サーの奇妙な体験 30
本当の終盤に入りました。
サーはこれからどんな行動に出るのか?
サーがミユに声をかけると、ミユは少し緊張した様子でしたがサーとの会話がはじまりだすとすぐにいつものように柔らかい笑顔が浮かんできました。サーのことを心から尊敬しているミユは、サーのためなら何でもしてあげたいと思っているのです。
ミユ
「サー先輩、さっきの話、気になってますよね?…もし良かったら、場所を変えてゆっくり話しませんか?なんか、サー先輩の顔色が…ちょっと心配です。」
サー
「ミユ、ありがとう。確かに昨日のことがずっと頭にあって…落ち着いたところで話したいかな。」
ミユは少しホッとした表情でうなずきました。サーさんも私と同じ怖い体験したんだから、私が力にならないと…
あの時、本気でサーさん心配してくれたし…
ミユ
「じゃあ、駅の近くにある喫茶店に行きましょうか?あそこなら静かだし、サー先輩も少しリラックスできるかも…」
サー
「そうだね、そこにしようか…
ミユ…本当にありがとう…」
2人はそれからすぐ会社を出ると、駅に向かって歩き出しました。ミユはサーの隣で一歩後ろを歩きながら、サーさんの不安そうな横顔を見ていて心の中で「サー先輩をもっと支えたい」という思いがより一層強くなって行きました.
駅の近くにある落ち着いた雰囲気の喫茶店に入ると、ミユはサーが安心できるようにと、静かな窓際の席を選びました。
サーとミユは、店内の柔らかな照明と心地よい音楽が、二人の緊張を少しずつ解していきます。席に着くと、サーはメニューに目を通しながら、昨夜のことをどう切り出そうかと考えていました。
ミユが先に口を開きました。「サー先輩、大丈夫ですか?さっきから気になってたんですが顔色が少し悪いみたいで…。本当に何があったんですか?」
サーは一瞬、メニューを見つめたまま言葉を探しましたが、深呼吸して顔を上げました。「実は…昨日マーさんと吉祥寺に行ったんだよね。それで街をいろいろ散策してお酒も飲んで夜の10時ごろわかれたんた。駅からの帰り道、家の目の前の信号でね、雷に遭ったんだよ。それもすごく突然で…ほんとに怖かったんだよ。なんか今思うと、全てが止まっていた感じで、信号が赤から全く変わらなかった。青になるのを待っていると、雷が鳴って、私の携帯がまるで誰かに引っ張られるように手から飛んでいって、それからダンプカーに…」
ミユの目が驚きで大きくなりました。「えっ…それ、本当に同じです。ただ近くにわかながいたから、えぇって感じで済んだんですけど、今あの時のこと思い出すだけで何が何だかわからなくて…」
サーも驚いてミユの顔を見つめます。「ミユも?…そんなことが…。本当に怖かったでしょう?私も、雷が鳴ったとき、心臓が止まりそうなくらい怖くて…。」
ミユは静かに頷きました。「はい、本当に怖かったです。でも…サー先輩も同じ経験をしたなんて…なんだか不思議ですね。でも、私たちが無事で良かったですよね…」
サーは少し微笑みながら、「本当にそうだね…ミユも無事で良かった。でも、昨日のことを考えると、やっぱり何かおかしい気がするの。だから…ミユと話したくて。」
ミユは優しくサーの手を握り、「サー先輩、どんなことでも相談してください。私、サー先輩の力になりたいです。」
サーはその温かさに少しほっとしながら、「ありがとう、ミユ。本当にありがとう。昨日のこと、一緒に考えてくれると助かるよ。」と答えました。
二人は店員さんを呼んでコーヒーを2つ注文しました。
ミユ
一体何が起きたんでしょうね?私たち。
サー
わからない、ただ私、別の世界にいた感じがするんだよね
ミユ
どう言う事ですか?
サー
私、携帯が壊れた時雨が降って来て、びしょ濡れになって家に帰って、母に事情を説明したんだけど、雷は聞こえなかったらしくて、外を見たら、雨が降ったあと全くないんだよね、道路が全く濡れてなかったんだよね。
現にその時私はびっしょりなのにね…
それを現実に見た時、私変になっちゃったのかなって本気で思ったんだ。
母にも私、変って聞いたぐらい。
ミユ
そうなんですね。
私の時は雨は降ってなかったですが、でも今思うと、人が誰もいなかった様な気がする。
その時は、携帯しか見てませんが、その時全く人の気配を感じなかった事、今思い出して来ました.
サー
確かに、駅を出た時は人がいた様な気はするんだけど、雷が鳴り出した時、交差点には、誰もいなかった。
人が誰もいなくて、雷がものすごくてすごく怖かったの覚えてる。
助けて欲しいと思ったけど誰もいなかったった事で早く家に帰らないとって思ったの、
でも信号が全く変わらなくて、その時間がものすごく長くて怖かったんだよね。
ミユ
やっぱりその瞬間私達、違う空間に行ってしまったのかな〜
そう考えると辻褄合いますよね!
サー
でもなんで、私たちだけ?
別の空間なんてありえないよね〜ぇ…
ミユ
でも、なんでだろう〜?
なんか共通点ってありましたかね〜?
あの時会社の帰り道だし…
サー
私はマーさんと電車で別れて自宅に帰る途中だったし…
これと言って無いかな〜
あの時はマーさんとの事が楽しくて頭の中はそれ1つだったから…
雷が鳴る少し前に、確か携帯開いてマーさんとの写真を見ようとした時だったんだよね…
ミユ
そういえば、私もあの時、マーさんにLINEか写真か?どっちかを確認しようとして携帯を出した時だったかも…
サー
LINE教えたっけ?
ミユ
お食事会の前に、もしも会えなかった場合という事で教えてもらいました。
サー
そうだっけ?
いろいろありすぎて忘れてた
ミユ
それで、マーさんにLINEしてサーさんよろしくお願いしますとかなんか伝えようと思ったんですよ。
その時は、まだサーさんがマーさんと横浜ドライブ行ってる事知らなかったから…
サー
そうだったんだ〜ぁ。
ミユ、ありがとね
確か、あの御食事のあと、ミユからLINEが来てそのあとにマーさんからメールがあったんだよね。
なんか、そんなメールとかも全部消えてしまって…
思い出しただけで、涙が出て来ちゃう…
ミユ
って事は、マーさんに絡んだ事がきっかけなのかな〜?
サー
でもマーさん電車で帰っちゃったし、ミユの時も確かその時間は山下公園か、帰りの夜景を見ていて私たちにマーさん全然接触してないし…
ミユ
マーさんに聞いてみたらどうですか?
サー
でも約束してて、1週間連絡できないんだよね
来週会うまで我慢しないといけないんだよ〜マーさん忙しいらしいんだ。
でも、理由はわからないけど家庭の事なんじゃないかなぁと思うんだ。
それで気を遣ってくれて、そう言ったのかな〜と思って…
LINEも出来なくなっちゃったし
ミユ
マーさんて、そうゆうところまで気を使いそうですしね。
そういえば、私の携帯からマーさんのLINE消えてるんですよ
マーさんのだけ
あと、写真も、あの時のお食事会の写真が。バックアップ取れてたんで、復元できたんですけど、マーさんだけ無かったんですよ
でもこれも不思議でマーさんと別れてわかなと2人で、頑張ったねって事で駅で写真撮ったんですけどそれは残ってるんですよ…
そう言ってミユはサーに携帯を見せます。
サー
本当だ?
何でだろうね?復元してマーさんの時よりも後の写真が残ってるって普通はあり得ないもんね…
あまり詳しく無いけど、そうしたら私のも携帯をバックアップすれば元に戻るのかなぁ?
ミユ
多分出来ると思いますよ。
サー
明日、携帯買ってくるね
そこで確かめてみても良いもんね
ミユ
1番早いのはマーさんに連絡出来ればいいんですけどね…
サー
でもマーさんになんて聞けば良いの?
なんか聞き方がわからないよ〜ォ
ミユ
確かにそうですよね!
携帯壊れた時たまたまマーさんの事調べてたのって、自分達が勝手にしてたんですもんね
サー
とりあえず、明日携帯買ってからマーさんとのメールとか写真チェックしてからだね
そこで確認出来れば、他の方法考えて、もし無かったら、マーさんに聞く理由が出来るからね。
ミユ
そうですね!
全ては明日からですね。
二人はここまで真剣に話し合ってきましたが、少しずつ重い空気を軽くしようとするように、サーはふっと笑顔を見せました。
「なんだか、これってドラマの一場面みたいじゃない?突然の雷と携帯が壊れて、消えたLINEや写真。ミステリアスすぎるよね。」
ミユもサーの言葉に思わず笑い出しました。
「本当にそうですよね!もしこれがドラマだったら、きっと私たち探偵役で謎を解明していくストーリーになるんじゃないですか?」
サーは笑いながらコーヒーを一口飲み、
「そうだね。タイトルは『サーとミユの不思議な携帯事件』かな?次々と起こる奇妙な出来事に二人の友情が試される…とか?」
ミユもさらに乗ってきました。
「そして、クライマックスで私たちはマーさんに真相を尋ねに行って、実はマーさんが影のヒーローで、私たちを守ってくれていたとか…!でも最後にはマーさんが謎の失踪をして、私たちだけがその秘密を知っているというエンディング!」
サーはその展開に大笑いしながら
「それ面白い!でも、マーさんが失踪しちゃうのは寂しいから、最後は私たちと一緒に笑い合って、『実はみんなの安全を守ってたんだ』って告白してくれるとか?そして私たちはみんなでハッピーエンド!」
ミユも笑顔で頷きました。
「うん、それがいいですね!最後はみんなで笑って終わりが一番ですもんね。」
サーは少し笑い疲れて深呼吸しながら
「なんか、こうして話してると怖かったことがちょっと遠くに感じられるよ。ミユ、本当にありがとうね。こうやって一緒に笑い合えるのが、私にとっては何よりの救いだよ。」
ミユは優しく微笑み
「私もサー先輩とこうやって話せて嬉しいです。これからも、どんなことがあっても一緒に乗り越えていきましょうね。」
二人はコーヒーカップを手に取り、軽く乾杯するようにカップを合わせました。これから何が起こるかは分からないけれど、二人は共に笑い、支え合っていけることを再確認し、これからの不思議な出来事にも少しだけ楽しみな気持ちを抱いていました。
サーとミユは喫茶店での話し合いを終え、心が少し軽くなった気がしていました。2人はそのまま駅へ向かいながら、話の続きを楽しむことにしました。
「本当に色々あったね。まるでドラマみたいだよ」とサーが笑いながら言うと、ミユも「そうですね。でも、ドラマなら最後はハッピーエンドにしたいですね!」と明るく応じました。
駅に着くと、2人はホームまで一緒に歩きます。途中、ミユが少し心配そうに「サーさん、気をつけてくださいね。明日新しい携帯買ったら、すぐにバックアップ取ってくださいね」と言いました。
「うん、わかってる。明日すぐにやってみるよ」とサーは答えましたが、内心ではまた何か不思議なことが起きるのではないかと少し不安な気持ちも抱えていました。それでも、今夜の話し合いで少し安心したこともあり、ミユに感謝の気持ちを抱きながら「ありがとう、ミユ」と小さく呟きました。
電車がホームに到着し、2人は別々の方向へと向かいます。サーは乗り込んだ電車の中で、窓の外をぼんやりと見つめながら、自然とマーのことを考え始めました。昨日の出来事が頭から離れず、そして今日ミユと話した内容がさらにマーへの疑問と不安を深めていきます。
「やっぱり、早くマーさんに相談したいな…」と、サーは心の中で思いながら、昨日の雷と携帯の出来事がどれほど異常だったかを再確認します。マーに会うのは来週まで待たなければならないという現実が、サーの焦りを募らせますが、同時に次に会う時にすべてが解決するのではないかという期待も膨らんでいました。
「マーさんなら、きっと何か解決策とか知っているかも。あの優しさで、私の不安を取り除いてくれるだろう…」と考えながら、サーはマーの穏やかな笑顔を思い浮かべ、少しだけ気持ちが楽になりました。
電車が揺れる中、サーは心の中で再びマーに会える日をカウントし始め、次に会う時こそすべてを打ち明けて、心の中の不安を晴らしたいと強く思うのでした。
サーが電車の中でマーのことを思い浮かべながら家に向かっている頃、サーの母は自宅のキッチンで一人、そっと考え込んでいました。夕食の支度をしている最中でも、頭の片隅には例の四角い缶のことがずっと引っかかっています。
「いつ、サーに話せばいいのかしら…」と、母は自問自答しながら、包丁を使って野菜を刻んでいました。その四角い缶には、サーが知らない真実が詰まっているのです。それを告げるべきかどうか、そしてそのタイミングはいつが良いのか、母はずっと迷っていました。
「でも、サーがまだ学生の頃からずっと隠してきたことを、今になって告白するなんて…サーはどう受け止めるだろうか。あの子にとってはショックが大きすぎるかもしれない…」
昨日、サーが帰宅した時の様子が母の脳裏に鮮明に蘇ります。サーは突然泣き出し、雷が鳴っただの、携帯が壊れただのと話していましたが、母にはその話がどうしても信じられませんでした。雷の音など全く聞こえなかったし、道路も全く濡れていなかったのに。
「もしかして、サーは何か精神的に追い詰められているんじゃないかしら…」と、母は心配で胸が締め付けられる思いでした。サーは昔から繊細で、少しの変化でも大きなストレスを感じるタイプの子です。そんなサーが最近、仕事やプライベートで何か辛いことがあったのではないかと、母は心の中で何度も問いかけていました。
「四角い缶のことを話すことで、サーに余計な負担をかけてしまったらどうしよう…でも、いつかは話さなければならないし、タイミングを見誤ってはダメ…」
母はそんな悩みを抱えながら、手を止めて窓の外を見つめました。空は澄み切っていて、まるで昨日の雷などなかったかのように穏やかです。しかし、その穏やかさとは裏腹に、母の心は波立っていました。
「今はまだ、サーの様子をもう少し見て、落ち着いた時に話そうかしら…」
母はそう心に決めると、再び夕食の支度に集中しようとしましたが、どうしてもサーの顔が頭から離れませんでした。サーの無邪気な笑顔、そして昨日の不安げな表情が交錯し、母はまた深い溜息をつきました。
「サーが元気を取り戻してくれればいいけれど…どうしたら、あの子の心を軽くしてあげられるんだろう」
サーが帰ってきた時、どんな顔をして迎えれば良いのか。母はそんなことを考えながら、心の中で静かに祈っていました。
サーは電車を降り、ゆっくりと家に向かって歩き始めました。駅から家までの帰り道、昨日の出来事が何度も頭をよぎります。あの時、本当に雷が鳴っていたのか、なぜ携帯が突然手から飛び出してしまったのか…そんな疑問が次々と湧いてきて、サーは一つひとつ丁寧に思い出そうとしました。
雷鳴が響き渡った瞬間、確かに空は暗かったし、雷の音は大きくて、その衝撃で思わず身を縮めたことを覚えています。それに続くように、携帯が自分の手からすり抜けるように飛び出して、まるで何かに引っ張られるかのように道路の真ん中に転がっていった…。サーはその瞬間の恐怖を、もう一度自分の頭の中で再現しようとしましたが、どうしても何かが引っかかります。あの時、本当に雷が鳴っていたのか?それとも、ただの錯覚だったのか?あまりに恐怖が強かったせいで、頭の中で作り上げた幻覚だったのかもしれない、とも思えてきます。
「でも、そんなことってあるのかな…?」とサーは小さくつぶやき、空を見上げました。今夜の空は静かで、星がちらちらと輝いています。まるで昨日の雷など嘘のように思えるほど、穏やかな夜です。
道を歩きながら、サーは自分の足元を確かめるように一歩一歩進んでいきました。あの信号のところで感じた恐怖、雷鳴に足がすくんだこと、そして携帯が道路に転がった瞬間の衝撃…。それらを思い出すたびに心がざわつき、まるで夢の中にいるような感覚に陥ります。
「あの時、もし雷が鳴らなかったら…携帯が飛んでいかなかったら…何が違ったんだろう」と、サーは何度も考えながら、昨日の情景を再現しようとしました。だが、どれだけ考えても、答えは見つかりません。
そして、やがて家の玄関にたどり着きました。鍵を開けてドアをゆっくり押し開けると、家の中から母の気配が感じられます。いつもと変わらない静かな家の空気に、サーは少し安心感を覚えました。だが、母にどんな顔を見せれば良いのか、少し悩みながらも靴を脱ぎ、そっとリビングに足を踏み入れました。
一方、サーの母は、サーが帰ってくるのを待ちながら、様々なシナリオを心の中で描いていました。昨日の出来事を引きずったまま、サーが帰宅したらどうしようかと心配し、もしかしたらサーが何かを相談してくるのではないかと準備していました。四角い缶のことも頭に浮かびますが、今夜それを話すべきかどうか、母の心は決まらないままでした。
「でも、サーが落ち着いているなら、今日は話さないほうが良いかもしれない…」と、母は思いました。
サーがリビングに入ってきた瞬間、母は彼女の様子を細かく観察しましたが、意外にもサーはいつも通りの様子で、特に取り乱した様子はありません。
「ただいま」と、サーはいつもと変わらないトーンで挨拶をしました。その普通さに、母は少し拍子抜けしてしまいました。彼女が期待していた、あるいは心配していたような事態が起きなかったことで、逆に緊張がほぐれ、少し戸惑いを感じました。
「あら、おかえり。今日はどうだったの?」と、母は自然な声でサーに問いかけました。特に深刻そうな話を切り出すこともなく、ただ日常の会話を続けることにしました。それでも心の中では、サーが何かを隠しているのではないか、無理をしているのではないかと気にかけています。しかし、今はそのことを追及せず、ただサーが何か話したくなるのを待とうと決めました。
サーは少しほっとした様子で、いつも通りの口調で母に答えました。「うん、普通だったよ。仕事もいつも通りで、特に何もなかったかな…」と、サーは一見平静を装いながらも、心の中では昨夜の出来事がぐるぐると渦巻いています。しかし、それを母にどう伝えるべきか、あるいは本当に伝えるべきかどうかも悩んでいました。
母は、サーの表情を見て、何かを感じ取ったようでしたが、それでも特に深入りせず、ただ「そう、なら良かったわね」とだけ言いました。心の中で何かを探ろうとする気持ちと、あまり無理に聞き出さないほうが良いという思いが交錯し、母は自分でも少し混乱していました。
サーも母の様子を見て、何かを言い出そうか迷いましたが、結局そのまま会話が途切れてしまいました。どちらも何かを言いたい気持ちを持ちながら、それを口に出すことができずに、リビングの静かな空気だけが流れます。
夕食も済ませ2人はテレビを見ています。
サーに「お風呂、準備してあるから、ゆっくり入ってきたらどぉ?」と、母は優しい声で言いました。その言葉に、サーは少し救われた気持ちになり、静かに「うん、ありがとう」と答えて浴室へ向かいました。母はその背中を見送りながら、今夜は何も聞かず、ただサーがリラックスできるようにしてあげようと心に決めました。
サーが浴室のドアを閉める音を聞きながら、母は再び四角い缶のことを思い出しました。しかし、今はその話をする時ではないと、自分に言い聞かせました。サーの気持ちが落ち着いているうちに、少しでも日常の安らぎを取り戻してほしいという母の願いが、心の中で強くなっていました。
サーは浴室に入り、静かに湯船に浸かりました。お湯の温かさが体にじんわりと広がり、今日の疲れが溶けていくような感覚が体を包みます。ふと目を閉じると、昨日の出来事がまざまざと蘇ってきますが、その中でも特に吉祥寺での思い出が鮮やかに蘇ります。
マーさんと一緒に過ごした吉祥寺での一日。井の頭公園で見た美しい夜景、マーさんと肩を寄せ合って歩いたあの瞬間、そして居酒屋で交わした何気ない会話…。すべてが心の中で輝いています。特に、マーさんがふと見せた柔らかな微笑みが、サーの胸に深く刻まれています。
「本当に素敵な一日だったな…」サーは湯船の中で微笑みながら、思い出に浸ります。吉祥寺の街で過ごした時間は、サーにとって特別なものとなり、心の中で何度も反芻していました。マーさんが何気なく言った「また一緒に来たいね」という言葉が、サーの心に温かさをもたらします。
しかし、楽しい思い出とともに、昨日の雷の出来事もまた少しずつ顔を出してきます。あの突然の雷鳴と、携帯が手から飛んでいった瞬間の恐怖。思い出すたびにゾッとしますが、サーはお湯の中で少しだけその恐怖が和らいでいるのを感じました。湯船に浸かりながら、昨日の楽しかった出来事が心の中で一層鮮やかになっていくことで、恐怖も少しずつ薄れていきます。
「どうしてこんなことが起きたんだろう…」サーはそう考えながらも、今はその原因よりも、マーさんと過ごした時間を大切にしたいという気持ちが勝っています。事件のことを深く考え込むよりも、今は楽しかったことを心の中に抱えていたいと思いました。
そして、楽しい思い出に浸るほどに、サーの心の中には別の感情が芽生えてきました。それは、マーさんに会いたいという強い気持ちです。昨日の楽しい時間を思い出すたびに、マーさんに早く会いたいという願いがサーの胸の中で膨らんでいきます。「また、マーさんに会いたい…早く、あの笑顔を見たい…」という思いが、サーの中で静かに、しかし確かに大きくなっていきます。
「どうしてこんなにマーさんに会いたくなるんだろう…」サーは自分でも不思議に思いながら、その気持ちが抑えられないほど強くなっているのを感じました。明日、新しい携帯を買ったら、まずはマーさんとの写真をチェックしてみよう。もし何かおかしなことがあれば、マーさんに相談してみたい。それができれば、またマーさんに会う口実ができるかもしれない、とサーは心の中で希望を膨らませます。
「早く来週が来ないかな…」サーはそんな気持ちを抱きながら、湯船の中でゆっくりと深呼吸しました。昨日の出来事の恐怖が少し和らいできたことを感じながら、マーさんに再び会える日を心待ちにする自分に気づきます。お湯の温かさが、サーの心の中にある不安や緊張を溶かし、今はただ、マーさんとの再会を楽しみにしているのです。
お風呂から上がったら、今夜はぐっすり眠れそうだ、とサーは思いました。明日になれば、新しい携帯とともに、また新しい一歩を踏み出せるはず。マーさんに会いたいという気持ちが、これからの一週間を乗り切る力になることを感じながら、サーはお湯から出て体を拭き、次第にリラックスしていきました。
明日のことを考えると、少し気が楽になります。そして、再びマーさんに会える日を楽しみにしながら、サーは湯冷めしないように、急いでパジャマに着替えました。
サーはお風呂から上がり、温かいパジャマに着替えた後、髪を乾かしながら、明日の予定について考えていました。携帯が壊れたままでは不便だし、何よりマーさんとの連絡が取れないのが一番困ります。サーはすぐに母のところへ行って、明日の予定を伝えようと決めました。
お風呂を出ると、母がソファでくつろいでテレビを見ていました。サーはその隣に腰掛け、軽く一息ついてから切り出します。
「お母さん、明日の朝だけど、会社に少し遅れて行こうと思ってるんだ。先に携帯屋さんに寄って、新しい携帯を買ってから出社しようと思って…」
母はサーの言葉を聞いて、少し驚いた様子で顔を上げましたが、すぐに穏やかな表情に戻りました。
「そうなのね。それがいいわ。今の時代、携帯がないと何かと不便だものね。でも、あまり遅刻しないように気をつけてね。」
「うん、わかってる。お母さん、心配しないで。ちゃんと連絡も入れるから。」
サーは笑顔で母に答えました。
母はテレビの音を少し下げて、サーの方を向きました。
「そういえば、今日の晩ごはんどうだった?お父さんが好きだった味に少し近づけてみたんだけど、どうかしら?」
サーは少し考えてから、笑顔を浮かべました。
「すごく美味しかったよ。お父さんがいたらきっと喜んで食べてたと思う。お母さん、やっぱり料理上手だよね。」
その言葉に母は少し照れたように笑い、
「ありがとう。あなたも忙しい中、食べてくれて嬉しいわ。最近はあまり一緒に食事することが少なくなってきたけど、やっぱり一緒に食べると楽しいわね。」
「そうだね、お母さん。今度は一緒にお昼ごはんでも食べに行こうよ。会社の近くに新しいカフェができたんだって。美味しいランチがあるらしいよ。」
「それは楽しみね。いつでも誘ってくれたら行くわ。」
母は少し楽しそうに返事をしながら、ふと少しだけ心配そうな表情を見せました。
「サー、昨日のことだけど…大丈夫なの?」
サーは一瞬、昨日の出来事を思い出し、少し沈んだ表情になりましたが、すぐに笑顔を取り戻しました。
「大丈夫だよ、お母さん。ちょっとびっくりしたけど、今日もミユとそのこと話して、少し気持ちが楽になった。明日新しい携帯を手に入れたら、きっと気持ちも前向きになると思う。」
母はその言葉にほっとした様子でうなずきました。
「それなら良かったわ。何かあったらいつでも話してね。」
サーはその言葉に少し温かさを感じ、母に感謝の気持ちを抱きました。
「ありがとう、お母さん。いつも私のことを気にかけてくれて、本当に感謝してる。」
母は微笑んでサーの肩に手を置きました。「それが親の仕事だからね。でも、サーが元気でいてくれるのが一番嬉しいわ。」
その後、二人はしばらくテレビを見ながら、他愛もない話を続けました。会社での出来事や、最近気になっていることなど、普段のようにリラックスした会話が続きました。お互いが少しずつ普通の生活に戻りつつあることに、どこか安心感を感じていました。
時計の針が少し遅い時間を指す頃、母がふと立ち上がり
「そろそろ寝る時間ね」
と言いました。サーも頷いて、リビングの明かりを消すために立ち上がりました。
「おやすみなさい、お母さん。」サーは自分のベットに潜りながら母に声をかけました。
「おやすみなさい、サー。明日も頑張ってね。」母は微笑んでサーに答えました。
サーは心の中で明日のことを考えながら、次第に瞼が重くなっていきます。新しい携帯を手に入れたら、マーさんに何を伝えようか…。そのことを思いながら、サーは静かに目を閉じました。
一方、母も布団に入り、今日はサーが少し元気を取り戻してくれたことに安堵の気持ちを抱きながら、ゆっくりと眠りに落ちていきました。母娘で過ごした平穏な夜が、明日への活力を与えてくれるような、そんな気持ちに包まれていました。
続く
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