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28 真実

 すると突然、スキアの甘やかな視線がミスティアから逸らされた。


「なにやら廊下が騒がしいな」


 そう言うが、ミスティアの耳には何も聞こえない。だがしばらくした後、ミスティアにもその雑踏の音が聞こえだした。どうやら大勢の生徒たちがどこかへ向かっているようだ。


「何かあったのでしょうか?」


「……そのようだ」


 スキアは嫌な予感に眉をひそめた。まさかとは思うが、もう正体が露見してしまったのだろうか――。もしそうであれば、自分はこの愛しい人の手をためらいなく解くことができるのだろうか。


(わからない。ミスティアにあの地獄を見て欲しくないのに、傍に居て欲しいと望んでしまう自分が居る)


 ミスティアが席から立ち上がると、図書館の扉から慌てた様子のアイリーンが飛び込んできた。その切羽詰まった表情にますますスキアは顔を曇らせる。アイリーンはミスティア達を見つけると、一目散に主人のもとへ駆けた。


「ミスティア様! 大変です――」


 この先を聞きたくない、とスキアが顔をゆがめる。


「貴方様の叔父上と妹君が、学園の大広間で罪を告白すると喚きちらしているようです……!」


「へ……!? 罪の告白!? まさか私が精霊を虐待してるとか?」


「いいえ、ミスティア様。どうやら違うようです」


 それでは一体誰の、何の罪を告白すると言うのだろうか。不安げなミスティアとスキアへ、彼女が口にしたのは予想外の言葉だった。


自ら(・・)が犯したという罪を、告白するようなのです」


「――!?」


 ミスティアは息を呑み、スキアはホッと小さく胸を撫で下ろした。

 しかしミスティアは腑に落ちない。彼女の記憶の中の彼らは、自分のやったことを後悔するような者たちではないからだ。もしかしたら、ミスティアを陥れようと何かを企んでいるのではないか。とにかく、彼らの本心を自分で確かめたほうがいいだろう。


「私たちも大広間へ向かいましょう」


「……わかった」


 スキアは乗り気ではない様子だが、渋々といった表情で了承する。このままミスティアを攫って逃げようかと本気で迷っていたのだ。だがそれを実行すれば、彼女は永遠に日陰を歩むことになってしまう。


 決断しなければならなかった。


 もしこの先ミスティアの身に危険が迫るようなことが有れば、彼女から離れなければならないと。






「私はレッドフィールド家当主っ! ミハエル・レッドフィールド男爵である! 今より自らが犯した罪をこの場において打ち明けたいっ!」


 ひどく自暴自棄で、耳をつんざく大きな声。

 学園の大広間の中心で、ミハエルが膝をつき髪を振り乱している。やけくそと言った様子で、先ほどの言葉を壊れた機械仕掛けのおもちゃのように繰り返し叫んでいた。


 それを大勢の生徒たちが取り囲み、何ごとかとざわめいている。


 ミハエルの後ろにはアリーシャとその精霊達が控えていた。その誰もが顔を歪めてミハエルから視線を逸らしている。――ただ、シシャ以外は。じっと冷たい目で彼を見つめていたシシャが、ふいに口を開く。


「もう十分集まったようだな。さあ、ミハエル卿。皆の前で貴方が犯した罪を告白してくれ」


「……っ!」


「お父様……!」


 アリーシャは断罪されようとしている父へ恐れと嘆きに満ちた視線を送った。その姿は周囲の哀れを誘うが、シシャだけは彼女の本心を見透かしていた。


(本当は安心しているんだろう、アリーシャ。断頭台に立つのが自分ではなくて良かったと)

 

 ミハエルは膝の上の拳をぎゅっときつく握りしめた。誰もが好奇の目で彼を見つめ、いまかいまかと彼の告白を待ちわびる。しん、と辺りが静まり返った。


「私は……私は……姪であるミスティア・レッドフィールド嬢の父母を陥れ命を奪った……っ。すべては、当主の座を奪うために……っ」


 その言葉に、強いざわめきが上がる。

 喧騒の中でミスティアは静かに目を見開いた。――父母は、事故で亡くなったわけではなかった?


「……という事だ。だが他にも罪の告白をしなければならない者がいる」


 すると俯いていたミハエルが勢いよく顔を上げた。シシャを睨みつけ、信じられないという表情で怒りに顔を真っ赤に染め上げている。


「き、き、貴様……っ! 約束が違うではないか! アリーシャを助けると約束したはず――」


 アリーシャ。

 名前を呼ばれた彼女がびくりと肩を揺らした。しまった、とミハエルが顔を青ざめさせる。


 シシャは嬉しくてたまらなくなった。思わず口の端が上がり、必死に抑えようとするがなお笑いが止まらない。愚か者よ、詰めが甘いのだと。


「さあ、いざ皆様に知っていただこうじゃないか。可憐な才女アリーシャの本性を――」


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