70.フランチェスカ家の情報
結局、その後のピースフルでは注文通りの品に舌鼓を打ちながら当たり障りのない話しか出来なかった。いや、出来なかったというかしなかったというべきだろうか。
俺としては聞き出そうとしても誤魔化されるであろうことがわかっているので何も聞かず、シャロは時折落ち着かないように俺とアナスタシアの顔を交互に見たり、アナスタシアはパンケーキが思っていたよりも美味かったようで驚いていた。
そして、パンケーキを口に運ぶ度に笑みが零れていたが、それは優美な笑みというよりも年頃の少女が浮かべるような笑みであり、きっとあれは素の笑みだったのだと俺は思っている。
またそうしてピースフルでの話というか、お茶会というか、とにかくそれが終わってからまだ時間が早いということでアナスタシアとは一旦別れることとなった。
まぁ、俺とシャロはそんな時間が早いだとか気にせずにストレンジに向かったのだが。
ストレンジは当然のように準備中であったが、周囲を見渡して人がいないことを確認してからその扉を開けた。特殊な客が来ているということもなく、ストレンジにはハロルドしかいなかった。
それは当然のことなので良いのだが、ハロルドと目が合うと待ってましたと言うように小さく笑みを浮かべたのはどういうことだろうか。
「いらっしゃい、二人とも」
「ハロルド、何かあったのか?」
「主様、こういう時は挨拶が先ですよ。ハロルドさん、こんにちわ」
「あら、シャロはちゃんと挨拶が出来て良い子ね。ほら、アッシュも挨拶くらいしなさい?」
「はいはい。こんにちわ、ってな。で、何かあったのかって聞いてるんだけど?」
シャロがそう言って挨拶をすると、ハロルドは俺にも挨拶をするようにと言ってきた。その表情は何か人をからかったりしようとしている時のそれであり、俺をからかおうとしているのがすぐにわかった。
それに乗る必要はないのと、あの笑みから考えて俺に対して何かあるはずだ。もしかするとフランチェスカからの依頼に関係していることかもしれない。
というわけで軽く流してから何かあったのか確認を取る。
「アッシュはつれないわね。まぁ、良いわ。とりあえず座ったらどうかしら?」
「だそうだ。とりあえず座ろう」
「わかりました。あの、主様のお仕事に関することでしたら私は聞かない方が良いのでしょうか?」
「そうねぇ……そこまで真っ黒な仕事でもないから聞いても大丈夫だと思うわ。それに盗まれた物を奪還して欲しいっていう程度のことで、現状フランチェスカ家としてはそれを知られたとしても痛くはないでしょうからね」
「その盗まれた物が本当は盗品。ってことだったら知られたくないだろうけど、わざわざ曾祖母の大切にしていた形見の品って言ってるからな。そういうことはないだろ」
まぁ、そう言っているだけで本当は盗品だった。と言われてしまえばどうしようもなのだが。
それでもフランチェスカ家は商家であることから、そうした盗品を手元に置いておくリスクを理解しているはずなので、盗品ということもないだろう。
それに今までにフランチェスカ家の人間が依頼を持って来たことはあったが、そのどれもが黒い仕事ではなく、あくまでもストレンジに依頼を持って来た方が確実性が上であり、依頼を受ける側に余計な詮索をされないから。という理由で持ち込まれたものばかりだった。
とはいえ、ハロルドが事前にある程度の情報を集めるので全てを隠し通すことが出来るかどうかとなれば話は変わってくるのだが。
とりあえずそんな前述のこともあって、今回も黒い仕事ではない、という奇妙な信頼のようなものがある。ストレンジでの仕事は、依頼する側と依頼を受ける側の信頼関係があればこそ成り立つものが多いので、それを崩すようなことはしないと思いたい。
「そうね、フランチェスカ家の人間が持ち込んだ依頼だものね」
「とりあえず、ハロルドが色々と調べて問題ないと思ったならシャロが聞いても大丈夫だと思うぞ」
「また難しいことを言うわねぇ……あ、でも私がちょーっと調べた限りだと問題なさそうよ」
「えっと……すいません、その、フランチェスカ家というのは……?」
俺とハロルドが、シャロがこの話を来ても問題ないかどうかを検討していると、フランチェスカ家のことを何も知らないシャロがそんな質問を挙げていた。
王都の人間であればフランチェスカ家のことは多少なりと知っているが、やはり外からやって来たシャロは何も知らないのだろう。
俺とハロルドの見解では、フランチェスカ家からの依頼についてシャロが聞いても問題はないということで一致したが、フランチェスカ家について詳しく教えることが出来るかどうか、となれば話が変わってくる。
なので、とりあえずは王都の人間であれば知っていると思われる程度の、本当に簡単な情報をシャロに教えることにしよう。
「フランチェスカ家ってのは王都でも一番の商人の家だ。とんでもない財力があってな、それが理由で貴族
の地位を手にしてるんだ」
「貴族の地位は基本的に代々受け継がれているものがほとんどだけど、ごく稀に王家に認められたとか、商人が財力をもって手にいれたとか、そういうこともあるわね」
「そのごく稀なケースがフランチェスカ家だ。わかったか?」
フランチェスカ家が貴族となった背景には、没落した貴族の地位を金で買い取った。というものがある。
代々受け継いだ地位を金で売るわけがない。と思っている人間もいたが、その貴族は自分たちでは貴族としての体裁を取り繕うことが出来ないと理解し、更には自分たちが貴族の地位にしがみついているよりもフランチェスカ家のような力のなる家が貴族となり、王国を支えていく方が良いと判断した。
その考えは貴族から王家への進言という形で伝えられ、王家としてもその貴族の真意を汲み取り、結果としてフランチェスカ家が貴族の地位を買い取ることが可能となった。
それを口さがない人間が、貴族から財力を使って地位を奪い取った。などと言ったことからそれが真実だと思っている人間もいるのが現状だ。
「なるほど……?」
「まぁ、なんとなく理解してれば良いだろ。とりあえずフランチェスカ家は商人であり貴族、ってことをわかってれば良いんじゃないか?」
「それもそうね。王都で普通に生きる上では貴族との関わりなんてそうある物じゃないものね」
「つまり、詳しく知らなくても問題はない。ということですか?」
「そういうことだ。とはいえ、シャロがちゃんと知りたいっていうならまた今度もう少し詳しい話でもしようかと思うけど、どうする?」
「良いのですか?」
「あぁ、シャロは知らないことを知るのが楽しいって言うからな。ちょっと時間を取って話をするだけでそうして楽しいって思ってもらえるなら安いもんだろ?」
「主様……ありがとうございます。それでは、また今度お話を聞かせてください」
「あぁ、わかった。俺なんかの話というか、説明でよければいくらでも」
シャロが興味を持ったことであれば出来る限りはそれを知る手助けをしたいと思う。というわけで、もしフランチェスカ家についてもう少し知りたいというのであれば、一般的に知られている程度の情報であれば何度でも説明するつもりだ。
そんな話をしている俺とシャロをとても暖かい目で見ているハロルドだったが、こちらの話が落ち着いたのであれば本来の話をしてもらいたい。
「で、ハロルドの方は話をする準備は出来てるのか?」
「ええ、勿論よ。でも私としては二人の仲が良さそうな姿を眺めているのも悪くないと思うのよねぇ。貴方たち、ここでは仕事の話もあるからってそうやって仲の良さそうな姿をあんまり見せてくれないじゃない?」
「そんなことを言われてもな……」
「えっと……あまりうるさくするとご迷惑ですからね……」
「それはそうだけど……白亜たちの前では随分と楽しそうにしてるらしいじゃない。白亜たちだけずるいわ」
「ずるいと言われましても……こういう場所ではうるさくしないのがマナーですから……」
「そういうことだ。シャロはそういったマナーなんかを守れるタイプだからな。ハロルド、諦めたらどうだ?」
「諦められないわよ!せっかくアッシュとシャロが仲良くなったのに、それを自分の目で見るんじゃなくて白亜や桜花から聞くだけなんて……!」
別に特別シャロと仲良くしているというわけではないのだが、白亜たちの話を聞いたハロルドにとってはそうは思えなかったらしい。
というか、ハロルドがそう思ってしまうような話を白亜たちがしたことになる。本当に、一体どういう話をしたのだろうか。
「はいはい、わかったわかった。機会があればな」
「それは適当に聞き流す時の常套句じゃないかしら?」
「さて、どうだろうな?」
「もう……まぁ、今日は良いわ。それよりも仕事の話をしなくちゃいけないものね」
俺が聞き流す気だということをわかってハロルドは不満を口にするが、本来の目的を忘れてはいなかったようで、ようやく本題に入るようだった。
「とりあえず、今回の依頼もいつも通り黒いところのない依頼だったわ」
「ってことは、本当に曾祖母の形見の品だったのか?」
「ええ、そうよ。流石に曾祖母の代の話になるとフランチェスカ家はしがない商人でしかなかったみたいね」
「これだけ大きくなったのはフローレンシアの力ってことか」
「フローレンシア?」
「今のフランチェスカ家の当主の名前だ。フローレンシア・フランチェスカ。たった一代でしがない商人が貴族にまでのし上がった。そう言われればどれだけの偉業かわかるんじゃないか?」
「……とてつもない方なのですね……」
商人が王家から認められて貴族の地位に就くには何代も王家のため、王国のために尽くさなければならないと言われている。それなのに、先ほど口にしたようにたった一代で貴族にまでのし上がったフローレンシアはとてつもない人間というよりも、異常だと表現する方がしっくり来るような気さえする。
「フローレンシアに関しては今は良いだろう。ハロルド、続けてくれ」
「わかったわ。フローレンシアの曾祖母はそんなしがない商人でしかなかったフランチェスカ家に嫁いできたそうよ。ただ、どうにも元々その曾祖母は貴族の出身だったらしいわ」
「貴族の?ってことはあれか?巷で良くある身分違いの恋だのって話で、家出同然で嫁いだとかいうの話になるのか?」
「身分違いの恋、ですか……外から見るには良いかもしれませんけど、当事者になると大変そうですよね……」
これがもう少し年齢を重ねて恋に恋する乙女となれば反応も違ったのかもしれないが、シャロは本当に大変そうだ。としか思っていない様子だった。
本当に身分違いの恋で両親が認めていないとなれば大変どころの話ではないのだが、そこまでは思い至らない辺りがまだまだ子供だ、ということなのかもしれない。
「いえ、家出とかはなかったそうよ。しがない商人とは言っても扱っている物が特殊だったこともあって、その貴族の当主は二人の結婚を特別に許した。って話ね」
「扱っている物が特殊だった、ですか?」
普通であれば貴族の家に生まれた女性は自分たちの家のために、より地位の高い貴族に嫁いだり、自分たちにとって有益な相手の家に嫁ぐ。というのが普通だ。政略結婚、と一言で言ってしまえるのだが。
そのことを考えると、扱っている物が特殊だったというのはこの王都でも珍しく、そして有益な物を扱っていたと考えられる。
「そう、フランチェスカ家は数こそ少なかったけれど昔はマジックアイテムを商品として扱っていたのよ。今は……まったく扱ってないわね」
「マジックアイテムは本来そう簡単に手に入るようなものじゃないからな。商品として扱うには難しかったんじゃないか?」
「かもしれないわね。とりあえずそれは置いておくとして、その形見の品についても少し調べてあるからその話もしておきましょうか。先に言っておくけど、とんでもないわよ?」
「とんでもない、ね……あの報酬にも納得するような、そんな品か?」
「ええ、納得すると思うわよ。勿論、私の調べた情報が正しければ、だけどね」
そんなことを言いながらハロルドは真剣な表情を浮かべていた。
ということは本当にあの法外な報酬金を納得出来るほどの品なのだろう。ただ、そのことを思うともしかすると面倒な依頼だったのではないか、という不安が脳裏によぎる。
まぁ、一度受けた依頼は最後までしっかりとやらなければ今後の仕事に関わってくる。ならば普段よりも気合を入れてやらなければならないだろう。




