16、恋人たちの日イベント
この国にもバレンタインと同じ、恋人たちのイベントがある。
(バレンタインから取ったイベントだろうけど)
その日は、国の休日で各地で祭りが開かれる。その3日前に学園では午後の時間から、学園主催の私服OKのダンスパーティと祭りのプレイベントがある。3年生にとっては、卒業前の最後のイベントになり、相手がいない人のための粋な計らいでもあった。
参加は自由。ケータリングや屋台も用意され、ダンスをせずに歓談も楽しめる。用意されたものは保護者からの寄付で賄っていて、全て無料だ。祭り3日前なので、店にとっても祭り用の商品の試し販売ができて好評なイベントだ。
ダンスは女性は断れるが、女性から誘われた男性は必ず踊らなければならないルール。そして男性からは、現時点でのイエス・ノーがはっきり言い渡されるのだ。
ラストダンスは、恋人たちもしくはその時のパートナーだけが踊ることになる。当然私は、生徒会長のパートナーとして参加しなければならないし、なぜかイベントボランティアとして駆り出されていた。
当日になって事件が起きる。学年ごとに着替え用の更衣室が用意されているのだが、1年生の女生徒の衣装が、破られてしまう被害にあった。無残な姿になった美しいドレスを見て、カロリーナは顔をこわばらせた。
「なんてこと!」(ライバルに対する嫌がらせ? それともいじめ?)
被害にあった女生徒は泣いていた。それを、友人二人が慰めている。カロリーナは、泣いている生徒に声をかけた。
「制服で参加しなさい。私も制服で参加するわ」
ダンスパーティに参加する人で、制服参加はほぼいない。いわゆる勝負服だからだ。
「私も制服で参加します」
「私も」
アリスとユフィアも同調した。カロリーナは、他の1年生たちを促した。
「他の人は、着替えなさい」
被害にあったドレスをユフィアが回収し、3人は報告のために生徒会室に戻った。ドレスを見て生徒会室にいた生徒たちは言葉を失う。カロリーナは王子に制服で参加すると伝えた。
「分かった。私も制服で参加しよう」
「用意した衣装は、祭りの日に着てデートしましょ」
「楽しみだ」
カロリーナの提案に王子のこわばった表情が和らぎ、二人は微笑んだ。
私服については、「混雑を避けるため部外者を入れず、自分で着られるもの」という決まりがあった。フォーマルの人もいるが、多いのは普段着やカジュアルドレスだ。特別に用意した場合は、それをまた着て祭りに行くのがお決まりのパターンだ。
カロリーナの衣装は王子が用意したもので、色はエメラルドグリーンが基調で丈の短いカジュアルドレスだった。超かわいい! またおそろいに決まっているが……。
時間になり、イベントが開始された。
カロリーナは、王子からもらったブローチだけ着けて会場に入ると、王子もカロリーナが贈ったユニコーンのブローチを着けていた。二人とも顔を見合わせて同じ考えだったことが分かると、嬉しそうに微笑み合った。カロリーナは王子に小さく手を振った。王子はそれを見てふっと笑うと、少し手を上げて合図した。
この後カロリーナは、各会場のチェックに回る。王子は令嬢たちとダンスを踊りまくるだろう。
被害にあった女生徒と、友人2人は制服で参加していた。王子とカロリーナも制服参加なので、異例なことに会場は少しざわめいていた。それを見て、カロリーナは思った。
(王子と踊る相手は浮いてしまうだろうな。でも、王子なら何を着てもカッコいいか)
王子は、セレナとファーストダンスを踊った。踊りながら王子は返事を先に言う。
「君もそろそろ別の相手を探せ」
「なぜです。私が候補だったはずです」
「私の婚約は、政略的な意味合いが強い」
「どういうことです? それなら皆同じでは?」
「次の曲になる。失礼する」
王子は取り付く島もなかった。セレナは、ぽつんと一人取り残された。
その後、外廊下を歩いていたカロリーナを、待ち伏せしたセレナは呼び止めた。
「ちょっといいかしら」
セレナは、薄いピンクのふわっとしたシフォン生地のタイトなフォーマルドレスを着ていた。その姿は、妖精のように美しかったが、顔は怒りに満ちあふれていた。恐らくダンスで、王子にフラれたのだろうとカロリーナは思った。心の中で、つい文句が出てしまう。
(それは私のせいじゃないのに、なぜか女は女に怒りをぶつけるのよね。王子、守ってくれるんじゃないのかよ)
(普段清楚なセレナが怒ったら、迫力あるわね。鬼嫁に鬼上司。ヤバい、ここで笑ってはダメだ、わし)
カロリーナは、なんとか一人笑いをこらえた。セレナは腕を組んで、先ほどフラれた不満を隠さずにぶつけてきた。
「あなたが変わってから、王子はあなたに夢中になった!」
「ギク」
「でも、政略的な婚約だと言ったわ。いったいどんな手を使ったのかしら」
セレナは意地悪い顔をして様子を伺ってきた。もともとカロリーナは、相手が年上でも物怖じする性格ではなかった。
「ここだけの話だけど、それは、始めから爵位返上が条件だったからよ」
「!」
それだと、資産全部が持参金になる。王族との婚姻は家の繁栄のためにするものだ。それを手放すとは……。
(考えられないでしょうね)
無言のセレナを、カロリーナは静かに見守っていた。セレナは視線を落とす。
「あなたのお父様に、うちの父は一生敵わないわね」
静かに苦笑してつぶやいた。それを聞いて、カロリーナは満足気な顔をすると、その場から素早く立ち去った。
(お父様の勝ちってところかしらね)
1人になったセレナは床に膝をついた。
父の言葉を思い出す。背中から両肩に手を置き、囁いた。
『おまえほどの令嬢は他にいない』
「そうね。私もそう思うわ」
セレナはそうつぶやくと、立ち上がって会場に戻っていった。ダンスが終わったので、生徒会の持ち場に戻る。
王子は、ヒロインと踊っていた。
「君は他の人と違い、人を惹きつける魅力的な人間だ」
(当然ね。私はヒロインだもの。でも、王子に効かないのはなぜかしら? 抗っているなら、まだチャンスはあるってこと?)
曲が終わると、ヒロインはお辞儀をしてその場から逃げようとした。それを王子は腕を掴んで捕まえる。
「逃がさないよ。はっきり言う。君は人を陥れた。私は君のような野心的な者を好まない。君も他の相手を探すんだ」
ヒロインは目を見開いて、沈黙した。王子は腕を離すとその場から立ち去った。ヒロインは下を向いた。激しい後悔が顔に浮かんでいた。
(そう、狡猾な女はお嫌いなのね。何も起きないことに焦らずに、ヒロインらしく振る舞うべきだった! そうすれば、あの女が言った通り、私で決まりだった。──私は、攻略に失敗したんだわ! もう王子ルートはない……)
進行のアナウンスで、ラストダンスが始まった。ようやく、役員とボランティアも踊ることができた。カロリーナと王子も手を取り合った。
「ブローチを着けてきたのだな」
「はい」
カロリーナは笑顔で答える。王子もそれを見て微笑んだ。
「制服で踊るのも悪くない」
アリスとシュタイン、レオンとユフィアも制服で踊った。ダンスが終わると、みんなで拍手をしてダンスパーティは終了した。この後、被害にあった1年生がお礼を言いに来る。
ダンスが終わってからもしばらくは食べる時間があるので、ケータリング会場を回ったり、屋外の屋台を楽しんだ。
カロリーナも王子と一緒に回り、やっと食べ物にありつけた。フルーツの入ったチーズクリームを、平たく焼いた固めのケーキ生地でサンドしたスイーツにかぶりつく。
「これ、とってもおいしい。祭りの日もまた食べようっと」
「そなたは、食べることが好きだな」
「だって、タダだもの!」
「! ははは」
王子が大笑いする。それを見て、ベンや他のみんなも驚いた。




