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41 文書館の夜


 真っ暗な文書館を二人で探索した。


 リオンくんは一階の物置からランタンを見つけてきて、文書館の中央にある書棚に囲まれた場所に置いた。


「ここなら外に光も漏れない」


 ランタンの脇に座って、文書館の資料を調査した。


 じりじりと頬を刺激するランタンの熱。


 一心に資料を読むリオンくんの横顔は、やっぱりいつもと少し違う感じがした。


(国王陛下――お父さんが来てくれなかったのショックだったのかな)


 薄々こうなる気がしていたと言っていたけど、それでも少なからず期待があったのかもしれない。


(お父さんに褒められた話をしてるとき、うれしそうな顔してたし)


 リオンくんは父親である国王陛下を尊敬しているし、好きなのだと思う。


 でも、だからこそ傷ついてしまう。


 そういう気持ちは、アリアにもわかる気がした。


 大好きな魔法だからこそ、うまくいかないときにつらく感じてしまうこともあったから。


 もし自分にお父さんが会いに来てくれなかったら。


 そう思うと絶対寂しいし。


 アリアはリオンを励ましたいと思った。


 元気づけたいと思った。


 だけど、今それをしていいのかわからなかった。


 リオンくんは話したくないのかもしれない。


 アリアがそれに触れることでさらに傷つけてしまう可能性もあるように思う。


(むむむ……)


 難しい。


 人の心ってわからない。


(とりあえずいか焼きを食べよう)


 懐からいか焼きを取り出して食べる。


 不意に思いついて、氷文字を浮かべた。


〖リオンくんも食べる?〗


 リオンくんは少し考えてから言った。


「じゃあ、もらう」


 二人でいか焼きを食べながら資料を読んだ。


(そういえば、あの頃も今みたいに魔法の本を一緒に読んでたっけ)


 なつかしい記憶。


 気づかれないように頬をゆるめる。


 静かな書庫に時計の針と風の音が響いている。


 夜の文書館は肌寒く、山間の冷えた空気がどこかから少しずつ入って来ているように感じられた。


(何かあたたかそうなものないかな)


 いか焼きを食べ終えてから、文書館を探索してみる。


 物置の奥を覗くと、折りたたまれた毛布があった。


 いそいそとランタンのところに持って行く。


「そんなのあったのか」


〖うん。厚手だしあったかそう〗


 ランタンの近くで毛布にくるまる。


 防寒体勢を整えてから、アリアは言った。


〖リオンくんも入っていいよ〗


 リオンはむせた。


 激しく、壮絶なむせ方だった。


 ただごとではない何かがそこにはあった。


「いや、俺はいい」


〖遠慮しなくていいよ。大きいから二人で全然入れるし〗


「寒くないし、大丈夫だ」


 断ったリオンくんだったけど、薄明かりの中で見る彼の姿は明らかに寒そうに見えた。


 アリアは少し考えてから、毛布を手にリオンの隣に座った。


「お前、何して」


〖一緒に入った方があったかいから〗


「嫌だろ、こんなに近いの」


〖わたしはリオンくんなら嫌じゃないけど〗


「……ならいい」


 二人で一つの毛布に入って資料を読んだ。


 肩と肩が触れあっている。


 二人で入る毛布の中はあたたかくて、なんだか心の距離まで近くなっているようなそんな気がした。


 少し考えてから、アリアは言った。


〖わたしはリオンくんのこと好きだよ〗


 リオンは一瞬息を止めてから言った。


「どうした、いきなり」


〖わたしにとって初めてできた友達だから。できるならもっと仲良くなりたいって思う。隠してる秘密とか、人には言えない変な癖とかも知りたいなって〗


 リオンはじっとアリアを見つめてから言った。


「お前には秘密とか癖とかあるのか?」


〖わたしは、六歳のときお漏らしがブームだったのが秘密かな。一度漏らしたらなんだか楽しくなっちゃって。何度か庭でわざと漏らしたことがある〗


「六歳って俺と会ってた頃じゃ」


〖うん。あの頃、絶賛ブーム中だった〗


 アリアは言う。


〖でも、お母様には言えなくてベッドの隅にお漏らし後のパンツを隠してたの。三枚くらい隠してたんだけど、ある日なくなってて。それからは隠した次の日にはなくなってるんだよね。そして、いつの間にか綺麗になって戸棚にしまわれてるの。あれは不思議だったよ〗


 アリアは思案げな顔で続ける。


〖多分、うちにはパンツを綺麗にしてくれる妖精さんが住んでるんだと思う〗


「とりあえず、帰ったらお母さんと侍女さんに礼を言っとけ」


〖どうしてお母様と侍女さんにお礼を言うの?〗


「いいから言っとけ」


〖わかった〗


 アリアはうなずく。


〖リオンくんはそういう秘密とか変な癖とかある?〗


 リオンは少しの間考えてから、毛布に口元を埋めて言った。


「……お前には言えない」


 小さな声をアリアは聞き取ることができなかった。


〖ん? なんて?〗


「なんでもない」


〖何か言ってたよね。気になる〗


「だからなんでもないって――」


〖気になる気になる〗


 アリアはリオンに顔を近づけた。


 リオンは顔を赤くしてたじろいだ。


「い、言えないこともあるんだよ」


〖そうなの?〗


「ああ」


〖まあ、リオンくん王族だしそういうこともあるか〗


「悪いな」


 リオンはランタンの光に視線を落として言った。


「代わりに、別の秘密なら話せるかもしれない」


〖別の秘密?〗


「前に、お前言っただろ。欠けているものへの願いが魔法を強くすることについて、思い当たることはないかって」


〖聞いたね〗


「俺にとってはつながりなんだと思う。昔から、俺の周囲にはたくさんの人がいた。みんなが俺を大切に扱ってくれた。だけど、しばらくして気づくんだ。彼らが見てるのは本当の俺ではなくて、王子としての俺なんだって」


 リオンくんは言う。


「本当の俺を彼らは求めていない。大人の言うことを聞いて式典に出る俺のことが好きで、言うことを聞かないと別人みたいに嫌な顔をする。昔は、空気を読んで大人の顔色を見ながら生きてたよ。そんなときに出会ったんだ。空気なんて全然読まず自分のしたいように生きているやつに」


 瞳にランタンの光が反射していた。


「俺はそいつをかっこいいと思った。自分もそんな風になりたいと思ったんだ。誰かが操る糸に従って動くのでは無くて、自分で自分の糸を操りたいって。そして、偽物じゃなくて本物のつながりがほしいって思った」


〖本物のつながり?〗


「本当の俺を見てくれる。本音で誠実に向き合ってくれる。その上で、絶対に俺を不当に貶めたりはしないって信じられる。そういうつながり」


 リオンくんは言う。


「うちの親がお前の両親みたいに俺を愛してくれたらいいなって思うんだ。そんなこと絶対にないとはわかってる。そんなつながり幻想に過ぎないってわかってるよ。それでも、願ってしまう。そういう気持ちが、俺の魔法を作ってるんだと思う」


 絶えず流転する水の糸。


 変わらずにはいられない複雑な関係性の中で、本物だと心から思えるつながりがほしい。


 そんな願いが彼の魔法を作っているのかもしれない。


 アリアはリオンに『わたしは本当のリオンくんが好きだよ』って伝えたいと思った。


 だけど、そこにある少しの嘘がアリアをためらわせた。


 リオンのことをアリアは知っている。


 長い間唯一の友達だったし、他の誰にも負けてないと言いたい気持ちもある。


 でも、知らないところもきっとある。


 自分がそうであるように、彼もたくさんの気持ちを抱えていて。


 見えていない部分や隠しているところもあるのだろう。


 本当の彼が全部好きだと言えるほど、心の奥底まで知っていると言える自信はなくて。


 それでも、大切なのは意思なんだと思った。


 本当の相手と向き合い、関係し続けていこうとする意思。


 本物でないものを本物に近づけようとする。


 その思いが、何よりも大切なものなんじゃないかって。


〖リオンくんが言う本物が本当にあるのかわたしにはわからない。心の中全部はわからないし、百パーセントわかりあうみたいなことはできないような気もするから。だけど、近づきたいって思うんだ。うまくいかないときもあるかもしれない。理解できないこともあるかもしれない。それでも、リオンくんと本物に近づきたい〗


 氷文字がランタンの光を反射した。


〖わたしは本当のリオンくんと一緒に生きていきたいって思ってる〗


 リオンは瞳を揺らした。


 吐く息が白く夜に溶けた。


 何かを堪えるみたいに目を閉じてから、抱えた膝の上に額をあてて言う。


「悪い。言わせたな」


〖本心だよ。心からそう思ってる〗


「ありがとな」


 リオンは顔を上げて言った。


「続きをやるか」


〖うん〗


 ひとつの毛布にくるまって資料を読みふける。


 大人たちは知らない秘密の時間が過ぎていく。




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― 新着の感想 ―
リオンくんのご家庭も、問題ありですか 寄り添う人がいないリオンくん 高過ぎるハードルを用意されるヴィクトリカちゃん 白の聖痕で喋れないアリアちゃん 三人が健やかに大きくなりますように!
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