8 いざフーラ村へ
「――うわっ!?」
ベッドに座ったままの態勢で転移したソルムが地面に尻餅をつく。土の匂いがして、彼は大きく目を見開いた。
(外? 自分は確かに先ほどまで室内にいたはずだが……転移魔法か。このような魔法が存在しているとは。やはり救国の英雄の名は伊達ではない)
それにしても。
(変わった方だ。テーレでも領民の問題はあったがギルバートはまったく取り合わなかった。それどころか領主自ら村に赴くとは)
ソルムの視線の先には、のどかな集落の風景が広がっている。茅葺屋根はところどころ苔むしていて、煙突からは白い煙が流れていた。
それが真っ青な空に映えて見る者の心を和ませる。ミスティア達は集落の川向いに居て、村は小さな橋の先にあった。見る限りでは何の変哲もない平和な村に見える。
「村長に話を聞きに参りましょう」
ミスティア達はフーラ村へと足を踏み入れた。
村の通りを駆け回っていた子供たちがミスティア一行を見て足を止める。そして指さして言った。
「すげー! お姫様と騎士だ!」
「ほんとだー!」
無邪気な誉め言葉にミスティアはギクリと身を固める。恥ずかしいが、無視するのもそっけないため彼女は子供たちに微笑んで手を振った。すると子供たちは顔を真っ赤に染め上げる。
「お姫様がこっちに手振ってるっ!」
「きれーい!」
なんて叫ばれるものだから、釣られてミスティアも耳まで真っ赤に染めてしまう。そんな彼女を騎士――スキアは微笑ましい目で見つめるのだった。ソルムは澄ました顔のミスティアしか知らなかったため、虚をつかれた心地になる。
(彼女は、こんな表情もするのだな)
すると、そんな騒がしい声を聞いてか一人の男性がやって来た。
「こらお前たち一体何を騒がしく……ん? こりゃ、お役人様でございましたか! 手紙を送ったのは三日前だったけんど随分お早い!」
男性は麦わら帽子を外すと、それを胸に当て軽く一礼した。
どうやら彼はミスティア達を領主から派遣された役人だと勘違いしているらしい。それもそうである。辺境の村にわざわざ領主が足を運ぶなどとは、通常考えられない事だ。
「村長殿ですか? お初にお目にかかります、私はミスティア・レッドフィールドと申すもの。どうぞよしなに」
「た、確かにワシが村長ですが……ミスティア・レッドフィールド様ですと……!?」
村長は目を大きく見開き、思わず手に持っていた麦わら帽子を落とした。
子供たちはその帽子を拾い上げると、両手に掲げてどこかへ走り去っていく。そんなことも構わず、村長は突然その場に跪いた。
「まさかご領主様がいらっしゃるとは露知らず……! どうか無礼をお許しくだせぇ……っ」
そして彼はそのまま額を地面にこすりつけ始める。ミスティアは慌てて彼に駆け寄った。
「村長殿、お顔をお上げください! 無礼なのは突然訪れた私たちの方ですわ。報告の内容が急を要するものと考えた故のこと、どうぞお許しを」
「おお……なんとお優しい」
村長が顔を上げる。
額には泥が付いていて、ミスティアは忍ばせていた白いハンカチを差し出した。村長が静かに首を振る。
「貴きお方、どうぞお気遣いなく……ご領主様がいらっしゃったのは畑の事でございますか?」
「その通りですわ。村の畑がどのような状態なのか、見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
村長は表情を引き締めてさっと立ち上がると、腰を低くして歩きはじめた。
「こちらにどうぞ」
村の入り口には子供たちが何人かいたが、大人の姿がほとんど見えない。きょろきょろするミスティアを見て、村長が彼女の考えを察し口を開いた。
「皆、凶作に気を落としておりましてな。子供たちは呑気なもんですが、大人たちは家に引きこもってしまっております。それに村の大部分は出稼ぎに出ていまして、活気がないのはご容赦くだせいませ」
「あ……そうですよね。申し訳ありません」
「とんでもねぇです」
作物が全滅となれば村民の絶望は深いだろう。ミスティアは彼らを思い心を痛めた。
村の居住地から少しばかり歩くと、そこには見るも無残な農耕地が広がっていた。どの作物も葉の所々が黒く成り果て、腐っている部分に虫がブンブンと音を立て集っている。村長が悔しそうにくたびれたシャツを握りしめた。
「お見苦しいですがこの通り全滅ですわい。これでは税も収められず冬さえ越せるかどうか……。恐らく病害でしょうな。……元々、この土地は痩せていて実りが悪かったのですが、泣きっ面に蜂ですよ」
「これは酷いですね」
ミスティアが顎に手を当て思案する。
(修復で作物を元に戻すことは可能かも。けれど病気のままの状態にしか戻らないわよね。病気に汚染されていたら……光魔法の浄化で何とかなるかもしれないけれど……いくら元に戻るからといって、こんな腐った状態を見ていたら食べたくないだろうし、気の毒だわ)
考えを巡らせるがなかなか答えが出ない。するとスキアが畑を眺めながら口を開いた。
「ここに専門家がいるではないか」





