32 風の祝福
「まさか真に守護水晶を復活させたと言うのか……!?」
先ほどから驚きすぎて、オーラントは口の中が乾きっぱなしだ。ドキドキと高鳴る心臓を抑え、オーラントは目の前の少女を見下ろした。大抵の年若い令嬢は、オーラントを目の前にしただけで顔面蒼白になる。だがどうだろう、ミスティアの堂々とした佇まいには気迫さえ感じる。
(……肝が据わっている。そうか、彼女は大精霊様を守りたいのだな。こんなに幼く映るのに……)
一見共通点のない老人と少女だが、ひとつだけ同じ思いが共通していた。それは自分の命よりも大切な存在があること。ミスティアはスキアを、オーラントは民を。それに気が付いた時、彼は身体の芯がじんと熱くなった。
スキアが王都の守護者で在ったのはオーラントが生まれる前からのこと。つまり彼は気の遠くなるほど長い間、守護者の責務を課せられてきた。ゆえにオーラントはスキアが王都を守るのは当たり前の事だと思い込んできたのだ。
それをいきなり、はいどうぞと大精霊の守護を手放すのは正直できかねる。
目の前で王が黙り込む姿を見て、ミスティアがダメ押しとばかりに口を開いた。
「陛下……このような事は申し上げたくございませんが……。直すことができるのであれば、もちろん修復不可能なほど粉々にできるということもお忘れなきよう」
にっこり。
花が咲いたような笑顔に、オーラントと近衛兵たちがあっけに取られる。彼女の放った言葉が一瞬理解できなかったのだ。
わかりやすく意訳すると、言う事聞かないならぶっ壊すぞ? あん? である。
不敬罪で処刑されてもおかしくはない物騒な発言だが、残念なことに彼女を拘束できるほどの力を持つ者はこの場に居ない。
ピリ、とひりつく空気を破ったのは、オーラントの押し殺すような笑い声だった。
「ふ、ふふふっ……はっはっは! この様に型破りなご令嬢は初めてだ! はあ、ミスティア嬢。確かにそなたの言う通りだな。守護水晶が修復された今、大精霊様に責はない。それに剣を取り再び戦えと命じても、斬るべき魔物が居ないのなら仕様がないことだ。だが……民は大精霊様に守られてこそ心の安寧を得られていたのも事実。どうかな? 守護者の任は解こう、しかしこれからは平和の象徴として……救国の英雄として民の心を守ってはくれないだろうか。出来る限りで良いのだ、どうか民を助けてほしい」
オーラントの提案に、ミスティアがうっとたじろぐ。
(確かに、光の大精霊がもう王都を守護しないと民を見捨てれば、きっと彼と私は後ろ指をさされる。陛下の提案はまっとうだわ。どうにかしてスキアを戦いから遠ざけようとしていたけれど、心も守らなければ意味がない)
ミスティアはスキアへ目配せした。彼は全てを見通すような瞳でミスティアを見つめ返す。
「まあ俺としては、国外に逃亡してもやぶさかではないぞ?」
「だ、大精霊様」
オーラントがそれはないでしょうと眉を下げる。緊迫した空気をスキアの笑えない冗談が緩ませた。そしてミスティアは深く息を吸い、やがて吐いた。
「スキア、貴方の望みを聞かせて欲しい」
「……前にも言ったが、あなたの望みが俺の望み。もし剣を手に取り戦えと言うのなら、喜んで受け入れる。言っておくがその心に嘘偽りはない」
「――わかりました」
ミスティアは選ばなければならなかった。この場でスキアが彼女に選択肢をゆだねたのは、ミスティアを『主』として立たせるためである。厳しい場面ではあった。しかしミスティアは、『あなたの選ぶ道ならどれも間違っていない』と、背に手を当てられた気がした。
その手に押されて、声が出る。
「陛下、ご無礼を失礼いたしました。しかしお約束していただきたいのです。もう彼は私の精霊。どうか、どうか。もう二度と、人間の都合で彼に無理強いをしないでくださいませ。この願いを聞いてくださるのなら、私は提案を受け入れましょう」
しばらくの後、言葉をしっかりと受け止めたオーラントが口を開いた。
「……ああ、約束しよう」
救国の英雄として国に迎えられる――それは想像もつかない未来だ。しかしミスティアは覚悟を決めた。スキアの傍に居るなら、なんにだってなってみせる。
「ありがたき幸せ――」
ミスティアは再び、優雅にお辞儀を披露した。
大窓から射し入る強い陽の光が、ミスティアの髪を煌めかせる。彼女の白い肌に陽が当たれば、まるで空気と溶け合ってしまいそうな神秘さがあった。
誰もがミスティアに魅入り、息を呑む。
そして、王都アステリアに救国の英雄が誕生したことを祝福したのだった。
*
ガタリ、と音を立ててバルコニーの窓が開かれる。
強い風がざあと吹き、ミスティアの前髪をさらった。しばらく無人であったレッドフィールド家邸宅は少し埃っぽい。それが屋根裏部屋であれば尚更だ。あの一連の騒動の後、学園は長期休暇に入った。そのためミスティア達は一旦借りていた部屋を出て、このレッドフィールド領へと戻って来たのである。
ミスティアは春の強風を受けながら、肩に圧し掛かっていた重りが取れた心地を享受していた。現在、ミスティアはレッドフィールド家当主という立場だ。しかし学生の身という事もあり、なんと公爵家がミスティアを養女として迎え入れることとなった。そのため公爵家がレッドフィールド領の大まかな管理をし、重要事項のみミスティアが確認する手筈となっている。
それらはすべて、国王のはからいであった。
ミスティアは春の陽気につられてバルコニーへ歩み入る。――思えばここからすべてが始まった。
(あの時は、雲の多い夜だったけれど)
今は彼女の晴れた心を映すように、目に眩しい青空が広がっている。少しだけ目を細めると、ふいに背後で声がした。
「――『早まらないで』」
その甘い声に、ミスティアの胸が早鐘を打つ。ミスティアはくすりと鼻を鳴らして振り返った。そこには、風になびくカーテンごしに手を差し伸べている美しい精霊の姿。
「『何か勘違いしておられるようですが、ここから飛び降りたりなんかしませんわ』」
それは初めてふたりが出会った夜の再現。カチャリと鎧の音がして、スキアがミスティアへ歩み寄った。2人はしばらくの間じっとお互いを見つめ合う。そして、おもむろにスキアがミスティアへ跪いた。
(そういえばこの後に私、とんでもないことを言ってしまったんだった……!)
いつかの突飛な発言が思い出されて、ミスティアは恥ずかしさに頬を染める。
「あの、スキア!」
慌てたミスティアがスキアを止める前に、彼が口を開いた。
「『あなたの事を一生大事にして、愛することを誓う』」
「…………!」
ミスティアは目を瞬かせた。まるで春のいたずらな精霊が首筋をくすぐったように、むずがゆい。彼の煌めくプラチナブロンドが、目の覚める青の瞳が、どこまでも美しくて――いっそ切ないほどに。
愛おしかった。
スキアが手を差し伸べて、ミスティアは静かにその手を取る。
「ちなみに、これはプロポーズだ」
スキアの口の端がニッと上がった。とことんからかわれているのに、ミスティアは彼を憎めない。ミスティアはあふれ出る嬉しさに思わず笑顔がこぼれた。その笑顔は花が咲いたように美しく、はっとするような清らかさで。スキアはミスティアが尊くて愛おしくてたまらなくなる。
「……嬉しいです。私も、スキアを愛しています」
ミスティアがそう答えると、スキアは立ち上がりきつく彼女を抱きしめた。ミスティアは少しばかりの窮屈さと幸せを噛み締めながら彼の背に手を回す。
ざあ――。
また、風が強く吹いた。
まるで思いあう二人を風で包み、優しく抱き締めるように――。
こちらで第一部完になります。第二部はまだ投稿が先になると思いますので、気長にお待ちいただければ幸いです。
新たな精霊の登場、その精霊がミスティアに好意を抱いたり……?というような恋のライバルが現れたりします!
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いつも誤字脱字報告して下さった方、とても感謝しております。ありがとうございます!
そして、なんと書籍化が決定しました!読んでくださった皆様のおかげです。
この物語を読んでいただき、本当にありがとうございました!





