38.容赦なく一方的に
灰から灰への転移によりシャロの目の前へと辿り着くと俺を中心にして灰が舞い上がっているので二番地区に降る灰の量が増えることとなり、スラム街の住人たちが悲鳴を上げているのが聞こえてきた。
多少なりと申し訳ないという気持ちも湧いてくるが今はそれどころではないので考えないようにする。
人攫いであろう三人は突如として現れた俺を見て動揺しているようだったが、この程度で動揺して動けなくなるなら程度が知れるというものだ。
そんな三人を一瞥してから俺は背後にいるシャロへと振り返る。外傷はないが縄で手足を縛られて動けないようにされていた。その後ろには同じように縛られた女子供が複数人。全員外傷や着衣の乱れはないので、商品を乱暴に扱わないタイプの人攫いのようだ。
だからといって手心を加えるようなことはなく、三人とも叩きのめすことは確定事項なのだが。
そんなことを考える俺を見上げるシャロと目が合ったが、その瞳には突如として現れた俺に対する困惑と、俺がこの場にいることを信じられないというような驚愕、そして俺の思い違いでなければ安堵と小さな喜びが籠っていた。
「怪我はないな……少し待ってろ。すぐに終わらせるから」
シャロに怪我がないことに安堵して、そして安心させるために微笑みながらシャロに言ってから人攫いの三人へと向き直れば、流石に俺が何をするために現れたのか察したようで、それぞれがナイフや剣を抜いて構えていた。
また先程よりも離れた場所に引いていることから、間合いの取り方や警戒の仕方は心得ているようだ。
数日前に相手をしたチンピラとは違い、先程までの動揺などなかったように落ち着いているので冒険者が人攫いになったのか、はたまたこうして連れ戻しに来た相手と戦い、捕まることがなかった程度には修羅場を潜ってきたのか。
とはいえ、俺にとってはその程度でしかないのだが。
「大人しくするなら捕まえた後にぶちのめす程度で終わらせてやる。抵抗するなら遠慮なくぶちのめしてから捕まえる。好きな方を選べ」
「何が好きな方を選べ、だ!ふざけてんじゃねぇぞ!」
「ふざけてるつもりはない。さっさと選べ。選ばないなら下手をすると殺すことになるぞ」
「……この灰といい、いきなり俺たちの前に現れる奴がいることといい、意味がわからないが……とりあえず、見られたからにはこいつは殺しておかないとな」
「了解。ここなら誰が殺されていても誰も何も言わない」
「チッ……おら、殺るならさっさと殺るぞ!」
わかりきっていたことではあるが、やはり抵抗するらしい。それならば容赦なく潰させてもらおう。玩具箱から普段使っているナイフを一振り取り出して構える。やり方次第ではこのナイフの出番はないのだが、念の為に用意だけはしておこう。
すると相手も武器を構えてじりじりと距離を詰めてくるがその動きを見る限り三人とも連携を取ることが出来るようで、迂闊に動いて攻撃に移ったとしてもきっと攻め切ることは出来ず、逆に痛手を負う可能性がある。
となればお互いに距離と隙を窺いつつ、攻めるタイミングを見計らう必要が出てくる。ただ、相手は三人で連携を取れるので俺が圧倒的に不利だ。
それに俺の背後にはシャロや他の被害者たちがいるので下手に動いて人質に取られる。ということになれば手が出せなくなってしまう。
なので相手が動く前に全員叩き伏せる。というのが現状の最適解なのかもしれない。
そう判断した俺は三人のうちの一人、剣を構えた男の背後に舞う灰へと転移し、その後頭部へと蹴りを放つ。蹴りを放つとは言っても下手をすると頭蓋を砕く威力の蹴りだったのだが、勘が良いようで紙一重で避けられた。
避けられたのだが、完全に不意をついていたそれを避けたことによって随分と無理のある体勢になっていた。この好機に攻めずにどうするのか、とも思うが一瞬だけ残りの二人を見れば体勢を崩した仲間のフォローへと既に動いている。
それならばと二人の背後の灰へと転移すれば、俺がそうする可能性を考慮していたようで即座に反応して手に持ったナイフで斬り付けてくる。ただ俺としてもそうするだろうと思っていたのでまだ体勢を整えることが出来てない剣を持った男の頭上の灰へと転移し、くるりと空中で回転しながら勢いを生かしてその後頭部に踵を叩き込むと鈍い音と何か砕けるような音をさせながら地面へと熱いキスをしていた。
少しばかりやりすぎてしまったかもしれないが、それはそれ。きっと仕方のないことだ。冷静を保とうとはしているが、縄で縛られているシャロを見た瞬間に一気に頭に血が上るのを感じていた。これが原因でついつい一人蹴り殺してしまったが、あと二人生きているので次は気を付けよう。
それとこうした死体をシャロに見せるのもどうかと思うので灰で隠しておこう。本来なら地面に触れる前に霧散する灰が徐々に死体へと降り積もりその惨状を覆い隠していく。
音を聞いて振り返った二人が見たのは地面に倒れ伏して血溜まりを作っている仲間を覆い隠そうとする灰と、周囲の灰を巻き上げた俺が姿を消す瞬間だっただろう。俺の姿が消えたのを見て二人は背中合わせになるようにして互いに死角をなくすように動いたが、仲間の死に動揺することなく連携を取れるのはなかなかの練度だと言える。
ただ先程よりも灰の量が増した中で俺を捉えるのは非常に難しいだろう。事実、死角をなくすように背中合わせになっている二人は周囲を警戒しているが俺を見えてはいない。徐々に量と勢いを増していく灰の中ではそれも無理からぬことだ。
「クソ!何だよあいつのあれは!」
「わからない!それより周囲を警戒しろ!下手をすればマッドの二の舞だぞ!」
どうやら先ほど蹴り殺した男はマッドと言う名前だったようだ。とはいえ俺にとっては何の意味もない情報なので覚えておく必要もないだろう。
「警戒してどうにかなる話かよ!つーか頭が潰れるなんざ魔物相手にしてんのか俺たちはよぉ!」
「そんなわけないだろ!適当に攫って売り捌くだけの簡単な仕事のはずが、どうなってるんだ……!」
「知るかよ!それよりどうするんだよこの状況は!あいつの姿は見えねぇし、さっきより灰が多くなってねぇか!?」
叫ぶ通りに灰の量は徐々に増え、もはや局地的な吹雪のようにさえなっている。俺を中心として灰が舞うのだから、俺がいる場所ほど灰が多くなるのは当然のこととして、俺の姿と起こる可能性のある惨状をシャロから隠すためにわざとそうしている。
また王都全域に降り続けていた灰は、シャロを見つけた今となってはそのまま降り続けさせる意味もないので今は俺たちの周りに全て収束させている。
それだけの範囲に降り続けていた灰を一ヶ所に集めているのだから徐々に灰によって視界は埋め尽くされていく。
そして、灰が増えれば増えるだけ相手は俺の姿を視認しずらくなり、俺は魔力の感知や生命反応の感知がしやすくなるので戦いやすくなる。それにこの灰がいくら増えようと俺の視界が遮られることはない。
「あぁ、クソ!クソ!クソッ!!」
「うるさい!叫ぶ暇があるなら警戒しろ!!いつ襲ってくるかわか―――」
そう、叫ぶ暇があるなら警戒するべきだ。万全の警戒をしなければお前みたいに灰の陰から忍び寄る俺に気づくことが出来なくなるのだから。
これがハロルドから請け負った仕事なら首を斬り落とすなり、心臓にナイフを突き立てるなりするのだが、今回は最低でも一人は生け捕りにしたいので首に腕を回して灰の中へと引きずり込みながらそのまま締め落とす。下手をすると骨を折りかねないのでその点は気を付けつつ、完全に意識が落ちるまできっちりと締めておく。
数秒とかからずに完全に締め落とすことが出来たのを確認してから四肢の骨を踏み砕いてから転がしておく。これで逃げることも戦うことも出来ないはずだ。
「ジョアン!?おいふざけんなよ相手は一人だろ何で俺たちが追い詰められてるんだ!!テメェこそこそしてねぇで正面からかかってこいよ腰抜けがぁ!!」
半狂乱になりながら叫ぶ最後の一人は視線を忙しなくあちらこちらに動かし続けているがそれは逆に何も見えなくなってしまう。いや、この灰の中では既に自分自身以外は見えてはいないのだろう。
吹雪のように吹き荒れる灰はシャロたちの下へは及ばず、俺と人攫いの周囲にのみ存在しており、既に王都全域に降っていた灰はその姿を消している。
三人というか、残りの一人を灰の中に閉ざす為だけにこの場所にしか灰を降らせていないのだから外からはただひたすらに灰が渦巻いているように見えているのではないだろうか。
「おい聞いてんだろうが!!さっさとかかってこいって言ってんだろうがよぉ!!まともにやりあうこともできねぇのかぁ!?」
放っておいてもただただうるさいだけなので、さっさと終わらせるべきかもしれない。この状態で逆転出来るだけの何かがこいつにあるようには思えないし、俺としても安全に無力化する手段がある。ならば躊躇う必要もない。
灰の中から外に出ればやはりというか、俺がやっているのだから当然なのだが既に灰は降っていなかった。ただ俺が思ったよりも最後の一人を中心に渦巻いている灰はとても量が多かった。まぁ、これだけあれば俺のやろうとしていることは簡単に出来るので問題はないはずだ。
灰から出てきた俺を見てシャロが驚いているような、安堵しているような表情を浮かべていたので軽く手を振ってから渦巻いている灰に手を伸ばしてからパチンッと一度指を鳴らす。
すると渦巻いていた灰が全て渦の中心に立っていた最後の一人へと殺到し、その動きを止めると同時に口や鼻などを塞いで窒息させにかかる。当然それだけで終わるわけがなく、殺到した灰は男に張り付くとそのまま固まり数秒でそこには苦悶の表情を浮かべた人型の石像のようなものが一つ。
「スラム街に石像か……似合わないな」
似合わないが、一人生け捕りにしているのでこれはこれで放っておいても良いかもしれない。いや、情報を聞き出すなら二人くらいはいても良いのか。となればこのまま窒息死させるのはやめておこう。
舞う灰はなく、残されたのは石像のようになった男と無傷の俺、シャロに連れ去られた被害者たち。あれだけ灰を舞い上げていたのだからジゼルの私兵団というか、猟犬たちが向かってきていることを祈ろう。
それと祈りながらこのままだと窒息死してしまう男の腹に蹴りを叩き込んで固まった灰を砕くと同時に男の意識を取り戻させる。
「うぐっ……ゲホッゲホッ!」
急に酸素を取り入れたことで咳き込んだのか、砕いたことで舞ってしまった灰の一部を吸い込んでしまったせいで咳き込んだのか、わからないが考えるだけ無駄だ。
倒れた状態で必死に呼吸をしている男を見下ろしながらなるべく穏やかに声をかける。
「生きてるな?」
「ウェッ……ゴホッ!……クソがぁ……!」
「その状態でも悪態を付けるなんて随分と元気だな」
「うる、せぇんだよ……!何なんだよ、テメェは……!?」
「しがない冒険者、ってところだ」
「その、冒険者がどうして俺たちの邪魔をするんだよ……!」
「運が悪かったな。お前たちは俺の連れに手を出した。ぶちのめすには充分な理由だろ」
逆に言えばシャロに手を出していなければ俺はこの人攫いたちを放置していたはずだ。
「連れ、だぁ?どいつだよ……その連れを取り戻したらさっさと失せやがれ……!俺たちの、仕事の邪魔をしてんじゃねぇよ、クソガキが!!」
「はぁ……先頭にいる帽子を被った子だ」
「チッ……一番の上玉かよ……!」
「そうだな、こう言うのもどうかとは思うが……ここにいる奴の中だと一番可愛いんじゃないか?」
「だから上玉だっつってんだろうが……そのガキは好きにしろ。だからさっさと消えやがれ!」
こいつは元気すぎるんじゃないだろうか。仲間を二人とも倒されて、さっきまで窒息していたのが嘘のようだ。
それと、何故こいつは俺がシャロを取り戻したら帰っていくと思っているのかが理解出来ない。
「あぁ、消えるさ。お前をぶちのめしてからな?」
「……は?」
間抜け面を晒している男の顔面につま先をめり込ませてそのまま蹴り抜く。手加減はしたので死にはしないが、それでも足には鼻の骨が砕けた感触がした。
「まったく……本当なら全員殺しておきたいくらいだ。でもジゼルに突き出さないといけないからこうして生かしておいてやる感謝しろよ」
「あ、ぐぁ……なに、が、生かしておいてやる、だ……!!」
「喋るな」
もう一撃。
「ひ、ぎゃ……!」
「色々と事情があってな?お前たちがあいつに手を出した時点で俺はお前たちを許すつもりは微塵もないんだ。たださっきも言ったように理由があるから殺せない。残念だな」
言ってからもう一撃。どうにも自分の感情を抑えられなくなってきたので、その一撃で何とか落ち着かせる。
「だから、あんまり馬鹿みたいなことを言って俺をイライラさせないでくれよ」
そう、本当なら全員殺していてもおかしくはないのだが、ジゼルに突き出すという理由で二人生け捕りにした。そのせいでイライラしているのだから元気よく馬鹿なことを言われると足が出てしまう。というか、出た。
「…………なんだ、気絶したか」
元気だとは思っていたが、ついに気絶してしまった。
いや、気絶したなら気絶したで静かになるので俺としては問題ない。
それに少し離れた場所から複数の足音が聞こえてくるのでジゼルの猟犬たちがもうすぐここに辿り着くだろう。そうなればこいつらと被害者たちを猟犬たちに任せて、俺は俺のしなければならないことをしよう。




