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終.「じゃあ、行ってきます」

「ただいま」


 スヴェンが家に帰ると、「お帰り」と母の声が聞こえた。リビングに入ると、食卓にはすでに夕食が用意されていた。母とスヴェンの二人分だ。


 着替えてから食卓に着き、母と一緒に食事を始める。


「ここ最近遅いわね。忙しいの?」

「あぁ。依頼が増えたせいで俺も手伝ってんだよ。お陰で教える暇がない」

「あらそうなの。何で増えてるのかしらね」

「《黒犬》でごたごたがあったらしくてな。内部告発ってやつだ。そのせいで、コネで受注していた依頼もこっちに回ってきたんだ」

「団員達でこなせないの?」

「難易度が高い依頼も入ってたんだ。それが俺に当てられてんだ。高難度だから教え子を連れていく余裕すらねぇから、そっちは別の依頼を受けて教育しないといけねぇ」

「団員の仕事と指南役の仕事、両方やってるのね」

「そういうこと。だから他の奴の倍忙しいんだ」

「そう。頼られてるのね」

「……まぁな」


 会話をしつつ食事をし、終わるとスヴェンは自室に戻った。冒険道具以外はベッドと机しかない質素な部屋だった。スヴェンはベッドに転がり、軽く目を閉じた。


 一ヶ月前の祭りは、無事に終わった。表面上は何の問題も無かったかのように進み、オーディション後のライブも大盛況なものとなった。祭り後にアンケートを取っていて、その評価は非常に高い結果となり、大成功に終わった。

 だがそのことに喜ぶ間もなく、スヴェンの日常は忙しいものとなった。


 祭りを終えた後、セルが《黒犬》の内情を告発した。その中には違法とみられる所業があり、それを切っ掛けに《黒犬》の拠点に調査が入った。その結果、大物達の悪行・スキャンダルが発覚し、世間を大いに賑わせることとなった。


 彼らからの信用を失った《黒犬》は、急速に力を弱めた。いきがっていた団員達はいきがる余裕すらないほどに大人しくなり、退団する者も増えた。そのせいで、ただでさえ少なかった依頼をこなせなくなり、そのお鉢として《新たな日の出》に依頼が回ってきた。ケヴィンはそれを機に新たな人脈を開拓し、より冒険団の力を強めることとなった。やはり前より強かになっているとスヴェンは感じた。


 告発したセルは、自身が違法行為に関わっていたことと祭りで起こした所業により逮捕された。《黒犬》を裏切ってしまったため、もし牢屋から出られても、奴らの報復を受ける可能性がある。それをセルは分かっているはずだが、奴は呑気だった。


「その前にそっちに入団するから、そんときは守ってくれよ」


 図太すぎる発言に目眩がしたが、告発してくれた礼としてケヴィンが了承した。「そうならない手筈は整えておく」と付け加えてもいた。その時のケヴィンの声は、裏が含んでいるような気がした。


 そしてセルと一緒にオーディションを見ていたターニャは、以前よりもやる気を見せていた。未だに怪しい喋り方をするが、何度か他の冒険者と組ませたときには積極的に話しかけに行ったり、指導中以外でも誰かとパーティを組んで依頼に行くことが多くなっていた。まだまだ至らない点はあるが、あの調子ならいずれスヴェンが期待した通りの冒険者になりそうだった。


 情勢の変化、依頼の増加、弟子の育成、やることが山積みだった。歳をとって一日が短くなったかと思ったが、さらに短く感じる日々が続いた。休む間もなく仕事の波が押し寄せてきて、スヴェンは調子を崩しかけていた。


 その一端が、最初の弟子のレアにあった。


「あいつ、次はいつ来るんだ……」


 スヴェンは鞄から手帳を取る。びっしりと埋まっているスケジュールを眺めるが、その中にレアに関する予定はない。二度見返しても、「レア」の文字は見つからなかった。

 手帳を放り出して、スヴェンは再び目を瞑った。


 オーディションの結果、レアは合格となった。最後までパフォーマンスを演じ切り、観客達を熱狂させたのだ。そうじゃなきゃおかしい。

 合格したレアは、翌日からアイドルになるための手続きとトレーニングに励んだ。その日々は多忙ならしく、《日の出》の拠点に来る暇のないくらいである。


 一度だけ見かけたのが、街で散歩しているときだった。その時のレアは生き生きとしていて、マネージャーらしき人物と話をしていた。お互いに気付いて会話をしたが予定があったらしく、一分もせずに別れることとなった。別れ際に「また行くからねー」と言っていたが、あの調子じゃすぐには来れそうにない。

 あのうざったい声が聞けない。そのことが寂しいと思いつつ、これで良かったんだと思いなおした。


 レアは夢をかなえた。今はそのために頑張っている最中だ。夢を終えたスヴェンと違って、あの子は夢を現実に変えた。邪魔をしてはいけない。


 夢を目指して失敗した先輩としてできることは、レアの成功を祈るだけだった。





「おきろぉおおおおおおおおおおお!」


 騒音の様な声で目が覚めた。スヴェンは驚きつつ体を起こした。

 窓からは朝陽が入り込んでいる。あの後眠ってしまったらしい。


「こらぁあ! いつまで寝てんすか、ししょー!」


 うざったい声が聞こえる。目を向けると、ベッドの横にレアがいた。なんでいるんだ?


「……お前、なんでここに?」

「決まってるっしょ。冒険だよ、冒険」


 レアは無邪気な笑みを浮かべた。


「冒険者なんだからさ、冒険すんの当たり前じゃん。寝ぼけてんの?」

「そうじゃなくて……お前、アイドルはどした? もしかして……」


 嫌な予感がしつつ尋ねる。だがレアの答えはスヴェンの想像を裏切った。


「やってるよ。何言ってんの?」

「いや、それならここにきてる場合じゃないだろ。トレーニングとか……」

「うん。無理矢理スケジュール空けてきた。予定をめっちゃ前倒しして、一日だけ休暇取っちゃった」


 あまりの行動力に驚きを通り越して呆れた。そこまでして冒険したかったのか。


「だったら休めよ。休養も仕事の内だぞ」

「じゃあ問題ないね。レジャーも休養みたいなもんじゃん。たまの休みくらい遊ばないと」

「遊びねぇ……」


 そういえば、レアはファッション冒険者と呼ばれる人種だった。冒険は仕事ではなくレジャーと言い張る奴だ。

 なるほど。これはまだまだ教育が足り無いようだ。


「分かったよ」


 スヴェンはベッドから起きた。


「先に《日の出》に行ってろ。準備してから行くから」

「はーい。早く来なよ」

「おう」


 レアが部屋から出てった後、スヴェンは身支度をし、食卓に置いてあったパンを取った。


 玄関を出る前、スヴェンは家の中に振り返った。


「じゃあ、行ってきます」


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