15 決闘
学園の舞踏会は、ミスティアが今まで経験したことのない華やかさであった。
王都で流行のドレスが目に眩い。レッドフィールド領ではないがしろにされていた彼女だが、王都で彼女を変わり者だと囁く人は少ない様子だ。冷たい目線が少ないことに、ミスティアはホッとした。
最初の曲が終わり、ミスティアはスキアの手を離す。
周りの令嬢がギラギラした目で彼を見た。誰もが、運命の王子様に選ばれる姫になりたくて必死なのだ。
(綺麗な方ばかり……。もし、スキアがこの中の誰かを主にしたいと思ったとしたら)
ズキリと心が痛む。スキアとミスティアが向かい合って一礼すると、あっという間にスキアは令嬢に囲まれてしまった。彼も、ミスティアを輪の中に入れてもらおうとそれに応える。それをミスティアは無表情で見つめた。
「ミスティア嬢。どうか私と踊って頂けませんか?」
俯いた顔を上げれば、鳶色の髪の優しそうな令息。ミスティアは慣れない微笑を浮かべてその手を取った。次の曲が始まる。ぐっと彼との距離が縮まって、男性に慣れていないミスティアは緊張で身を硬くさせた。
「いやあ……何といいますか」
「はい?」
踊っている途中、彼が突然口を開いた。
「貴女はとてもお綺麗だ。実のところ、お近づきになりたくてお声がけしたのですが。ジリジリと見つめられては……。視線だけで殺されそうですよ。気づかれましたか?」
「一体何のことでしょうか」
「マイ・レデイ。貴女の精霊殿ですよ。よほど慕われているのですね」
ふふ、と優雅に笑われる。周りを見渡すと、近い距離にスキアが踊っているのが見えた。一瞬目が合うがすぐに人の波に遮られる。
「まさか、気のせいですよ」
そんな話をしながら、曲が終わる。そして次の相手へ――。人々の熱気と煌びやかな世界に酔いながら、ミスティアは先ほどの言葉ばかりをぐるぐると反芻した。体はここにあるのに、心はどこかシャンデリアの辺りに飛んで、彼を探し続けていた。
カンカンカン、とスプーンでグラスを叩く音。ざわめきが魔法をかけたように静まり返った。
「皆さん! 舞踏会は楽しんでいただけているかしら? 今日のメインイベントはご存知よね。レッドフィールド家の才女たちが特待生をかけて決闘! とおーっても楽しそうでしょう。さあ! 舞台を整えるわよ!」
不思議と良く通る声。メアリー・シンプソン学園長その人である。彼女が手に持つ杖を振ると、ホールの中心からカーテンを吊るすように、円形のドームが現れた。そしてまた一振り。次はドームに白くふわふわとしたものが降り始める。
――雪だ。
「まあ、まるでスノードームね。美しいわ」
雅な決闘場にどこからともなく声がした。ミスティアは、学長室に置かれていたスノードームを思い出す。少女二人が雪玉を投げ合っていた光景だ。
だがこれからすることは、そんな生易しいお遊びではない。
かつてはそんな時もあった。だが、アリーシャと雪合戦していた無邪気な少女はもういない。
「決闘者は中へ」
ミスティアはごくりと喉を鳴らした。いつの間にかスキアが隣に居て少し胸を撫で下ろす。真正面には、自信に満ちた笑顔を浮かべるアリーシャと精霊達。
ミスティアを、ことごとく裏切った者達。
ミスティアは息を吸い、ゆっくりと吐いた。――決闘が始まる。
「勿論だけど相手を殺しちゃだめよ。膝をつけば負け。戦えなくなっても負け。……始め!」
物騒な発言である。メアリーが手を叩けば、シャイターンがミスティア達の前に躍り出た。相手は3体だが、騎士道精神なのか、1対1で挑むらしい。アリーシャが余裕の笑みでシャイターンに声をかける。
「シャイターン様。くれぐれもやりすぎないようになさってください。お姉様、覚悟はよろしくて?」
「わかっている! 少し火傷するぐらいだ……ファイア!」
ファイアは初級魔法。ボールほどの大きさの火が、スキアへ向かって飛んでいく。だが彼は、微動だにせずその攻撃を眺めた。
(バカが。魔法が使えないことはわかってるんだ! これくらいで済んで感謝するといい)
シャイターンは棒立ちのスキアを鼻で嗤う。そして、自分の勝利を確信した。無防備な相手を不憫にさえ思う。だがその時。
「障壁」
スキアが呟いた。障壁とは、その名の通り攻撃を防ぐ光の中級魔法である。ファイアがスキアに着弾する寸前、彼の周りに透明な障壁が現れ魔法を防御した。煙が上がるが、火が焼いたのはスキアではなかった。
「なっ……! 無傷、だと?」
シャイターンは目を見開く。彼の目論見では、スキアが膝をついているはずだった。
「なぜ1体だけなんだ? まとめてかかってくるといい」
それは相手を馬鹿にするようなものではなく、純粋に疑問に思っている声色。まるで、強者が弱者を見下ろすような。シャイターンはスキアをギラリと睨みつけた。
「チッ、俺たちが抜けたから多少は魔法が使えるようになったのか。だが、これはどうだ!」
シャイターンは舌打ちし、次々にファイアを放つ。すぐ着弾するが、やはり透明な壁に阻まれてスキアを傷つけることはできない。思いもよらないことにシャイターンはうろたえて、後ずさった。このような魔法を見たことがなかったのだ。
「まあいいか。俺の望みは、ミスティアの確かな実力を披露することだから」
スキアがそこで初めて剣を抜く。アリーシャ一行は身構えた。――そんな、まさか。ミスティアのはずなのに、どうして。
「もう終わりなら、俺からゆくぞ」
2本指で剣身をなぞると、刃に炎が付与されていく。火の中級魔法である。スキアの瞳に炎が反射し、幽玄に揺らめいた。見物していた生徒たちがざわつく。1体の精霊が、光と炎の2種類の魔法を使ったためだ。それは通常ありえないことだった。
スキアが床を蹴り、敵へ間合いを詰めた。アーマーを纏っているというのに、一陣の風が吹くように彼は素早い。シャイターンはひゅっと喉を鳴らした。
(速……! こいつ、魔法だけじゃない)
ドッ、という鈍い音と衝撃がシャイターンを襲った。数メートル吹き飛ばされた彼は尻餅をつき床に倒れ込む。体中が痺れて、指一本動かすことができない。
「カ、ハッ……」
かろうじて息をして、近寄って来るすね当ての鎧をぼんやりと眺める。
(くそ、死んだかと思った。確かに斬られたと思ったが、この剣はなまくらか?)
地に臥せるシャイターンを見下ろしながら、スキアが剣を振る。すると付与されていた炎が消えた。シャイターンはそれを見て、ハッと目を見開く。
(こいつ!)
「良かった。斬りさばいてはいけないらしいからな」
(刃が届かないようわざと炎を付与したのかよ! 馬鹿にしやがって……!)
炎の精霊を炎で守りつつ、シャイターン以上の魔法で制したスキアに、周囲は大きな歓声を上げた。それと同時に、さらさらとシャイターンが消えていく。気を失い魔力供給が断たれたのだ。
「さて――」
何が起きたのか理解できないアリーシャは後ずさった。ぞっとするくらい美しい精霊が、彼女を見つめている。そこには一切の親愛や温かみが感じられない。むしろ、まるで虫けらを見るような視線。
「次は、まとめて来たらどうだ?」
読んでいただきありがとうございます。★やいいね、ブックマークなどいただけましたらモチベが上がり大変励みになります。





