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9 村には土魔法が必要です

 その言葉に辺りがしんと静まり返る。


 専門家――それは土精霊であるソルムのことを指していた。突然話題を振られたソルムがぱっと顔を背ける。


「何度も言いますが、私に期待しない方が良いですよ。元主が言うには私の魔法は全くの役立たずのようですから」


「それは最上級魔法も含めてか?」


「……最上級魔法?」


 ソルムは思わずスキアに聞き返してしまう。そう言えば、ギルバートはソルムに中級魔法までしか使わせることが出来なかった。確かにミスティアであれば土の最上級魔法を使わせることが可能だろう。


――しかし。


(怖い。もし土の最上級魔法さえも役に立たなければ、私は……)


 ふいにソルムは、薔薇園でズタボロの自分に手を差し伸べてくれたミスティアを思い出す。彼女にさえ見捨てられたら、自分は本当に無価値になるのでは――。証明されることが怖くて、握りしめた拳がぶるっと震える。


 ためらうソルムにスキアが不敵に笑いかけた。


「己の本来の実力を試してみたいとは思わないか? ……なあ、ソルム殿」


「……っ」


 だがそんなスキアの焚きつけるかのような挑発にも乗らず、ソルムはただ俯くままだ。するとミスティアがソルムへ向き直り、真っ直ぐに彼を見つめた。


「確かに土精霊であるソルム様なら、この状況を打開できるかもしれません。どうか、貴方様のお力をお貸しいただけませんか?」


 切実な声に思わずソルムが顔を上げる。そして彼は見てしまった――。


(なんて目で見るんだ。なぜ、なぜ……貴方は私を信じられる?)


 期待に満ちたミスティアの瞳を。まるで海底に陽の光が射しこむように、その視線がソルムの心の奥底を照らし出していく。


人間ギルバートは嫌いだ。けれど……分かっていたさ。全ての人間が彼のような悪ではないことぐらい)


 ミスティアから向けられる眼差しが、かつてソルムを初めて召喚した時のギルバートのものと重なる。驚き、興奮、期待、喜び――。本当は彼の期待に応えたかった。後に国王となるギルバートを隣で支えたかったのに、とうとうそれは叶わなかった。


 あの時と同じ眼差しがソルムの心を強く揺さぶる。ギルバートにさんざん足蹴にされてきたと言うのに、ソルムという精霊は人間をついに憎み切れなかった。


(救えない馬鹿だな、私は)


 けれど、彼にはまだ気にかかることがあった。


「しかし土魔法は戦闘に全く不向きだとか。土壁だって子供の膝位の高さしか作れませんし」


「確かに土魔法は戦闘魔法が少ないかもしれません。ですが今ここで必要とされているのは、貴方様の土魔法だと私は思います。……物は試しに、魔法を使ってみませんか?」


「……っ」


 ギルバートはソルムに魔法を使わせなかった。

 しかし新しい主であるミスティアは何のためらいもなく『魔法を使え』と言う。その言葉にソルムは思わず誘われた。花の甘い香りに抗えない蝶のように。


「後で期待外れと言わないでくださいね」


「もちろんですわ」


 ソルムが渋々といった様子で頷く。ミスティアはホッと胸を撫でおろした。彼の了承を得たところでミスティアは目の前の荒れた畑に目を向ける。


(まずはこの腐った作物をどうにかしないと)


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