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11 もたらされた豊穣

 ――それは、まさに驚きの一言であった。


 ぽつ、と一つ芽が生える。そして次はぽつぽつぽつ、と数え切れないほどの芽が。

 まるで早送りしたかのように、芽の成長は止まらない。


 種芋どころか畑のありとあらゆる面から様々な植物が生え育っていく。作物が、草が、花が。それらがぐんぐんと伸びる様はまるで青い空へ向かって背伸びしているようだ。


 そしてあっという間に畑は、土を全て覆い隠してしまうほどの緑に溢れたのだった。濃い、土と緑の()せ返るような匂いが立ち込め、風に乗って人々の間を吹き抜けた。

 

 それはもはや魔法と言うよりも、大いなる奇跡。

 魔法を放った本人も含め、その場に居た誰もが自身の目を疑った。――夢でも見ているのだろうかと。さあ、と風が吹きソルムが育てた花が揺れる。

 

 静かな空気の中、突如として静寂を破ったのは村の子供たちであった。彼らは畑へと駆けだし草をかき分け始める。そして目当てのものを探し当て、思いっきり引っこ抜きそれを皆に向かって無邪気に掲げて見せた。


「見てー! イモがあったよー!」


「すごいすごい! たくさんあるよ、どれも大きい!」


 村人たちは掲げられたイモに目が釘付けになった。はしゃぐ子供たちの声に村長が気を取り戻す。


「き、奇跡じゃ。これは奇跡じゃ……! 貴方様がたは私どもの命の恩人です! ありがとう、本当に……ありがとうっ!」


 村長が感激とばかりにソルムへ近寄り、彼の手をがっしりと両手で握った。ソルムは突然の事にびっくりして固まってしまう。ソルムは『大げさな』と言いかけ口をつぐんだ。村長の両眼から絶えず涙が流れていたからだ。ソルムはびしょびしょに濡れている彼の顔を凝視する。


 ――こんなにも誰かに感謝されたことは初めての事で。ソルムは何故だか胸が締め付けられ、苦しくなった。


「い、いや私は……」


 やっと出た声は消え入る様にか細い。ソルムが戸惑っていると一人の村人が声を上げた。


「――ありがとうございます……!」


 その明るい声を皮切りに、ソルムへ次々と感謝の声が贈られていく。村人たちの明るい笑顔を眺め呆然とするソルムへ、ミスティアが静かに語り掛ける。


「見事でございますわ。流石は土精霊です、貴方様の魔法はやはり唯一無二。……ソルム様が、村の危機を救い皆の笑顔を取り戻したのですよ」


「……っ」


 その優しい声を聞いた瞬間、ソルムの唇がはく、と震えた。

 何か熱い感情がこみ上げてそれを抑えることが出来ない。こんな気持ちは初めてだった。嬉しくて誇らしくて、駆け出し叫びたくなるような情動。


「私、私は……」


 必要ないとされてきた。


 無能で、魔力ばかり吸う寄生虫だと何度も罵られ暴力を受けてきた。

 長い年月をかけギルバートに役立たずだと信じ込まされてしまっていたのだ。しかしミスティアとスキアが手を差し伸べてくれたあの日から、きっと彼の運命は変わったのだろう。


 いまだソルムの手を固く握りしめる、ごつごつとしたの村長の手を彼もまた強く握り返す。


「あなた方の力になれて、良かった……」


 そしてソルムは、この世界に顕現してから初めて、ぎこちないながらも心からの笑みを浮かべたのだった。


 和やかな空気の中、ミスティアはふとソルムへ尋ねる。


「これだけの大仕事をなされたのです、体調は大丈夫ですか?」


 ソルムはつい先日まで瀕死の重傷を負っていた。いくら光魔法で傷を癒したといえど、心配なものは心配である。彼女の言葉を聞いて、ソルムの手を握っていた村長がぱっと彼の手を離した。


「そらそうだ、お疲れでしょう!」


 心配そうな村長とミスティア。じっと見つめられソルムは顔を逸らす。そんな彼の耳は僅かに赤い。


「問題ありませんよ。貴女とスキア殿に癒していただきましたから」


「それは良かったです。……しかし一度邸宅でまたゆっくり休まれた方がいいのでは?」


 ミスティアの提案に、村長が焦った様子で口を挟んだ。


「お、お待ちください! これだけのことをしていただいて、ただお帰りいただくのは忍びねぇ! お疲れならお屋敷まで今から移動するのも大変だ。どうか私たちをもう一度助けると思って、ささやかですがお礼の宴を開かせてはもらえませんか……!」


 ミスティア達は村まで瞬間移動してきたのだが、村長は知る由もない。ゆえに帰りの馬車を心配してくれているのだ。


「宴、ですか。それはもちろん嬉しいですが皆様のご負担になるのでは……」


 ミスティアの気遣いに村長が顔の前で手をいやいやと手を振る。


「まさかまさか、負担だなんてあり得ませんよ! 皆もさらに元気づくというもんです!」


「……ソルム様、スキア。いかがでしょう?」


「私はかまいません」


「俺もだ」


 どうやら精霊達は乗り気の様だ。彼らの答えに村長が瞳を輝かせ表情を明るくする。その笑みを見てミスティアも僅かにはにかんだ。


「おお! そりゃ良かった! ええと――」


「私の名はソルム、と申します」


 ソルムがそっと目を伏せる。


「ソルム様! お休みいただける場所にご案内いたいします」


「お気遣いありがとうございます。……、御身の傍を離れてもよろしいでしょうか?」


 はた、とミスティアが固まる。返事の返ってこないことを不思議に思ったソルムが、前髪の隙間からミスティアを覗いた。それに気づいたミスティアはやっと我に返る。


「えっ、は、はいっ。どうぞ……」


 主。


 と突然振られたことで、ミスティアは激しく動揺してしまう。

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