42.遠慮はなしで
「あ、主様!紅茶が冷めてしまいましたから、新しく用意しますか?」
「あー……そうだな。用意してくるから、お前……じゃなくて、シャロは座っててくれ」
お前、と言った瞬間に泣きそうな顔になるのはやめてくれ。急に全て名前呼びにするのは流石に難しいのだから、少しくらいは見逃して欲しい。
急いで名前を呼べば、ぱっと表情が明るくなるのはわざとやっているのか、それとも子供だからなのか俺には判断が付かない。ただわかったことはシャロに勝てそうにないということだけだった。
前世から女は強いと言われていたが、まさかこんな異世界でそれを実感するとは思ってもいなかった。いや、女が強いというか、子供が強いというべきか、むしろシャロが俺に対して強すぎるのかもしれない。
「いえ、これからお世話役として主様の傍にいる以上は、私が紅茶を用意します!」
「いや、でも何処に何があるかとか知らないだろ」
「それは、そうですけど……あの、それでしたら主様が教えてください」
「え?」
教えてくださいとはっきりと言われてついそんな声を上げてしまった。教えるのは構わないが、まさかシャロからそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったからだ。
だって、この数日のシャロの様子を思い出してみれば、俺がこうして言えば引き下がるはずなのだから。
「先ほども言いましたが、主様のお世話をする以上はこの家に何があるのか、知っておいて損はないと思います。ですから何処に何がおいてあるのか、教えてください」
「あ、あぁ……それは別に良いんだけど……」
「どうかしましたか?」
こてん、と首を傾げる仕草は可愛らしいのだが、俺としてはここ数日とのギャップとでも言えば良いのだろうか、そういうのに戸惑ってしまっていた。
「……何て言えば良いんだろうな。そういう性格だったか?」
「あ、えっと……ハロルドさんから、主様にはある程度遠慮するのをやめて、こう……ぐいぐい押していった方が良いと言われまして……」
「ハロルドォッ!!」
ついつい大きな声を出してしまったがそれも仕方がないことだろう。というか大きな声が出て当然だ。
確かに妙に遠慮されるよりはそっちの方が俺としても気楽ではあるが、そのぐいぐい押していけというのはどういうことだ。そういうのはシャロには似合わないのでやめて欲しい。
「ったく……!良いか、シャロ。確かに変に遠慮する必要はないけど、そうやってぐいぐい押していけってのは絶対にシャロには合ってない。無理にそうしなくて良いから、自分らしく接してくれ。わかったか?」
ハロルドの入れ知恵をそのまま敢行されては堪ったものではないと思い、シャロの両肩に手を置いて、目線を合わせるようにして真剣な表情で言った。
ハロルドには感謝することの方が多いのだが、時折その感謝以上にうんざりしたり本当にやめてくれと思うようなことをしてくれる。今回のこれもそうだ。変な入れ知恵をそのまま実行するような純粋さはシャロらしいのだろうが、その行動はらしくない。
「は、はい……主様がそう言うのでしたら……でも、その……」
「あぁ、教えるから大丈夫だ。ついて来てくれ」
ぐいぐい押すということをやめてくれるのであれば俺は特に言うことはないので、シャロの要望通りにまずは紅茶の茶葉が何処にあるのか、カップやティーポットが何処にあるのか、などを教えるためにキッチンへと向かった。
シャロが俺の後ろをトコトコとついて来るのを確認してから何がキッチンに入る。それに続いたシャロが中を見ると驚いたようにキョロキョロとしていたので、そうもなるかと納得しながら、シャロの様子がおかしくて少しばかり笑ってしまった。
「シャロ、そんなにこのキッチンが珍しいか?」
「め、珍しいというか……その、えっと……すごく綺麗にされてて……」
「当然だろ。料理するための場所なんだから」
「いえ!それはそうですけど……あの……主様って、料理出来たのですか?」
「あぁ、人並みにな」
そう、シャロが驚いたのは清潔に片付けられたキッチンと使い込まれた調理道具を見てのことだった。
別に良くある異世界転生だとかチートオリ主物のようにすごく美味い料理が作れて、レパートリーも沢山ある。というわけではないのだが、前世では一人暮らしをしていたこともあって人並みに料理は出来る。
そこそこのレパートリーとそこそこの味。というまさに人並みの料理の腕だ。ただ、この世界では中華料理はそれと同等の物が遥か異国の物であったり、和菓子もまた遥か東方の地域でしか作られず、王都では宵隠しの狐でも作られることはほとんどない。そんな中華料理や和菓子を作ることも出来る。
そして時折食べたくなると自分で作るようにしているのだ。人並みの腕でも、久々に食べたくなって作る料理というのは美味い物である。
「な、なるほど……わ、私も、人並みには出来る、と思います……よ?」
どうやらシャロの中では俺は料理が出来ないということになっていたようだ。スラム街出身で危ない仕事をしながら食事は基本的に外で済ませる。ということをしているのはシャロもこの数日で理解していたのだから当然といえば当然か。
それとシャロの反応を見る限りどうにも料理はあまり得意ではないように思えた。もしくは普通に苦手というところだろう。
「そうか、なら……あー……うん、そのうち頼んでみようか」
「は、はい……その時は、頑張ります……っ!」
これはシャロは料理が苦手ということで確定で良いと思う。どうにもシャロは作るよりも食べる方が好きなように思えてならなかった。
それでも頑張ると言うのならとりあえず一回くらいは任せてみよう。どうしてもダメということであれば二回目はなくなるし、上手くなる見込みがあるなら俺に出来ることを教えてみるのも良いだろう。
「その時は任せる。とりあえず、何が何処にあるのか教えていくから覚えてくれよ」
「あ、はい!頑張って覚えますね!」
「別に一回で覚えられなかったら何度聞いてくれても良いからな」
気合を入れるシャロにそう言ってからキッチンに置いてある物の配置を説明していく。
普段使う物は取りやすい場所に置いてあって、特に高い場所には物を置いていないので背の低いシャロが取れなくて困るということもないだろう。
そう思いながら一通りの説明を終えてからシャロを見ると、微妙に目をぐるぐると回していたので全て把握は出来てないようだった。
それも仕方のないことで、他の家であれば食器やフライパンや鍋などの基本的な調理道具しか置いていないのがざらなのに、わざわざ作ってもらった中華鍋のような物やハロルドや桜花に頼んで仕入れたり分けてもらった香辛料や調味料だったり、どう考えてもこの世界の基準からは逸脱した物が置いてある。
収納だったり置き場には気を遣っているので散らかっているように見えないのは俺の頑張りと言える。そんなことを内心で思いながら目をぐるぐる回しているシャロの頭をぽんぽんと撫でる。
「ざっとこんな感じだな。いきなり全部覚えるのは無理だろうから、わからなかったらその都度聞いてくれ」
「は、はい……えっと、紅茶の茶葉がこっちで、ティーポットがこっち……それでカップは……」
「あー……とりあえず、紅茶の用意が出来るようになれば良いか」
言いながら紅茶の準備をする。この世界のキッチンには水瓶から水を吸い上げて水道のように使える流しや魔力を燃やすコンロのような物があるので前世とそう大差なく料理などが出来る。
ただ、魔法を使える身としては水瓶からわざわざ水を吸い上げなくても水の魔法を使って水を生み出す方が早かったりする。コンロに関しては使う魔力が自前か魔石かのどちらかなので大差はない。
そんなコンロにヤカンを置いて指を鳴らせばその中に水が溢れてくる。次にコンロのスイッチを押せばカツンッという小さな音と共に内部で魔石が叩かれ火が灯る。
「エルフの里でもこういうのはあるのか?」
「はい、同じような物がありますよ。ただ……主様のように、色々な物が置いてあるということはありませんでしたけど……」
「それはそうだろうな。俺だってまさかここまで揃うとは思ってなかったから、自分でも驚いてるくらいだ」
二人で並んで紅茶の準備を進めていくのだがシャロとしてはどうにも俺が揃えた物の方が気になって気になって仕方がないようだった。
まぁ、中華鍋もどきは初めて見るなら奇妙な形をしているように思えるだろうし、色々と使えるからと置いてある香辛料や調味料も初めて見る物が多いだろう。
「そんなに気になるか?」
「え、あ……はい。珍しいというか、見たことのない物が多くて……」
「例えば……これか?」
手に取ったのは中華鍋もどき。なかなかの重さだが、中華鍋というのであればこれくらいの重さは必要だ。
「それは、鍋……?でもフライパン……?」
「さて、どっちだろうな?そのうち使うこともあるだろうから、どんな料理が出来るかは楽しみにしておいてくれ」
「主様の料理……ちょっと複雑な気分になりますけど、楽しみにしてますね」
料理の腕に関してのことを言っているのだろうが、聞かなかったことにしてスルーしておく。
それにそろそろお湯が沸くのでこれを使って紅茶を淹れようとしたのだが、俺の淹れ方は前世で見たことがある淹れ方をうろ覚えでやっているだけなので、シャロに任せた方が良いのかもしれない。
そう思ってここから先はシャロに任せることにした。
「シャロ、紅茶を淹れてくれるか?」
「はい!紅茶はお母様にも褒めていただけたので、任せてください!」
料理の話では少しばかり沈んでいたが、紅茶を淹れて欲しいと言うとぱっと顔色が明るくなり、お母様とやらに褒められた自慢の紅茶を淹れ始めた。淹れ始めたのだが。
「…………もしかして、この茶葉って……」
「それか?前に仕事を請け負った依頼人からお礼にって渡された茶葉で……ピュアブラッドだったか?綺麗な透き通るような赤色が良いよな」
「やっぱりピュアブラッドですよね!?」
「あぁ、依頼人の父親が趣味人だったらしくてな。紅茶に心血を注いでいたとかで、亡くなった父親のコレクションで良ければどうぞ。って言われたんだよ。紅茶自体は嫌いじゃないし、玩具箱に収めることが出来るように小分けにしてもらったんだ。他にも茶葉自体は沢山もらったけど……あれはたぶん、礼を兼ねながら茶葉の処分がしたかったんだろうな。そういえば依頼人はコーヒーの方が好きだって言ってたような気が……」
何やら驚愕しているシャロにどういう経緯で手に入れたのかを説明していたのだが、どうにも反応が返ってこない。どうしてだろうかと思っているとシャロが口を開いた。
「主様はピュアブラッドの価値を御存知ですか?」
「いや……高価な茶葉らしいけど、それほど興味はなかったから……」
「ピュアブラッドは茶葉の中で最高峰の物で、紅茶好きのお母様だってほとんど手に入らないくらい流通量が少ない、希少価値の高い茶葉でもあります」
「人間の間で出回る物がエルフの里にも流れてるのか?」
「一応、そうした里の外でしか手に入らない物を買いに行く商人の方がいますよ。色々と仕入れて来るのですがピュアブラッドはほとんど見つけられないと言っていました」
「へぇ……流石に里の中で何もかも揃えるのは無理だろうから当然といえば当然か」
言われてみれば、確かに必要な物を全て里の中で揃えるのは難しいということに思い至った。
紅茶の茶葉は特定の地域でしか栽培されていない物も多く、ピュアブラッドはその中でも希少価値が高い。らしい。俺にとっては大量にもらった茶葉のうちの一種類という程度の認識しかなかった。
「そんなことよりも、主様はもうちょっと物の価値を気にした方が良いと思います。ピュアブラッドはここに置いてある大きさの袋の量だと十万オースくらいはしたはずですよ?」
「……あの依頼人、何考えてこんな量をくれたんだろうな……」
小さな袋で十万オースということは、全て合わせれば数千万オースくらい行くのではないだろうか。いや、でもあの依頼人はそれなりに価値はあるので好きにしてください、とも言っていたので、わかって渡したのだろうか。
それにしたってやりすぎだと思う。処分の方法なんて売ってしまえば良かったのだから。
「その人がどういった人なのかわからないので何も言えませんが……とりあえず、主様はピュアブラッドを淹れるのは禁止です。ちゃんと丁寧に淹れられるようになってからにしてください」
「え、いや……結構気に入ってるのは気に入ってるから普通に淹れて飲むけど」
「ダメです。良いですか、主様には私が紅茶の淹れ方をお教えしますから、それを覚えてからにしてください」
「いや、普通に淹れて飲めば良いだろ?」
「ダメです」
「……ピュアブラッド以外なら良いのか?」
「…………茶葉によります」
どうにもシャロは紅茶の淹れ方と紅茶自体に少々うるさいらしく、俺がうろ覚えで適当に淹れるのを良しとはしてくれなかった。それ以外の茶葉なら良いかと確認を取ったが、たぶんこれはダメそうだ。
「イエルピス、カリス、デュナミス、とかだったか……?」
「……主様、どうしてそう希少な茶葉ばかり持っているのでしょうか……?」
「いや、本当に全部貰い物だからなぁ……」
「……そうですね、紅茶の淹れ方、覚えましょうか?」
「そうなるよな……はぁ、わかった。教えてくれ」
「はいっ!お任せください!」
「……お手柔らかにな」
やはりダメだった。これからシャロ主催の紅茶の淹れ方講座が始まるようで、俺は諦めて大人しくそれを受けることにした。
どうにも当初の予定とは色々と違ってしまうが、それでもこうしてシャロと並んで何かをすることが出来るようになったのできっと良かったのだろう。




