87.勇者への接触
自分たちの野営の準備が終わってからもう一度シルヴィアたちの様子を確認すると、やはりと言うべきかあれから一向に準備が進んでいなかった。あれこれと試してはいるようだったがどうにも上手く行かないようで、少し組み立てては手を止めて考え、また最初からやり直す。というようにしているので幾ら時間が経っても進まない。
それでも周りの冒険者に声をかけて組み立て方を教えてもらおうとはしていなかった。いや、教えてもらおうとしていないと言うよりも、冒険者に頼るなんてあり得ない。と思っているのかもしれない。
何故ならばよくよく見てみれば親切心か下心かわからないが声をかける冒険者がいるのにそれを悉く追い返しているからだ。シルヴィアがそうしているのではなく、周りの仲間がそうしているので貴族である自分たちが冒険者に助けられるということがあってはならない。という貴族定番の考えでもあるのだろうか。
どうにも貴族連中の中には自分たちは高貴な存在であり、冒険者のような下賤な人間に知恵だろうが何だろうが与えられるのは恥だと考える人間が一定数存在している。シルヴィアの仲間はそういう貴族の集まりなのかもしれない。
とはいえ、シルヴィアと話をするためにはその仲間の妨害を乗り越えなければならないので非常に面倒だ。まぁ、いつまでも野営の準備が出来ない方がどう考えても恥なので黙って聞け。とでも言って教えるだけ教えて、恩を売る。という形を取るのも良いのかもしれない。
シルヴィア以外は確実に恩だとは思わず、俺のせいで恥をかいた。とか考えそうなのだが。
「さて……そろそろ勇者様のところに乗り込むとするか」
「ええ、わかりましたわ。わたくしとしては……周りの方には関わりたくありませんが、勇者様に警告をするためには仕方のないことですものね」
「本当にな。とりあえず、シルヴィアに話しかけようとしても邪魔されるのはわかりきってるから少し強引になると思う。それでも良いよな?」
「強引にって……大丈夫なのかい?」
「色々考えても取り巻きがうるさいのは変わらないだろうからな……もう面倒だから強引にいけば良いんじゃないか?ってことだ。たぶん大丈夫だろ」
「適当ですわねぇ……」
適当、もしくは投げやりな考えの俺に対して心配そうに聞いてくるアルと、呆れた様子を見せるアナスタシアだったが、特に反対はされなかった。アルの場合は俺の考えに従おうとしているからで、アナスタシアは俺と同じように考えるのが面倒になったのだろう。
そうして反対意見がないのであればさっさと多少強引にでも話しかけて、恩を売りつけ、警告を済ませることにしよう。
「良いんだよ、適当でも。ただ少しだけ準備をして……よし、行くぞ」
どうせシルヴィアとはまともに会話が出来ないと状況を見てわかっているので少しだけ準備を整える。まぁ、機会を見てシルヴィアにちょっとしたことを書いた紙を渡すだけなのだが。
そして準備が終わってからシルヴィアたちが野営の準備をしているようでしていない場所に向かう。後ろからアルとアナスタシアがついて来ている。他の冒険者たちは俺たちがシルヴィアの下に向かっていることを察して凝視はしないがちらちらと様子を窺ってくる。
わかりきっていたことなので、わざわざそれに反応することなく歩き続け、シルヴィアたちの下へと辿り着いた。
俺たちの接近に気づいたシルヴィアの仲間たち、というかユーウェインが真っ先に俺たちの前に立ちはだかった。
「何の用だ」
見下している、もしくは完全に拒絶した様子のユーウェイン。その後ろにはシルヴィアを守るようにしている他の仲間の姿があった。魔法使いと神官の二人なので見た目のせいもあって簡単に押し通せそうな気もするのだが。
「いつまで野営の準備に時間をかけてるんだ?周りを見てみろよ。全員終わってるだろ」
「それがお前に何か関係あるのか?」
「勇者のパーティーがそんな無様な姿を晒すな、って言いたいんだよ。それに野営する意味がわかってるか?ちゃんと休憩して盗賊団のアジトを強襲するのに備える必要があるんだ。さっさと野営の準備を終えて、さっさと休めよ」
完全に喧嘩を売る姿勢で話しかけたが、これには意味がある。親切心から、という風に装ったところで他の冒険者には何か下心があると思われる。おこぼれに預かろうとしているのか、あわよくば勇者パーティーの仲間になれないかと考えているのか、他に何か考えがあるのか。どうせろくなことにならない。
だったら王族と貴族で組まれたパーティーを良く思っていない冒険者が喧嘩を売るために絡んでいる。とでも思ってもらった方がマシだ。そっちの方が面倒な絡まれ方をすることは少なくなる。まぁ、勇者様に対してその口の利き方はどういうことだ、と絡んでくる相手がいる可能性もあるので面倒であることには変わりない。どちらがマシか、という話だ。
アルはたぶん驚いているだろう。アナスタシアは俺の考えを察して呆れているかもしれない。ただユーウェインたちには俺の考えがわかるわけはなく、単純に喧嘩を売られた。というようにしか思っていないだろう。現にシルヴィア以外の三人の表情は険しく、放っておけば怒号が飛んできそうだった。というか飛んできた。
「うるさい!お前みたいな薄汚い冒険者風情が俺たちに意見するな!!」
「吠えるな。お前たちが王族だろうと貴族だろうとこの場で意味があるのか?それにこうした場に関してはその薄汚い冒険者の俺の方が慣れてる。手伝ってやるからぐだぐだ言ってないでさっさと準備くらい終わらせろ」
そう言い捨ててからユーウェインを押し退けて野営の準備を進めていく。その際に魔法使いと神官の二人がシルヴィアを俺から遠ざけるようにしたので、これ幸いとアナスタシアも野営の準備に手を付けた。アルは一瞬どうしようかと悩んだ様子だったが、俺とアナスタシアが特に言葉を交わすことなく淡々と野営の準備を進めていくので、自身も同じように何も言わず、準備だけをすることにしたらしい。
ただ、そうすると当然のようにユーウェインが絡んでくる。また俺を見たシルヴィアが、驚いた様子を見せていたので屋根の上にいたのが俺だと気づかれているはずだ。それでも何も言わないのはどうしてかわからなかったが。
「何だその口の利き方は!」
「何だ、と言われてもな。それより勇者様が遠ざけるなら遠ざけるでもう少し離れてくれ。固まって突っ立ってるだけとか邪魔になる」
「シルヴィア様が邪魔になるだと!!第三王女であり、勇者として活躍なさるシルヴィア様に対してなんという不敬!!」
「不敬で結構。それよりも勇者様、自分でも多少は野営の準備をしようって思うならそっちに置いてある杭を取ってもらえるか?」
「え?あ、もしかしてこれのこと?」
元々の目的がシルヴィアに接触することだったので絡んでくるユーウェインを適当にあしらってから、丁度テントを張るために使う杭がシルヴィアの傍にあったので取ってもらうことにした。
「そう、それだ。ほら、さっさと渡せ」
「う、うん……はい、どうぞ」
仲間が制止するよりも早くシルヴィアが動いたことにより、シルヴィアから杭を手渡しされることになった。その際に準備しておいた紙をシルヴィアだけにわかるように示すと疑問符を浮かべていたようだったが、何も言うな、という意味を込めて立てた人差し指を口元へと運んだ。
俺が屋根の上から見ていたことに気づいているシルヴィアとしては何かあると思ったのか、神妙な顔で頷いてから杭と紙を交換することになった。これでとりあえずは良しとしよう。後はさっさと野営の準備を終えて離れ、渡した紙に書いてあるように話が出来るようにユーウェインたちから離れてくれるのを待てば良い。
紙に書いているのは話があるという旨、王国騎士の一人がこちらにいる旨、嘘ではあるが盗賊団の件で警戒をし続けていた旨。それと可能な限り騒ぎを大きくはしたくないので出来れば二人で話をしたいとも書いた。他にも幾つか書いたが、これを信じて一人で話をしに来るようであれば大馬鹿者、と言っても良いのではないだろうか、と思えるほどに胡散臭い。
「ありがとう。ところで、野営の仕方くらいは教わらなかったのか?」
「え……?」
「いや、勇者様は本来王国領を旅するんだろ?だったらただ野宿することもあればテントとか張ることもあると思うんだ。それなのにこうして手間取ってるのが不思議でな」
本来であればこうして言葉を交わすことも難しいのだが、俺の意図を察してくれたアナスタシアが野営の準備を俺に任せて他の三人を抑えてくれている。そして、それに続いてあるも同じように俺がシルヴィアと言葉を交わせるようにと動いてくれている。
ただ、ユーウェインとは面識があるはずなのでアルが抑えるのは魔法使いと神官寄りで、掴みかかってきそうなほどに怒髪天を衝くといった様子だったユーウェインはアナスタシアが一人で抑えているようなものだった。
「それは……その、僕は必要だと思ったけど、ユーウェインたちが必要ないって……」
「……僕?」
「……やっぱり、女の子の一人称が僕っておかしい、かな……?」
「いや、俺は別に何とも思わないけど……王族がそれってどうなんだ?」
「父上と母上は勇者であれば問題はない、って言ってくれたんだ。僕としては昔からこうだからいきなり変えるのは難しいし……うん、ちょっと違和感があるかもしれないけど、きっとすぐ慣れると思うよ」
「慣れるも何も、そこまで付き合いが続くとは思えないけどな」
後ろでは鬼の形相をしているユーウェインや、今にも攻撃魔法を使ってきそうな魔法使い、ニコニコとしながら私は怒っています。というような雰囲気の神官という三人を背にしながらの会話とは思えないほどに穏やかに話が出来た。
王族ということである程度は俺のことを見下すと言うか、上からの言葉を投げてくると思ったがそういった様子は一切なく、まるで対等の相手と話をしているようだった。いや、それどころか何処となく親しげな様子さえ窺える。
シルヴィアの一人称よりも、そうした様子に違和感を覚えるというか、謎だと感じながらも言葉を重ねていく。
「そうかな?僕は何だか君とは長い付き合いになりそうな気がしてるんだけど……」
「……勇者様は空恐ろしいことを言うんだな」
「え、そんなことはないと思うけど……あ、そうだ。君の名前を教えてもらっても良いかな?」
「アッシュだ。ただアッシュ」
「アッシュ……うん、覚えたよ。僕の名前はもう知ってるよね?」
「ウルシュメルク王国第三王女シルヴィア様だろ?」
「そう、僕の名前はシルヴィア。でも様はいらないよ。こうして手伝ってもらってる立場だからさ」
シルヴィアはどうにも友好的すぎるような気がする。
俺としてはやり易いのだが誰に対してもこうなのだろうか。流石にそれは温室育ちの世間知らず過ぎるような気がしてならないのだが。まぁ、シルヴィアは長い付き合いになりそうなどと言っているが俺はそうは思っていないので、やり易いならそれで良しとしておこう。
というわけで、とりあえずは俺も友好的に接するとしよう。後ろの三人が常人であれば怯えてしまいそうな様子になっているが見ないことにして。
「断っても意味がなさそうだな。わかった、一応よろしく、シルヴィア」
「うん!こちらこそよろしくね、アッシュ!」
言葉を交わしている間も着々と野営の準備は進んでいるが、それを一旦止めて握手を求めてきたシルヴィアに応える。するとシルヴィアは嬉しそうにしていた。その様子が余計に後ろの三人に対して火に油を注ぐような状況になっている。
これは本当に野営の準備が出来たらさっさと離れた方が良さそうだ。そう思いながらも、もう少しだけシルヴィアと言葉を交わして紙に書いてある通りに動いてもらえるようにしなければならないと気を引き締めることにした。




