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サーの奇妙な体験 45


時が経つにつれ、3人は少しずつ自然に自分の気持ちを伝えられるようになってきました。

互いの心を開き合う中で、3人は本当の思いを受け止めることができるのでしょうか?

それぞれの気持ちが交わる先に待っているものとは……


サー、恵美、そしてマーの三人の間に流れていた微妙な緊張が、少しずつ和らぎ始めていた。


初めて交わした言葉の裏に隠された戸惑いも、ゆっくりと解けていくようだった。目線を合わせるたびに浮かぶ微笑みや、互いの言葉に丁寧に耳を傾ける様子が、三人の間に小さな安心感を育んでいた。


そんな中で、マーがふと視線を遠くのベンチへ向けた。その場所には、木陰が優しく差し込む中、テーブルが置かれた広めのベンチがあった。マーは少し顔を傾けて言った。


マー

「少し移動しようか。あそこのベンチ、座りやすそうだし、もう少しゆっくり話せそうな気がするんだけどどうかな?」


その提案に、サーと恵美は互いに視線を交わし、軽くうなずいた。まだぎこちなさは残っていたものの、どこかほっとしたような表情を見せていた。マーもその反応に柔らかな笑みを浮かべると、三人はゆっくりとそのベンチへ向かった。


座り心地の良い木のベンチに腰を下ろすと、穏やかな風が三人を包み込んだ。テーブルの上には、どこからか落ちてきた葉が一枚だけ舞い降りていた。サーがそれをそっと指先でつまむ仕草に、恵美が微笑み、マーが「それも春らしいね」と言葉を添える。


一見何でもない瞬間だったが、三人の間には、言葉にするには少しだけ勇気が必要な思いが、それぞれ胸の奥にあることが感じられた。マーは過去の記憶と向き合いながらも、どこか誠実な思いを見せ、恵美は懐かしさと少しの照れくささが入り混じった眼差しをマーに向けていた。そしてサーは二人を見つめながら、どう話を切り出すべきか思案している様子だった。


しかし、三人とも同じ気持ちでいた。それぞれが、今この場で少しでもお互いを知り、距離を縮めたいと願っている。その願いが、言葉に頼らずとも伝わるような静かな空気が、三人の間に流れていた。



三人がベンチに腰を下ろし、しばらく穏やかな沈黙が続いた。互いの顔を見たり視線を外したりしながらも、どこか安心感が漂っている。その中で、雅が静かに口を開いた。


マー

「こんな奇跡もあるんだね……」


その声は落ち着いてはいたが、この出会いが本当に不思議なきっかけから始まった事をしみじみ感じていた。雅は微笑みを浮かべながら続ける。


マー

「まさか新宿であんなことがあった後に、巡りめぐってこうして恵美に辿り着けるなんて……本当に不思議だよ。あの時は、こんな事になるなんて思いもしなかった……

サーちゃん達が絡まれてて、なんか黙ってられなかったんだよね。

その結果、あの一件で自分も歳をとったんだな〜なんて実感したんだけどでも、こうしてサーちゃんと出会えて、恵美とも再会できた。これは奇跡だとしか言いようがないよ…」


恵美はその言葉を聞いて一瞬視線を下げた。そして、照れくさそうに笑った


恵美

「雅、もう昔とは違うこと自覚しないとね(笑)

昔はヤンチャさんだったけど、今じゃね〜

怪我だけじゃ済まないかもしれないんだよ。」


恵美は急に真剣な表情になり小さな声で話始めた。


恵美

「……雅、奇跡ってそんな風に言われるとなんだか……嬉しいし恥ずかしいけれど。実はね……私も、あなたを遠くから見た時、すぐに雅だってわかったの。」


雅は少し驚いた表情で恵美を見つめる。恵美は一呼吸置いてから、思いを言葉にした。


「何十年ぶりなのに、不思議なことに、あの頃の雅の面影がそのままだった。だから、見た瞬間に胸がいっぱいになって……気づいたら涙が溢れていたの。雅…その意味ってわかる?…」


恵美の言葉には隠しきれない感情が込められていた。雅はその告白を静かに受け止めながらも、目を細めるように微笑む。


マー

「……恵美……そんな風に今でも思っていてくれたなんて。」


その声には、驚きと同時に温かな感謝の色が含まれていた。その瞬間、サーが思わず口を開いた。


サー

「お母さんを迎えに行った時、すごく感動してたのがわかりました。涙が止まらなかったみたいで……本当に、何か運命的なものを感じたんですよ。私も…」


サーの言葉に雅は柔らかく微笑みを浮かべ、恵美を見つめる。


マー

「そうだね、昔、あれだけ恵美を探しつづけたし、どれだけ手を尽くしても、結局見つけることができなかったのに……

運命というのかもしれない。こうして再び出会えたのは、きっと何かあるんだと思う。それは生まれた時から決まっていた宿命なのか定めなのか…大袈裟だね(笑)」


恵美は軽く息をついて、静かに続けた。


「……運命なのかはわからないけれど、私は雅のことをずっと忘れていなかったよ。だから、こうしてまた会えて本当に、本当に嬉しいよ、雅」


その告白に雅はすごく嬉しそうな顔になった。

恵美の言葉は静かでありながらも、確かな思いが込められていた。彼らの間には温かな空気が流れ、ようやく互いの気持ちが通じ合い始めたのだと感じられる瞬間だった。





雅は少し考え込むような表情を浮かべた後、恵美に目を向けた。声を落ち着けながら、ややためらいがちに問いかける。



マー

「恵美、立ち入った話になるけど旦那さんは……結婚してすぐ亡くなったの?」


その言葉に、恵美は小さく首を振った。


恵美

「いいえ……結婚はしていないの。」


その静かな告白に雅は軽く息を飲む。そして、次の言葉を待つように彼女をじっと雅は見つめた。

恵美は短く息を吸い込み、少しずつ過去の話を語り始めた。



恵美

「雅、あの頃のこと……ちゃんと話したことがなかったわね。あなたにはきっと、どうして私が急に別れを切り出したのかわからないままだったと思う。」


雅は恵美の言葉を真剣に聞きながら、わずかに眉を寄せた。


マー

「正直、あの時は突然すぎて、何が起きたのか理解できなかった。でも、きっと自分が結婚相手としては頼りなかったんだろうと思うようにしてた。」


恵美は微笑みを浮かべたが、その笑みには少しだけ苦さが混じっていた。


恵美

「ちがうよ……。あの頃、雅は夢に向かって仕事、全力で頑張ってた……

雅はすごく頼りになってたよ。今思い出しても雅は私の支えだった…

だから、私がその足を引っ張るわけにはいかないと思ったの。」


雅が少し驚いた表情を見せる。


マー

「……夢を壊す?どうしてそんな風に思ったんだい?君は、僕のそばにいてくれるだけで、十分な支えだったのに。」


恵美は一瞬、言葉を詰まらせた。そして、静かに続けた。


「あの時お腹に赤ちゃんがいることがわかったのは、あなたに海外の仕事話が舞い込んできた頃だったの。私の中で何日も、何週間も悩んで……でも結局、あなたには伝えられなかった。」


雅はその言葉を聞き、一瞬時が止まったかのように固まった。そして、瞳を大きく見開いたまま、震える声で問いかけた。


「赤ちゃん……?それって、僕たちの……?」


その驚きと混乱の中、雅の目が自然とサーへと向けられる。彼の目は、これまで見ていた「サー」という存在が、突然全く別の意味を持つものになったかのようだった。


マー

「……まさか、何で言ってくらなかったんだ?

自分の夢は恵美とずうっと一緒にいる事だったんだ。だから辛くてきつくても、恵美がいたから仕事も頑張れていたんだよ…」


恵美

「そうだよね…

今思うと、本当になんであんな決断したんだろうと…ずうっと雅の事思うたびに泣いてた。

私の勝手で、雅を困らせたよね。

今でもずうっと後悔してる。

その都度、自分に自分で決めたんだからって言い聞かせてた。

でも、今まで雅が消えた事なかった…」


マー

「そしてもしかしたらサーちゃんが?」


恵美は静かに頷いた。


恵美

「そうよ、雅。サーはあなたの娘なの。」


雅は深く息を吸い込み、もう一度サーを見つめた。


「僕の……娘?サーちゃんが……?」


雅の驚きと感情が混じり合った表情を見て、サーは思わず言葉を挟んだ。


「マーさん、驚くのも無理ないですよね。私も知ってまだ1週間もたってないんです。

その話を聞いた時は私頭の中が真っ白になっちゃいました。

その時、母と語り合ったんです。さっきも言ったけど2人で泣きながら………

でも、やっとこうして話せて、私は……今、ほっとしています。2人の出だし、この話が出来るか不安でしたもん…

だから最初に言ったでしょ、いろんな事があったって。」


雅はその言葉を聞き、目を潤ませながらも、すぐにサーへ優しい笑みを向けた。


マー

「サーちゃん……そうか……君が僕の娘なんだね。本当に信じられない……

今まで寂しい思いをさせて済まなかったね…

でも、本当に再会できて全てを知れて…なんて言って良いか、今は言葉が出てこない……でも、恵美、話してくれてありがとう。

サーちゃんとあの時出会えて本当に良かった。会えてなかったら真実は闇の中で、

恵美の気持ちわからないままで、真実を知らずに…きっと死ぬまで胸の中に片隅に後悔として残っていたと思う。

今は感謝しかないな〜

これが現実で全てに対して

ありがとう。本当に嬉しい…」


雅の声は震えていたが、その中には確かに温かさと感動が含まれていた。そして、彼の目には涙が溢れそうになり、それを堪えようと何度も瞬きをする。しかし、その努力もむなしく、涙は静かに頬を伝い落ちていった。


恵美もそれを見て、静かに微笑んだ。その微笑みには、長年秘めていた思いをようやく解き放つことができた事と同時に雅の素直な感情を目にして胸がいっぱいになりました。

その涙には2人に対しての優しさが溢れ出ている様でした。


サーは今の話を聞いて気がついた


雅の涙を見つめながら、サーの胸には複雑な感情が渦巻いていた。父親であることを知り、再び繋がりを感じる喜びと、その裏に潜む違和感が徐々に形を成していく。その違和感は、言葉にはできないほど微細で、しかし確信に近いものであった。


「マーさん……」

サーは心の中でそっと呟いた。

これほどまでに温かい笑顔で、目の前の現実を喜んでいるマーさんしかし、彼が自分の状況にまだ気づいていないことを、サーは確信した。マーさんの言葉には、人生を歩む者の当たり前の実感があった。現生と異世界をただ行ったり来たりしているだけと確信しているみたいに感じ取れた。


一方で、隣にいる恵美も雅の話を聞きながら、静かに雅を見つめていた。その視線には長年積もり積もった感情がにじみ出ており、それと同時にサーと同じ結論にたどり着いているのが伝わった。二人は言葉を交わさずとも、雅が自分の現状に気づいていないという事実を共有していた。


サーの心の中には、伝えるべきかどうかという葛藤が浮かんだ。父親である雅にこの事実を突きつけた時、彼がどのように反応するかを考えると、胸が締め付けられるようだった。再会したばかりの父が、目の前で心を震わせながら感謝を述べる姿を見て、サーはその優しさと愛情を感じ取った。

「今はまだ……言うべきじゃない。マーさんがこんなに嬉しそうにしているのに……」 サーは胸の中でそっと呟き、自分自身に言い聞かせた。


恵美もまた、雅の涙を見つめながら静かに思った。

「話さないほうがいい……少なくとも、今は。この瞬間を壊すことはできないわ……こんなふうに感情を素直に伝えてくれる雅が、こんなにも愛おしいもの。」


二人の気持ちは完全に一致していた。雅を傷つけたくないという想い。そして、彼が今この瞬間に感じている幸福を壊さないようにするため、真実を胸の中に留める決意が固まった。




サーはそっと目を閉じ、一度深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと目を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、喜びと感謝に満ちた雅の表情だった。その顔には、父親として娘と再会できた奇跡を心から喜ぶ気持ちが滲んでいて、サーの胸をじんわりと温めた。しかし同時に、その温かさの裏に潜む不安や疑念も、静かに心を揺らしていた。


今日この場所に来たのは、ただ再会の喜びを分かち合うだけではなく、自分の中でひとつの結論を出すためだった。サーはそう自覚していた。

「マーさんと、母と、3人で一緒に暮らすこと。たとえ、マーさんが今の世界に物理的にいない存在であっても、こうして目の前にいるという事実がある以上、その形をどうにか続けていく道を探したい。」


それは、奇跡のようなこの瞬間をただ一過性のものとして終わらせたくないという願いであり、両親と共に新しい未来を紡ぎたいという切なる思いだった。そしてその思いは、自分だけではなく、今この場を静かに見守っている髙橋さんもまた同じ気持ちであると確信していた。髙橋さんの存在が、これまでどれほど自分たちを導いてくれたか……

そのことを思うと、感謝の念が込み上げてきた。


「髙橋さんも、見守ってくれている……。きっと、私たちの力になりたいと思っているんだよね。」 サーは心の中でそう呟き、再び目の前の雅に意識を戻した。


しかし、どれだけ時間を引き延ばしても、この瞬間を無限に続けることはできない。現実は残酷で、いつかは真実と向き合わなければならない瞬間が訪れる。それでも、ここで足を止めてしまうわけにはいかないと、サーは自分自身を励ました。


「そろそろ切り出さないと……。」 サーは心の中で決意を固めた。


雅の瞳には、ただ純粋な喜びが宿っている。それを見つめながら、サーは深い愛情と同時に、少しの罪悪感を覚えた。このまま何も言わずにいれば、雅はきっとずっと幸せな夢の中にいられるかもしれない。それでも、自分たち3人の未来を現実のものとして築いていくためには、一歩を踏み出さなければならないのだ。


サーは静かに唇を引き締め、心の中で確信に迫る決心をするのだった。

「マーさん、私たちの未来のために……ここから始めましょう。」 その想いを胸に、サーは小さく息を吐いて、

一瞬言葉を探すように視線を落とし、意を決して雅に向き直った。そして、静かだがしっかりとした声で問いかけた。



サー

「マーさん、さっき言っていたことなんですが……別の世界から来ているって話。私たち3人で一緒に暮らすことは……難しいんでしょうか?」


その声には、真剣な願いとほんの少しの不安が入り混じっていた。サーの瞳は雅をじっと見つめ、逃げずに答えを求めていた。


雅はしばらく何かを考えるように目を伏せた後、再び顔を上げた。彼の表情は戸惑いと葛藤で揺れていたが、その中にはサーと恵美への深い愛情が確かに感じられた。



マー

「正直に言うと……僕もそうしたい。今すぐにでもね。でも……」


雅は少し言葉を詰まらせ、唇を噛んだ。


マー

「今の僕の状況がどんなものなのか、まだ全然わからなくて……ただ、願う気持ちは同じだよ。君たちと一緒にいたい。それだけは本当なんだ。」


その言葉を聞きながら、サーの胸には切なさと希望が入り混じった思いが広がった。彼の不安は痛いほど伝わってくる。それでも、サーは自分の心の中の思いを伝えずにはいられなかった。


サー

「私……母とマーさんと、これからの生活を一緒に過ごしたいです。3人で、家族として――それが私の願いなんです。」



そう言いながら、サーの声はかすかに震え、瞳には涙がにじんでいた。けれどその目には、決して揺るがない強い意志が宿っていた。


雅はその言葉を真剣に受け止め、しばらくサーの瞳を見つめてから、ふと視線を恵美へと向けた。


マー

「恵美はどう思う?」


恵美は微笑みながら静かに頷いた。その微笑みには、言葉にならないほどの愛情と覚悟が込められていた。


恵美

「今でも変わらないわ……。雅とサーがいてくれるだけで、私はもう何も望まない。」


そう告げる声は、穏やかで優しく、しかし深い感情が込められていた。そしてその声が途切れた瞬間、恵美の瞳から一筋の涙が溢れた。それを見たサーも堪えきれずに涙が頬を伝い始めた。


それでも、二人は雅の目を見つめ続けた。その瞳の中には、ただの悲しみからの涙ではなく、これから一緒に未来を築きたいという確かな決意と希望が光っていた。



雅は、目の前の二人の姿をじっと見つめた。その瞳には深い感情が宿り、言葉にしようと口を開きかけたが、喉が詰まり、どうしても声にすることができなかった。代わりに、じわりと瞳に涙が浮かび、やがてそれは静かに頬を伝い落ちていった。


その涙には、ただ感動や喜びだけでなく、雅自身の心の奥底にあった本当の願いが、二人にも同じように望んでいたことへの感謝と安堵が込められていた。それが溢れ出し、言葉よりも先に涙の形となって現れたのだ。


サーと恵美が紡いでくれた言葉、一緒にいたいという願い――それらが雅の胸の中で温かく響き渡り、彼の心をそっと包み込んでいた。その優しさに触れ、雅の涙は止まることなく流れ続けていた。




3人の間に流れる静かな時間――それはまるで、長い年月を越えてようやく訪れた家族の絆を確かめ合うような、特別なひとときだった。





高橋は静かに動き出した。遠くから目を凝らしながら、木々の陰に潜む怪しい影を見逃さなかった。サーたちが穏やかに話しているその先、何かが確実に近づいていた。


「嫌な予感がする……」

心の中でそう呟き、慎重に足を運ぶ。気配を悟られないよう、距離を詰めながら影の動きをじっと見つめる。サーと恵美、そして雅の三人はまだ気づいていない。笑顔を交わし、静かなひとときを楽しんでいる彼らの姿が、逆に高橋の緊張感をさらに高めた。


その時だった――影が急に動きを速め、サーたちの方へと近づき始めた。高橋は息を呑みながら影の軌道を追う。20メートル、15メートル、10メートルと距離が縮まる。その瞬間……


眩い閃光が、まるで雷が落ちたかのように辺りを覆った。


「何だ……っ!」

高橋は反射的に手で目を覆いながら、動揺を押し殺す。耳鳴りがしそうなほどの静寂が訪れる中、目をゆっくりと開けると、そこに立っていたのは……


男性だった。


光の中心に現れたその人物は、こちらに背を向けながらサーたちの方をじっと見据えている。高橋は緊張の糸をさらに引き絞りながら、その男の正体を探るべく、次の一手を考えていた。


「どうする……?」


脳裏で次々と考えが浮かぶ中、サーたちのほのぼのとした時間が、突然非日常へと引き込まれていく様子が目に映った。この先、何が起こるのか……


誰もまだ予想できない。




その男は徐々に3人に近づいてサーのすぐ後ろまで辿り着くと


雅がサーの後ろに立つ男性に気がつきます。


マー

「中里さん……?」


その声に反応して、その男はゆっくりと雅の方を見て、にこりと笑みを浮かべて、気さくな声で応えた。


「やあ、雅!偶然だね!たまたま吉祥寺に来てみたんだ

さっき話してるのを遠目で見かけてね、声をかけようと思ったんだよ」


その言葉に、雅は表情を和らげ、安心した様子で立ち上がる。そしてサーと恵美を見て中里を紹介した。


マー

「この人は中里さん。昔から僕のお店に来てくれてるお客さんなんだ。もう20年以上の付き合いになるかな。カットだけじゃなくて、たまに飲みに行ったり、ゴルフに行ったりしてたんだよ。同い年ってこともあって、話が合うんだ」


中里も微笑みながら頭を下げた。


中里

「初めまして。中里です。雅さんには本当に昔からお世話になっててね。こう見えて、僕も55歳なんだけど、まあお互い歳の話は忘れたいよな、雅?」


そう言うと雅が小さく笑い、サーと恵美も自然と微笑む。少し緊張していた空気も、いつの間にかほぐれていった。

続いて、サーと恵美をマーが中里に簡単に紹介した。



サー

「へぇ、中里さん、マーさんとそんなに長いお付き合いなんですね」


サーが興味深そうに話を振ると、中里は少し照れたように頷いた。


中里

「そうだね。雅が独立してお店を始めた時からかな?仕事帰りに寄るのが習慣みたいになって、そこから一緒に飲みに行くことも増えてさ。お互い、気を使わないでいられる仲なんですよ〜」


恵美も微笑みながら、


恵美

「そんな方がいらっしゃるなんて、雅は本当に人に恵まれていますね」


と声をかけると、中里は少し照れながら雅を見た。


中里

「いや、僕が恵まれてるんだよ。雅さんがカットだけじゃなくて、色んなことを話してくれるおかげで、人生の相談役みたいな感じになってるんだから」


和やかな雰囲気が広がり、サーたち3人の間に新たなつながりが生まれる予感がした。それまでの緊張感が嘘のように消え去り、自然と会話が弾んでいった。




高橋は、ベンチの近くで楽しげに会話を交わす4人の様子を遠くから見つめていた。最初は、突然現れたその男がサーたちに何をするつもりなのかを警戒していたが、どうやら危険な様子はなく、むしろ和やかな空気が漂っている。しかし、それが逆に高橋の胸に奇妙な違和感を生じさせた。


「どこかで…あの男を見たことがある……」


そう心の中で呟きながら、彼女は記憶の中を必死に掘り起こすように考えを巡らせた。その横顔、どこかで見た?それとも会った?

だが、どこで会ったのか、なぜその記憶がこんなにもあいまいなのかが、どうしても思い出せない。


目の前では、雅がその人物に親しげに話しかけている。サーと恵美もその会話に加わり、笑顔を浮かべている様子からすると、少なくとも彼女たちはその男が「ただの知り合い」として現れたと認識しているようだ。しかし、高橋にはどうしてもそうは思えなかった。

何かある…


「あの閃光から現れた……ただの人間じゃない……

それにマーさんとは明らかに違う空気感……」


高橋は確信していた。あの男性は陰の存在に違いない。サーや恵美はまだ気づいていないのだろう。それがかえって彼女の焦りを煽った。接触のタイミングを間違えれば、彼女自身の動きがあの男に察知される可能性がある。そして、あの男がサーたちにとってどのような影響を与える存在なのかも、まだ何も分かっていない。


「どうすればいい……」


高橋は手を強く握りしめた。冷たい汗が背中を伝う感覚があった。このまま様子を見るべきなのか、それとも今すぐ接触して事態を収拾すべきなのか。その判断を下すためには、まず自分があの男をどこで見たのか、なぜ記憶に引っかかっているのかを思い出す必要がある。


だが、焦れば焦るほど、記憶の断片は霧の中へと消えていくようだった。脳裏に浮かぶのは、どこか薄暗い場所――それがどこなのかも分からない。ただ、あの男と話をした記憶が微かに残っている。しかし、それがいつだったのか、何を話したのかまでは思い出せない。


高橋は深く息を吸い、もう一度目の前の光景に意識を戻した。サーと恵美の穏やかな表情が見える。彼女たちは、まだ何も疑っていない様子だ。この状況で自分が不用意に近づけば、かえって場を混乱させてしまうかもしれない。


「落ち着け……」


心の中でそう言い聞かせながら、高橋はそっと近くの木陰に身を隠す。そして、慎重に視線をあの男に向けた。彼女の中には確信があった。あの男がここに現れたのは偶然ではない。そして、自分がこの場にいることもまた、偶然ではないはずだと。あの男性と私は何か繋がりがあったはずだと……


高橋の心は、疑念と焦り、そして一抹の恐怖で揺れていた。しかし、その瞳の奥には確かな決意も宿っていた。高橋は必ず、この状況の中でも、計画通り全て良い方向になる様、あの男性の協力を得る事。3人がこれからの生活していける為に…そう強く誓いながら、接触のタイミングをはかっていた。



雅は、サーと恵美、そして中里の3人で交わされる会話の中にふと気づきを得た。中里が何かを隠しているような素振り……いや、もしかすると、何か重大な事実を知っているのではないかという直感が彼の胸を打ったのだ。そして、その疑問を解くためには、サーや恵美の前ではなく、二人きりで話をする必要があると考えた。


「中里さん、ちょっといいですか?」


雅は急に真剣な表情を見せると、中里に視線を向けた。中里は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに「何でしょう?」と応じた。


「いや、そんな堅苦しい話じゃないんですけどね。少し池のほうまで一緒に散歩しませんか?せっかくだから、男同士の内緒話ってやつです」


雅はそう言って笑い、少しふざけた仕草で肩をすくめてみせた。その軽い調子に、中里も思わず苦笑いを浮かべた。「内緒話、ですか?まあ、いいでしょう」と、軽く頷く。


マー

「じゃあ、サーちゃん、恵美、僕らちょっと行ってくるから。ここで待ってて。すぐ戻るから」


雅は振り返り、二人に向かって親しげな笑顔を見せた。その様子に、サーは少し首をかしげながら

「何かあったんですか?」と尋ねたが、雅は「いやいや、大したことじゃないよ。ただの男同士の話。サーちゃんたちはそのままここでゆっくりしてて」と、手を軽く振りながら言った。


恵美も特に疑うことなく「そうね、じゃあここで待ってるわ」と微笑んだ。その落ち着いた様子に雅は少しだけ安心し、軽く息を吐いた。


二人が去っていく様子を見送りながら、サーはふと「内緒話って、なんだろうね」と母に話しかけた。恵美は肩をすくめながら「男の人って時々そういうのが好きなのよ」と、どこか懐かしそうな目で答えた。


一方、雅と中里はゆっくりと池のほうへ向かいながら、歩調を合わせていた。雅の頭の中には、「今の自分の状況」――つまり、なぜ自分がここにいるのか、どうして中里がここに現れたのか、その答えをどうしても知りたいという思いが渦巻いていた。


雅は周囲を確認しながら、あえて気軽な口調で中里に問いかけた。「中里さん、さっきの話の続きだけどさ……なんて言うか、僕って今、普通じゃない状況なんだよね?」


中里はその問いかけに少しだけ足を止め、雅の顔をじっと見つめた。その瞳にはどこか含みのある色が宿っていたが、すぐにそれを隠すように笑みを浮かべた。


「さあ、どうでしょうね。普通かどうかっていうのは、人それぞれの価値観に左右されるものですから」


その曖昧な答えに、雅は軽く眉をひそめたが、すぐに笑って肩を叩いた。「いやいや、中里さん、そういう煙に巻くような言い方はなしにしましょうよ。僕も色々考えてるんです。自分がここにいる理由とか、あなたがここにいる理由とか。話してもらえませんか?」


その声には、ふざけた調子の中にもしっかりとした意志が感じられた。中里は再び立ち止まり、池を眺めながら静かに息を吐いた。


「分かりましたよ、雅さん。でも、この話を聞いてどう思うかは……あなた次第です」


その言葉を聞いた雅は、胸の奥で何かが大きく動いたのを感じながら、中里の口から語られる真実に耳を傾ける準備を始めていた。





サーのスマートフォンが突然振動し、画面に「高橋さん」の名前が表示された。雅が中里を連れて池の方へ歩いて行った直後のことで、不意の着信にサーは少し驚いた。


「高橋さん?」


電話に出ると、少し急いだ様子の高橋の声が耳に届いた。


「サーちゃん、今のタイミングで話しておきたいことがあるの。その男性、ただの人間じゃないと思うの、その人が陰の存在だからね」


その言葉にサーの心臓が大きく跳ねた。陰の存在。先ほどまでの穏やかだった空気が一気に緊張感を帯び、彼女の胸の中に不安が広がる。


「陰の存在……中里さんが?確かなんですね?…」


サーは声を落として問いかけた。高橋は少し間達のすぐ近くまで行ったら閃光が走ってその場所に男性が立っていたのよ。それが彼だったの」

高橋は慎重に続けた。


「彼がサーちゃんたちに接触している理由が何なのかまでは分からないけど、彼の言動には気をつけて。特に雅さんに、何か目的があって近づいている可能性が高い気がするのよ」


サーは知らず知らずのうちに手のひらに汗をかいているのを感じた。雅が中里を信頼している様子を思い出すと、その事実をどう受け止めるべきか分からなくなった。


「私達、どうすればいいんでしょうか?マーさんには、母と3人で一緒に暮らしたいって気持ちを伝えました。それに対して雅さんも、そうしたいって言ってくれたんです。でも、中里さんが陰の存在だなんて……」


高橋は少し静かになり、サーの不安な声を受け止めるように息を吐いた。


「分かるよ、サーちゃん。その気持ちも状況も。でも、今は落ち着いて。雅さんが何を考えていて、中里が何を企んでいるのかを見極める必要がある。私も少ししたらそちらに接触するつもりだから、それまで慎重に行動して。恵美さんにも伝えて、二人で冷静に状況を見守ってほしい」


「分かりました。ありがとうございます、高橋さん」


サーは深く息を吸い込み、震えそうになる声を抑えて答えた。高橋は

「よく聞いてね。サーちゃんもし万が一離れ離れになったら、すぐに連絡して」

と念を押してから電話を切った。


サーは電話を切ったあと、隣に座っている恵美の方を見た。母は少し心配そうな表情を浮かべながらサーを見返す。


「高橋さんからだったの?」


「……うん。さっきの中里さん、ただの人じゃないかもしれないって……高橋さんが言ってた。陰の存在だろうって…」


その言葉に、恵美も驚きの表情を見せた。しかしすぐに彼女は冷静さを取り戻し、サーの手を優しく握った。


「そう……じゃあ、私たちも慎重に動かないといけないわね。でも、落ち着いて。きっと高橋さんが何とかしてくれるわ」


母の手の温かさに少しだけ気持ちが落ち着いたサーだったが、胸の中には不安が完全には消えずに残った。


二人はそれ以上話すことはせず、目の前の池の方に目を向けた。雅と中里が何を話しているのか気になりながらも、その様子は木々に遮られて見えなかった。ただ、穏やかだった空気はいつしか緊張感に包まれ、サーと恵美はお互いに目を合わせ、無言のまま雅の帰りを待つしかなかった。




続く




読んで頂きありがとうございます。

作品どうでしたか?

初心者ですが、読者が少しでもいてくれる事がこんなに嬉しいとは思いませんでした。皆様のおかげで何とかここまで書くことが出来ました。本当にありがとうございます。あと、もう少しお付き合いよろしくお願い致します。


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