16.「なんだよ英雄って……」
「なんだよ英雄って……」
レアへの手伝いを終えたその日の夜、スヴェンは二人の友人と一緒に居酒屋に行った。友人の一人は兵士のベッケル、もう一人は出版社の会社員であるブルーノだ。二人ともファラスで働いており、すでに結婚していて子供もいる一家の大黒柱だ。
そんな二人を相手に、スヴェンは酒の席で愚痴をこぼしていた。
「俺はそんなものになる気なんてまったくねぇ……もう、ただ普通に暮らせればいいんだよ」
「酔うの早いな……食いもんでも頼むか」
「勝手に頼んでくれ」
「じゃあ俺は焼き鳥たーのも。塩で良い?」
「タレもだ。あと刺身の盛り合わせも」
「ん……店員さーん。注文いいー?」
ブルーノが注文を伝え終えると、「それで?」と話を促す。
「ちょっと話の展開が見えないんだけど」
「あぁ。ちょっと前の事でな」
ベッケルがブルーノに事のあらすじを話す。聞き終えたブルーノは、「くくくっ」と笑いだす。
「スヴェンが英雄? あの人達と同じ? こりゃ笑える話だ!」
終いには大声で笑う始末だった。
「笑えねぇよ。なんだよ英雄って。意味分かんねぇ」
「まぁそうだよね。いきなり言われても分かんないか」
「だがあの状況は仕方がない。彼らはスヴェンが、ケヴィンさん達と同じ英雄に思えたんだろ。同じ冒険者だし、展開も似てたからな」
「……何呑気なこと言ってんだ。元はお前のせいだぞ」
「あの提案に賛同した時点でお前の責任でもある。一方的に責めるのはやめて欲しいものだ」
「他人事みたいに言いやがって……」
「もう他人事だからなぁ」
スヴェンは嫌気が差して溜め息を吐いた。
あの後、若者達は各々に感謝の言葉を述べてきた。
「ありがとうございます。助かりました」「さすが《新たな日の出》の指南役だ!」「レイジングで大活躍していたっていうのは本当なんですね!」
彼らの様子から、レアの言葉が大袈裟でなかったことを知れた。彼らは《黒犬》の連中に、大層困らされていたようだ。
「そうだよ。ししょーはめっちゃ強いんだよ。こわーい魔物を五十匹相手にしても、らくーに勝てちゃうんだから」
なぜかレアが調子に乗って誇張する。
「レア。勝手な事を言うな」
「マジじゃん。前にそんくらいの魔物倒してたじゃん」
「そんなにいなかっただろ!」
「レアちゃんてきには、そんくらい居たように見えたんだもーん」
「おー! すげぇ!」
若者達がレアの言葉を信じて興奮する。スヴェンは当時の様子を説明したが、彼らの目の輝きは収まらず、一層光っていた。どうやら謙遜しているのだと思われたらしい。
そのせいでスヴェンは、若者達から「凄く強くて頼りがいのある大人の冒険者」ということになり、彼らからヒーローのような扱いを受けてしまった。
実際は、《逃げ腰のスヴェン》と呼ばれる凡庸な冒険者だというのに。
「まあ一時的な熱狂で舞い上がってるだけだよ。時間が経てば落ち着くって。普段の姿を見たら、スヴェンがケヴィンさん達のような英雄とは到底思えなくなるからさ」
「……嬉しくねえ慰めだよ」
「うわ、こいつめんどくせー」
「ってか、英雄って何だよ。ケヴィンさんがそれとどう関係してんだ?」
スヴェンの質問に、ブルーノが「知らないの?」と聞き返した。
「ファラスを立て直した立役者たちの事だよ。自分の町の事なのに……」
「仕方ねえだろ。こっちは成り上がるのに必死だったんだよ」
「そうだな。お前はよく頑張ってたよ。うん」
「慰めてくれるのはお前だけだよ。だからあいつらの誤解を解いてくれ」
「そうしたら俺のミスがばれるから嫌だ」
「この薄情者が」
「うっせぇ独り身が。俺には守るべき家族がいるんだよ。不始末で除隊なんて御免だ」
「まぁ落ち着きなって。でさ、そのケヴィンさん達の事だけどさ」
ブルーノが、この町で起こったことを話し始めた。
「昔、この町は栄えてなかったでしょ。議員の汚職が多く、行政はまともに働かない。店も流行ってなくて活気がない。《黒犬》の冒険者達をはじめとしたごろつき共が、町で幅を利かせてたから」
「それくらいは知ってたさ。だからここから出たんだよ」
《黒犬》の下では、冒険者になっても大して稼げず、強くもなれない。だからスヴェンは町を出た。先にレイジングに出たケヴィンに倣って。
「十年前にケヴィンさんが戻って来て冒険団を立ち上げたけど、最初は上手くいかなかった。団員も少なかったし、《黒犬》とその関係者から妨害を受けていたからね。そんなケヴィンの境遇を見て、町の皆は諦めていたんだよ。やっぱこの町はもう駄目だって」
「だが、そう思っていたのは住民だけだった」
料理が運ばれて来て、ベッケルが焼き鳥を一串手に取り齧り付く。口の横にタレを残しながら、ベッケルは話した。
「ケヴィンさんは冒険団の運営だけでなく、町を変えるための改革の準備をしていたんだ。それが分かったのは、市長が交代してからだ。当選した市長は、ケヴィンさんと協力して改革を実施したんだ」
「ちなみに、その当選のためにケヴィンさんが暗躍したって噂があるよ」
「……想像できないな」
そう言いつつも、スヴェンは胸のどこかに引っかかりが出来ていた。
スヴェンの知るケヴィンは、そういうことが出来そうな性格ではない。しかしケヴィンに再会してから、どうにも昔の姿とは異なる点があった。
やはりケヴィンは変わったのか。最近、よくそんなことを考えていた。
「市長は無駄な施設や団体を解散させ、浮いた予算を市民達へを還元した。必要な施設へのサービスを向上させるためにね。反対する議員がごろつきを市長や支持者にけしかけたけど、ケヴィンさんと団員達に阻止された。そのお蔭で、彼らは無事に改革を勧められたんだよ」
「その成果があって市長が二度目の選挙に当選すると、今度はある企業をファラスに誘致した。それがライフ商事だ」
「……町の活性化のためか」
「その通り。ライフ商事と市長、ケヴィンさん達は協力して、この町の活性化に努めた。働く場所やお金を落とす場所を提供し、問題事が起きたら迅速に解決した。更には様々なイベントを開催して人を呼び込んだ。これにより町は潤い、人々の生活は豊かになった。駅前が変わったのが良い例だよ」
「あぁ。新しい店が多かったな」
「町の玄関から変えようっていう指針だったらしいよ。イベントとかも多くしてたから、訪れる人達の心証を良くするために必要だったんだって」
「そんなこんなでいろいろと改革を進めていった結果、今では活気あふれる元気な町になって、ケヴィンさんと市長、そしてライフ商事の社長さんはこの町の英雄って呼ばれるようになったのさ」
「なるほどな……そんな人達と比べたら、たしかに俺は力不足も良いとこだ」
町を復活させた彼らと、ただのチンピラを追い返したスヴェンとでは差があり過ぎる。同じ英雄を名乗るにはおこがましいほどだ。だがそれほど差があれば、ブルーノの言う通り、いずれはほとぼりが収まるだろうと安心した。
そんな風に安心していたのに、ベッケルが水を差した。
「けど、まだ活躍の機会があるかもしれないぞ」
「どういうことだ?」
「最近、《黒犬》の奴らが何か企んでいるらしいんだよ。いろんなとこで纏まって動いているのを見かけている。ありゃ何かする気だぜ」
「いろいろと痛い目見たのに、懲りてないんだね」
どうやら今日に至るまで、《黒犬》含めた旧勢力は痛い目に遭ったらしい。それでもまだ反抗心があるようだ。
そのやる気を健全なことに使えばいいのに。
「上司も気にかけてんだが、情報が足りない。だからいつも以上に巡回に集中するしか対策が無いんだよなー」
「ま、頑張ってよ衛兵さん。活躍したら記事にしてあげるから」
「そんときはカッコいい写真をとってくれよ」
「その顔をカッコ良くするのは無理かな」
ワイワイと騒ぎながら、二人は食事を楽しんでいる。そんななか、スヴェンは二人ほど楽しめなかった。
《黒犬》は腐っても、旧勢力の主力だった冒険団だ。油断できる相手ではない。
不安が的中しないことを、スヴェンは祈っていた。




