36.事件の気配
冒険者ギルドを出て大通りを歩く俺は、大通りの人混みの間をすり抜けるようにしてストレンジに向かっていた。こんな時だと言うのにすれ違う相手の顔を無意識に確認してしまう辺り、どうしようもない。
ただ長年続けていた人込みの間をすり抜ける歩法は便利だとも思った。今の状態の俺であれば簡単に人にぶつかってしまってまともに進めないかもしれないと考えていたがそれは取り越し苦労だったようだ。
そうして大通りを進みながら途中でピースフルの前を通りがかったが流石に祭りの前日で人が多くなっているせいか客の数も普段より多そうだった。そんなことまで一瞬とはいえ目を向けてしまうのは性分だからだろうか。くだらない性分がいくつも染みついていると自嘲しながらもストレンジへと進む足を止めない。
早くシャロに会って、謝らないと。これ以上シャロを傷つけないため、というのもある。だがそれと同時に俺自身が自分の行いに圧し潰されてしまわないようにということも含まれているのだから、やはり俺はろくでなしのクソ野郎なのだろう。
早く早くという焦燥感と自己嫌悪に圧し潰されそうになりながらストレンジへと辿り着くと少しばかり乱暴に扉を開けて中へと入る。
当然、そんなことをすれば何事かとハロルドが驚いて見てくるのは仕方のないことだった。だが俺にとって最も気にすべきことは、そこにシャロの姿がなかったことだ。
「ちょっとアッシュ!いきなりどうしたのよ!」
「……あいつは何処にいるんだ?」
「もう、私の質問に答えてちょうだい!」
「あいつは、何処にいるんだ?」
「……はぁ……シャロならピースフルに行ったわよ」
「ピースフルに……?」
おかしい。先ほどピースフルを確認した時にはシャロの姿はなかったはずだ。
「ええ、貴方が思ったよりも遅いからピースフルで苺のタルトを食べながら待つって言ってたわよ。もしかしたらすれ違いになっちゃったのかもしれないわね」
「あいつはピースフルにいなかったし、すれ違わなかった……」
「……本当に?ここまでピースフルまでは一本道のはずなのに……」
いったいどうして。ピースフルにはいなかった。すれ違いもしなかった。そうなるとシャロは何処に行ったのだろうか。
もしかすると単純に出店の準備が始まっているのでそれに釣られてふらふらと歩き回っているのかもしれない。そういう可能性だってあるのに、どうしてか嫌な予感がしてならない。
「ハロルド、あいつはどれくらい前に出て行ったんだ?」
「そうね……アッシュが出て行ってからそれなりに時間は経ってたわね。だから今日は人も多いから思うように進めなくてすれ違いでもしたかと思ったのよ」
「……嫌な予感がする」
「私としてはアッシュの様子の方が気になるけど……そう、嫌な予感がするのね?」
「あぁ……どうしてかわからないけど、取り返しのつかないことが起こりそうな、そんな予感がするんだ」
こういう場合の嫌な予感はたいてい当たってしまう。それも取り返しがつかないことが起こりそうとなると、早くシャロを見つけなければならない。
この予感は俺にとって悪いことが起こるのか、シャロにとって悪いことが起こるのかわからないが、そんなことを考えている暇はないだろう。
「まずは何処に行ったのかを考えないと……ただ歩き回ってるだけ、ってのは嫌な予感がしてる以上はないはずだ。だったら考えられるのは……」
「……そういえばジゼルの使いが早朝に来て、言ってたわね……」
「ジゼルの?ってことは、もしかすると……」
「ええ、王都の外から人がたくさん来る以上は、善からぬことを考えてる輩も入ってくるはず。だから私の方でも少し警戒しておいてほしいって言われたわ」
「注意喚起、となると……もしかして人攫いか……!」
王都の外から人の多い今のタイミングで何か悪さをしようと入ってくるとなれば、スリか窃盗か、奴隷商に売りつけるための商品を攫いに来た人攫い辺りが可能性としては高いはずだ。
そして、そんな人攫いが一人で歩いている子供を見つければ絶好の獲物に見えてしまうだろう。それにシャロは帽子で隠しているとはいえエルフであり、非常に顔立ちが整っている。奴隷商に売りつける商品としてみれば相当な価値が付くのだろう。
もしくは俺があの帽子を被せる前から目を付けていたのなら俺が離れ、一人で出歩いていたシャロは非常に連れ去り易かったのかもしれない。
まだ可能性の話でしかないその考えに至ると、俺がすべきことを考える。
「すぐにジゼルに連絡するわ。本当に人攫いならスラム街に逃げ込むでしょうから……憲兵団よりジゼルの私兵団の方がよっぽど頼りになるわね。本当に人攫いなのかどうかはわからないけど」
「俺はその私兵団が動くよりも先にあいつを探しに行きたい。スラム街なら俺の庭だ」
「そうね……でも、何処にいるかわからないんじゃないかしら?それに今回は珍しくアッシュの予感が外れるかもしれないわよ?」
「最悪の事態を想定して動くべきだ。それに探す方法ならある」
「私たちはそっちの方がらしいというか、良いことが多いわね……それで、その方法っていうのは?」
そうだ。いつだって最悪の事態を想定して動いておいた方が良い。特に危険な仕事をする際や、嫌な予感がする時は特にだ。
そして俺の言う人を探す方法というはの一番手っ取り早いのが一つある。
「灰を降らせる」
俺の出来ることで一番手っ取り早くて、一番確実なのはこれだ。
この灰がどういうものなのか少しでも知っている人間にとっては、人探しのためだけに灰を降らせるというのは正気を疑うようなものだとは思う。
事実、ハロルドはその顔は驚愕の色に染められていた。
「灰を降らせるって、何を考えてるのよ!?王都を灰の都にでもする気!?」
「降らせるだけだ。別にそこまでのことはしない」
「だからって……明日からお祭りがあるのに、いきなり空から灰が降ってみなさい!どれだけ多くの人が何かあるんじゃないかと不安になると思ってるのよ!!」
「ハロルド。王都の人間がどうなろうが知らない。あいつを見つけることが最優先だ」
確かにこんな時に空から灰が降れば何か起こるかと不安になる人間も多いだろう。それでも俺にとってはシャロを見つけることが何よりも優先される。
だから王都の人間のことは二の次だ。それに降らせるだけなら実質的な被害はないはずだ。あったとしても、知ったことじゃない。
「あぁ、もうっ!こういう時の貴方は本当に言うことを聞かないわよね!」
「好きに言えば良い。俺はこれが一番早いから他の手段なんて取る気はないんだ」
「それはそうかもしれないけど……はぁ、わかったわ。貴方の灰を多少なりと知っている人には私から説明しておくわ。ジゼルからの注意喚起を受けておきながら、シャロを一人にしてしまった罪滅ぼしにもならないけどね」
「いや、ハロルドが悪いわけじゃないだろ。それにそういった言葉はあいつが無事に見つかってからにしてくれ」
「ええ、そうするわ。アッシュ、灰を降らせるのはもう諦めるけどあまりやりすぎないようにしなさい。あの灰の詳細はわからないけど、それでも危険な物だってことくらいはわかるわ」
「あぁ、あいつが早く見つかって、危害を加えられてなければな」
もし本当に人攫いがいたとして、シャロに危害を加えているようであれば容赦はしない。いや、シャロを攫った時点で許すわけにはいかない。
そんなくだらないことを考えながら頭を冷静にしようとする。フィオナに指摘されてから頭の中がぐちゃぐちゃになっていたが、シャロが人攫いに攫われた可能性が出てきて今度はシャロが心配なのと、人攫いに対する怒りで別の意味で頭の中がぐちゃぐちゃになってきている。
ただ、これで人攫いなどいなかった場合は笑い話にもならないかもしれない。なるとしても、馬鹿にされて笑われるようなものだが、先ほどからハロルドにも言ったように最悪の事態が起こってからでは遅い。
今はとにかくシャロを見つけることが最優先だ。
「……貴方を見送ってから少ししか経ってないのに、随分と変わったわね」
「自己保身のためにな」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね。何にしろ、やっとあの子と向き合う気になったみたいだから、応援してるわ。その応援の前に、一仕事しないといけないけどね」
「……ハロルドなら気づいてただろうけど、何も言わなかった理由は?」
「その言い方からすると……冒険者ギルドで誰かに指摘されたみたいね……理由は簡単よ。さっきの様子が答えになるわ。あんな様子、シャロに見せるわけにはいかないでしょう?」
「…………そうだな。あんな姿を見せるわけにはいかないな……」
無様な姿を見せられないという意味でも、一方的に悪いにしてもシャロが関わっている以上はシャロが必ず気にしてしまうという意味でも。
ある意味でこうしてすぐにシャロと顔を合わせないで済んだことは良かったのかもしれない。状況を見る限りは決して良かったなどとは言えないのだが。
「何にしても、シャロを見つけたらちゃんと話をしなさい」
「あぁ、そのつもりだ」
「それと、もし迷子になってるだけだったり、ふらふら歩き回ってるだけだったら、ジゼルと飲む時の肴にするからそのつもりでいなさい?」
「……勘弁してもらいたいな、それは」
わざわざハロルドがこうして声をかけてくる理由なんてわかりきっている。
俺の様子が酷かったこともある。俺がシャロを見つけるためだけに王都に灰を降らせようとしているから冷静にさせようとしているということもある。俺がやりすぎてしまい、王都を灰に沈めないようにということもある。
何にしてもハロルドは俺の内心を全てお見通しの上で、冷静さを取り戻させるためにわざとふざけてこんなことを言っているのだ。
「ハロルド」
「何かしら?」
「ありがとう」
「ふふ……どういたしまして。さぁ、早いとこシャロを見つけていらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
俺の言いたいことを理解しているハロルドは、感謝の言葉を受けてたおやかに笑んでからそんな言葉をかけてくれた。
その言葉を受けて俺はストレンジの扉を開いて外に出る。シャロに何かあってからでは遅い。今からは全て時間との戦いだ。




