38 お姉さんは魔法使いだから
アリアは人気のない森の中を走っていた。
運動音痴ゆえの残念なフォーム。
すぐに疲れてしまって、肩で息をする。
体力を温存するためにスキップに切り替えようとしたけれど、そもそもスキップができないので検討する以前の問題だった。
(道なき道を進むのすごい疲れる……)
マフラーの中が汗ばむ。
ほてった身体がオーバーヒートしてくらくらしていたけれど、一刻を争う事態なので立ち止まってはいられない。
(リオンくんに同行してる人たちに見られないように反対側に回り込んで)
しかし、道なき道を進むのは熟練者でも簡単なことではない。
方向感覚を見失いそうになったアリアは、目を閉じて意識を集中した。
魔法式を起動して、空気を振動させる。
木々と山の地形に反響し、跳ね返ってきた振動を肌で感知する。
(正しいルートは左の方)
アリアが放った振動魔法は、森の動物たちを警戒させる効果もあった。
危険な動物たちが後ずさる中、アリアは先を急ぐ。
リオンたちが作業を行う反対側に回り込むと、五歳くらいの幼い女の子がかがみこんで、必死に土砂を掻き出していた。
傍らには積み荷らしい木箱の破片と無数の青林檎が転がっている。
アリアは女の子の傍らにかがみこんで、氷文字を浮かべる。
〖誰かそこにいるの?〗
女の子は初めて見る氷文字に驚いたようだったけど、すぐにずっと大きな感情が彼女の心を塗りつぶした。
泥まみれの手でアリアの胸元をつかんで言う。
「お父さんが……お父さんが……!」
土砂の下敷きになってしまったらしい。
(生き埋めになってからかなり時間が経っているはず。早く助けないと)
じっと壁のように大きな土砂の山を見つめる。
それから、そっと女の子が掘っていた土砂の湿った土に手を当てた。
目を閉じて意識を集中する。
土砂に振動波を流して、反響してきた時間差から内部の構造を読み取る。
そよぐ木々がうるさい。
女の子の荒い呼吸もやけに大きく感じられる。
アリアは手の先にすべての意識を集中する。
手のひら以外が存在しないみたいに、没頭する。
跳ね返ってきたわずかな感触を、逃さず頭の中でつかみとった。
(見つけた)
アリアは女の子に〖少しはなれてて〗と氷文字で伝える。
「でも、お父さんが」
〖わたしにまかせて〗
「なにするの?」
〖この土砂をここから退ける〗
「できないよ。そんなこと」
ふるえる声で言う女の子に、アリアは微笑んだ。
〖できるよ〗
にっこり目を細めて続けた。
〖お姉さんは魔法使いだから〗
鮮やかに光を放つ魔法式。
強烈な振動波が土砂を波立たせる。
上部の岩石が砕かれて破片になる。細かな礫になり砂粒に変わる。
振動によって砂粒がすべり落ちる。土砂の壁の傍らに積もっていく。
意識を集中し、さらに強い振動波を流し込む。
壁のように積み上がっていた土砂が吹き飛び、山肌に砂の雨になって打ち付けた。
「なに、これ……」
息を呑む女の子。
意識を集中する。
土砂の中にあるやわらかいそれを傷つけないように、細心の注意を払う。
雨粒よりも硬い音が一帯に響く。
吹き飛ばされた土砂の奥から、庇のように張り出た岩盤に隠れていた男性の身体が現れた。
「お父さん!」
駆け寄る女の子。
「今、何が……」
瞳をふるわせる男性。
「お父さん、お父さん……!」
何度も名前を呼びながら、男性に抱きついて顔をこすりつける。
小さな手で大きな身体をぎゅっと掴む。
娘を抱きしめながら、男性はアリアを見上げた。
「貴方はいったい……」
「魔法使いさんが助けてくれたの」
女の子は涙と鼻水でお父さんの服を濡らしながら言った。
アリアは微笑みを返す。
〖動かないでください。土を取り除くので〗
振動魔法で周囲を覆っていた土砂を取り除く。
目を丸くする男性を見て、ほっと息を吐いた。
(助けられてよかった)
しかし、まだすべての土砂を取り除けたわけじゃない。
生き埋めになった人が他にもいるかもしれない。
土砂に手をあてて、意識を集中する。
《振動探知》
跳ね返ってくる振動波から近くに人が埋まってないことを確認する。
アリアは目を閉じる。
濃縮された強烈な魔力がアリアの前髪を持ち上げる。
《振動破壊》
積み上がった土砂を吹き飛ばす。
人がいない傍らに降り注ぐ。
舞い上がる粉塵。
聞こえてきたのはたくさんの人の声だった。
「あれだけあった土砂があっという間に――」
「いったい何が」
白い土煙の向こうにいたのは、泥だらけの村人たち。
驚く表情を意にも介さず、アリアは魔法式を展開する。
振動波の反響から内部の構造を把握して、的確に土砂の組成を変化させ、吹き飛ばす。
小柄な幼い少女が天を覆うほどの土砂を弾き飛ばしている。
村人たちは呆然とアリアを見つめていた。




