44.条件の提示
シャロの荷物を移動させてからざっと細かいところの掃除を済ませると、気づけば夕食を食べるには少し早いかもしれない。という程度の時間になっていた。
これくらいの時間なら宵隠しの狐にでも行って、簡単な事情説明と、俺を見守るだとかの追及をするには丁度良い時間だ。そうやって話をしている間に夕食を食べる時間になるだろう。
そう考えてシャロと二人で宵隠しの狐に向かうと、人は疎らで何ら問題なく席に着くことが出来る状態だった。だが本来の目的としてはそうして適当な席に着くよりも、白亜と話のしやすいカウンターの隅の席に進む。
その途中で桜花と目が合ったのだが、何故かいつもよりにこやかに俺を見ていた。一体何があったのか疑問に思いながらも、先に白亜と話をしなければならないと一旦気にしないようにしよう。
既にカウンター席には白亜が座っており、俺の姿を見つけると軽く手を挙げてから手招きしていた。
「随分と機嫌が良さそうだな。何かあったのか?」
白亜は白亜でどうにも機嫌が良いようなので何があったのかを聞きながら席に着く。白亜の隣に俺が座り、俺の隣の開いている席にシャロが座る。これがここ数日で定着した席順だ。
俺が隣に座ったのを見ていた白亜は上機嫌な様子で口を開いた。
「そりゃ機嫌も良くなるって!アッシュがあんなことまでしてシャロを探してたんだからな!」
「……あんまり大きな声で言うなよ。あれは王都だと結構な騒ぎになってるんだから。というか、ハロルドから聞いたな?」
「さっきハロルドが来て教えてくれたぞ。それと大丈夫だ、盗み聞き出来ないようにそういう結界くらい張ってあるからさ」
「白亜さんは結界魔法が使えるのですか?」
結界魔法は高等魔法であり、魔法の才能と教養がある程度なければ覚えることは不可能だ。そんな結界魔法を白亜が使ったと思ったシャロが驚きながらも聞けば、白亜はきょとんとした表情を浮かべた。
「俺はそんなの使えないぞ。使えるのは妖術だからな」
「妖、術……?」
「おう!魔法とは違った、魔法のような何かってくらいに思っておいてくれたら良いぞ!」
「え、えっと……主様?」
どういうことなのか理解出来なかったシャロが助けを求めるように俺を見てくる。それに対してどう説明したら良いのかと思いながら、白亜を見る。
白亜としては完璧な説明をしたとでも思っているのか、ドヤ顔をしていたので白亜に頼ることは出来そうになかった。
そんな白亜に呆れながらも、とりあえずはシャロが少しは納得というか理解出来る説明をしようと知恵を絞る。
「あー……そうだな……魔法を使う時には何を使う?」
「え、それは……魔力、ですよね?」
「そうだ。妖術ってのはそれと同じように妖力ってのを使う、らしい。それで、白亜は魔法じゃなくてその妖術ってのを使えるわけだ」
「なるほど……なるほど?」
魔法と妖術は似て非なるものである。ということは何となく理解出来た様子だったシャロだが、それでもやはり釈然としない、もしくはそれだけの説明では納得出来ていないようだった。
もっと詳しく、となると俺では無理だ。はっきり言って前世の知識、記憶から妖術とは妖怪が妖力を使って起こす何か。くらいの認識しかなく、この世界でも白亜からふんわりとしか説明を受けていないのだから。
さてどうしたものかと困っていると、桜花がやって来た。どうにも俺たちの会話を、白亜の結界を物ともせず聞いていたようで、白亜の頭を軽くコツン、と叩いてから言って。
「ダメですよ。白亜の説明じゃ、シャロちゃんには通じませんって。アッシュくんには何故か通じちゃってましたけど」
「それは……まぁ、言葉のニュアンスで何となく、そういう物かと解釈してただけだな。白亜のふんわりした説明で全部は理解出来なかったぞ、流石に」
「……白亜、今の聞きました?」
「こういうところ卑怯なんだよ。ふんわりって表現の仕方とか可愛すぎか」
「いつもなら適当な説明、とか言うのにどうしてこういう時にふんわりって言葉選びをするんでしょう?何だかちょっとキュンキュンしちゃいますよね!」
「白亜の適当な説明で全部理解出来るわけがないからな!」
俺のふんわりという表現が二人の琴線に触れたのか、やけに盛り上がっているので適当な説明だと言い直すことにした。たぶん意味はないと思うのだが。
というかどうしてこの二人は一々俺の言動に対してあれやこれやと盛り上がるのだろうか。
「ふんわり……」
「……どうかしたのか、シャロ」
「ふふ……ちょっと可愛い言い方ですね」
ふんわり、という言い方はどうやらシャロにとって可愛い言い回しだったようで、小さく笑っていた。
別に変な言い回しではないと思っていた俺としてはそういう反応をされると微妙な気持ちになってしまう。いや、既に二人ほど俺の言い回しで盛り上がっている時点で微妙な気持ちどころではないのだが。
いや、それよりもふんわりって表現はそこまでおかしくはないと思う。こう、すごく内容を掴めないふわふわした説明をされたので、こういう表現をしたのに。
ついそんなことを思っていると、そんな様子が白亜と桜花にとってはまた面白かったらしく更に盛り上がっていた。
「こういうところですよ、こういうところ!」
「わかる。本当にアッシュのこういうところ好き。うん、好き!」
「主様って、可愛いんですね」
二人だけだと思っていたらシャロも加わって三人で盛り上がっていた。
「本当に昔からこういうところ変わりませんよね。表現の仕方がちょっと可愛かったり、ああやってそんなにおかしいかなぁ、とか思いながら、でも普通だろこれ。みたいな顔するところとか」
「もうさ、こういうちょっとしたところが堪んねぇよな!めちゃくちゃ可愛い仕草をするとか、言葉を使うとか、可愛い恰好をしてるとか、そういうのじゃないんだよ!ふとした瞬間に、あ、可愛い。って思えるのがアッシュなんだよな!」
「それと、お仕事の時とか、ふとした時にちゃんと格好良いところがやっぱり男の子なんだなぁ、って思っちゃいますよね」
「主様は私を助けてくれた時、すごく恰好良かったですよ。絵本のような白馬の王子様とは違いますけど……あぁ、この人に任せておけば何も心配はいらないのだな。って安心してしまうような、格好良さというか……心強さがありましたね」
「何それ見たかった」
「アッシュくん、ちょっと再現してみてくれませんか?」
もう頭痛い。白亜も桜花もいつもよりもテンションが高いというか歯止めが効かなくなっているように思えて、その原因は何なのだろうと考えると、たぶん俺があんなことをしてまでシャロを探したからだということにすぐに気づいた。
二人のことだから俺がシャロの名前を呼ばないことも警戒して壁を作っていたことも当然のように見抜いていただろう。それなのに灰を降らせるような無茶なことをしてまでシャロを探したのだ。
俺がどういった想いでそんなことをしたのかわからなかったにしても、それだけ必死にシャロを探すくらいに心境の変化、または距離が縮まったのだと思ってもおかしくはない。
それが俺を見守る者の白亜と桜花には嬉しかったのか何なのか。そうだ、ハロルドが言っていたその見守る者云々を聞き出さなければならなかったのを忘れていた。
「再現はしない。それよりも、聞きたいことがあったのを思い出したんだけど良いか?」
「再現、して欲しかったんですけどねぇ……」
「しない。で、ハロルドから聞いたんだけど俺を見守る者同士とか何とかってのはどういうことだ?」
「……教えるには条件があるんだよなぁ!」
条件があると言いながらニヤニヤしている白亜に、ハロルドがきっと大変だと言っていたのを思い出した。何かあるだろうなとは思っていたが、こうもニヤニヤしながら条件があると言われればげんなりしてしまうのも仕方のないことだろう。
それでも絶対に聞き出してやると心に決めていた俺は嫌々ながらその条件を聞くことにした。
「…………その条件ってのは何だよ」
「俺の妖術でアッシュの見た目が少し変わるけど、良いよな?」
「良いよな?じゃなくてまずはどう変化するか言えよ」
白亜の妖術は基本何でもありなので見た目が少し変わる程度造作もなくやってのけるだろう。だがどういう変化があるのかわからないので承諾のしようがない。
だからどう変えるつもりなのか聞いたのだ。別に酷い物にならないのであれば承諾するつもりだ。当然、元に戻るのであれば。だが。
「いや、それよりもちゃんと戻すんだよな?」
「大丈夫だって。ちゃんと戻すからさ。それに本当にちょっとだから安心しろよ」
「白亜が言うから安心出来ないんだと思いますけどねー……あ、でもきっとシャロちゃんも喜ぶんじゃないですか?」
「私が喜ぶ、ですか?」
「はい。実はですね、こう……狐な私としましては、親戚の子供のような、実の子供のような、とにかくそんな風に思ってるアッシュくんにもぴょこんと狐の耳を生やして、ふわふわふさふさの尻尾も一本生やしてみたいなぁ、と思ってたんですよ」
「ふわふわふさふさの尻尾……!」
桜花の言葉を聞いて期待するように目をキラキラとさせるシャロを見て、あ、詰んだ。と思った俺は悪くない。シャロが笑っていられるように、と考えている俺にはこうなったシャロを止めることは出来ず、白亜の条件を飲むしかない。
そんな俺の内心を悟ったのか、白亜は一瞬だけ苦笑を浮かべてからすぐに俺の手を取った。
「それじゃ、良いよな?」
「……あぁ、もう一思いにやってくれ……あぁ、でもちゃんとさっきのこと、教えてくれよ?」
「おう!」
諦めて白亜の妖術による変化を受け入れることにした。まぁ、耳と尻尾くらいなら良いとしよう。
そんなことを思っていると、すっと白亜が手を放した。ということはきっともう終わったのだろう。
どうにも頭の上の辺りに違和感がある。手を伸ばしてみると白亜の耳と同じモフモフの耳があることがわかった。相変わらず白亜の妖術は早すぎる。
自分の背後の方へと目を向けるとそこには思っていたよりもふわふわふさふさモフモフの尻尾があった。微妙な感覚ではあるが、動かすことが出来る。
尻尾を左右に振ってみたり、上下に振ってみたり、少しするとその微妙な感覚もなくなって最初からそこに生えていたように自在に動かせるようになった。
「……色は俺の髪と同じ色なんだな」
「違う色の耳と尻尾とかだと違和感あるだろ?ちゃんとその辺り、考えてるんだぜ!」
自画自賛するように言う白亜だったが、確かに違和感はありそうだ。そんなことを考えていると白亜の手が俺の頭の上、生えたばかりの耳へと伸びた。
「んー……我ながら完璧だ。このふわふわな感じは中途半端な術の腕前だと絶対に無理だな」
「おい、あんまり触るなよ……その、耳を触られるのって妙な感覚がするから……」
普段から人に触られることのない場所なだけに誰かに触られると妙な感覚がするので触らないで欲しいと白亜に伝えた。それに本来の耳ではないのだから違和感もある。
白亜の手を軽く押し退けて耳を触り続けるのをやめさせる。
「そういう反応も良いよな!」
「やっぱりアッシュくんには私たちと同じ耳と尻尾が似合いますね!」
「主様、主様!尻尾を触ってもよろしいですか!?」
「あー、うん、もう好きにしろ」
三人の反応に疲れた俺は投げやりにそう言ってシャロに背を向けるようにして尻尾を触りやすいようにしておく。するとシャロは俺の尻尾に手を伸ばして触り始めた。
初めての感覚で何と言えば良いのか、ぞわぞわするのだがシャロが楽しそうなので我慢だ。
白亜と桜花は俺の姿を見て満足そうにしていて、他の従業員へと目を向けると二人のように満足そうというか、嬉しそうに俺を見ていたので桜花が他の従業員に今回俺がどんな姿になるのか教えていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、シャロが満足するか食事するのに丁度良い時間になるのを待つのだった。




