔法を易々と使いこなす姿には、胸をときめかさずにいられない。
ミスティアの言葉を聞き、スキアの唇がゆったりと弧を描く。
「嬉しいな。あなたに素敵だと思って貰えるなら、この顔で生まれたことに感謝しなければ」
(み、見た目も素敵だけど私が本当に素敵だと思うのは――)
とミスティアが考えていると、突然スキアが彼女の前に跪いた。そしてミスティアの手を取り爪先へと口づけを落とす。
まるで『姫と騎士』さながらのやりとり。二人を見守っていた村の女性たちが「キャーッ!」と黄色い悲鳴を上げた。
スキアの動作に見惚れていたミスティアは、その悲鳴を聞いて我に返った。周囲を見渡せば、目を輝かせてこちらを見ている女性たちの姿。
――急な気恥ずかしさがミスティアを襲う。
「……っ、まだ宴まで時間がかかりそうですし何か困りごとがないか聞いて参ります!」
ミスティアは一言でまくし立てた。彼女の指からするりとスキアの指が離れていく。
「……わかった」
逃げられた、とスキアは困ったように笑うのだった。
*
その夜。
満天の星空の下、フーラ村では久方ぶりに盛大な宴が催された。
畑の横にはいくつかの大きな篝火が焚かれている。倉庫の奥深くに眠っていた楽器たちは埃が払われ、今夜ばかりはその本領を発揮していた。
リュートやマンドリンといった伝統的な弦楽器が陽気な旋律を奏でている。音色につられ、村人たちは自然と手を取りあい踊り出した。
その横ではダンスに興味のない子供たちが大量のイモ料理をほおばっている。
ふいにミスティアはスキアに手を引かれ、村人たちのダンスへと混じった。すると大きな歓声が起こり、ミスティアがくるりと回転してみせると更に割れんばかりの拍手が鳴った。
そんなにぎやかな笑い声に包まれる中、ソルムはひとり、踊っているミスティア達をぼうっと見つめ続けていた。倒木のベンチに腰掛けているそんなソルムの裾が、突然くいくいと引っ張られる。
「……うん?」
ソルムが目を見遣ると、そこには小さな女の子。
彼女の両手にはひとつの花かんむりが握りしめられていた。恐らくソルムが育てた花で編んだものだろう。
「おにいちゃん、これあげる」
「私に?」
思わず出た優しい声に、ソルム自身もびっくりしてしまう。女の子は頬を染めてにっこりと微笑んだ。
「うん! 花かんむりは好きな人にあげるものだから! わたし、おにいちゃんがだいすき!」
「……! あり、がとう」
無垢な好意に呆然として、ソルムは差し出された花かんむりを受け取る。すると女の子はくるりと背を向けて走り去っていった。つたなく編み上げられたそれを見て、ソルムはふと『きっとこのような花はミスティア嬢に似合うだろう』と思った。
無垢でいて優しい花。
「……っ、いくらなんでも簡単すぎるだろう、私は」
ソルムは悔しい。
つい先日までギルバートへの嫌悪でいっぱいだった心は、今は別な感情で塗り替えられてしまっている。ソルムは簡単に心の扉を開いてしまった自身を叱りつつも、先ほど頭に思い浮かんだ光景を振りほどけないでいた。
この色とりどりで編まれた花かんむりを、頭上に戴くミスティアの姿を。





