31.からかい過ぎには要注意
居心地が悪いとはいえ、このまま黙々とケーキを全て食べてしまう。というのはシャロとの約束があるのでよろしくない。というか、普通にダメだと思う。
そうなると未だにぽやぽやしているシャロを現実に引き戻すというか、正気に戻すというか。とにかく声をかけてみよう。
「おい」
「えへへ……」
声をかけてみたが笑みを零しながら帽子の端を摘まんで弄ったり、変わらずぽやぽやしている。
その様子にため息を一つ。これは多少強引にでもやらなければならないかもしれない。そう思って、あまりぐだぐだやっていても時間ばかりが過ぎるのだからと早速行動に移した。
「ほら、いつまでもそうやってないでケーキ食えって」
言ってから帽子の上からシャロの頭を少し強めに撫でてやる。いや、撫でるというよりもぐりぐりとやっているだけという方が正しいようなやり方なのだが。
「わっ……あ、主様っ……そんなに強くしたらちょっと痛いですっ」
「いつまでもぼーっとしてるっていうか、ぽやぽやして気を抜いてるお前が悪いんだよ」
「むぅ……主様が初めて褒めてくれたから余韻に浸ってたのに、酷いです……」
唇を尖らせて、私不満があります。ということを体現してるシャロに苦笑を漏らしながら手を付けていないケーキの皿を差し出した。
「約束したからな。いくつか種類があるけど、好きに食って良いぞ」
「あ、そうでした……えっと、ショートケーキを頂いても良いですか?その、苺が好きなので……」
「好きに食って良いって言っただろ。っていうか苺が好きなのか」
「はい。こうして苺のまま食べるのも好きですけど、ジャムにしてるのも、ジュースとして頂くのも好きですよ」
「へぇ……ってことはこれとか好きなんじゃないか?」
言いながらメニュー表に書いてあった、たっぷり苺のタルト、というのを指差す。名前からして苺の量が多いであろうことが容易に予想が出来る。
というか、この名前で苺の量が少ないなんてことはあってはならないと思う。
「たっぷり苺の、タルト……」
それに気づいていなかったであろうシャロは、目をキラキラさせながらそれをじっと見ていた。
「……食べたいのか?」
「はい!あ、でも……」
「そろそろ満腹ってところだろうな」
パンケーキだけでもシャロにとっては量があるのに、更にここで苺のタルトを頼んだとしてもまず食べ切ることは出来ないだろう。
俺のように魔力変換でも使えば話は別だが、シャロは魔力を消耗していないので当然使えない。
それでもシャロは未練がましく、というか普通に残念そうに落ち込んでいた。
「苺のタルト、食べたかったです……」
言いながらもショートケーキの苺を食べている辺りはしっかりしているというか、ちゃっかりしているというか。
「あー……シャロさん苺が好きだったんですか……それなら苺のタルトにしておけば良かったですね……」
「元々パンケーキの予定だったなら仕方ないだろ」
「私としてはぁ……明日にでもまた来ていただいて注文していただければ良いような気がしますねぇ……こう、売り上げ的にも助かりますからぁ」
「それもそうですけど……苺……」
苺のタルトの存在を知って、それでも食べられないのがシャロにとっては残念で仕方がないらしい。
明日また来てから注文してしまえば良いと頭では理解していながらも、納得は出来ていないようだった。
こういう子供らしい姿を見ているとシャロのことを警戒し、疑っている自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。いや、子供相手に警戒心を持ち続けている時点で馬鹿馬鹿しいのだが。
そんな自分に対しても、苺のタルトを諦めきれないシャロに対しても、呆れたようにため息を零してからシャロが魔力変換を行えるように手を打つことにした。
「仕方ないな……ほら、手を出せ」
「え?」
「良いから手を出せって」
「は、はぁ……」
よくわからないまま差し出されたシャロの手を取って、指先を人差し指と親指で挟むようにして軽く握る。その状態で効率の悪さと使い勝手の悪さが原因で使われることのない、吸魔の魔法を使う。
どれくらい効率が悪いかというと、全力で吸魔の魔法を使ったとしても相手が普通に魔法を使った場合の魔力以下しか吸収することが出来ない。また使い勝手の悪さは直接相手に触れていなければならないので、魔法使いがこの魔法を使うことはまずないだろう。
更に言えば、この吸魔の魔法を使った際に消耗する魔力を吸収して補おうとしても非常に難しい。
「あれ……これって……」
「…………相変わらず、覚えて損しかないってレベルの魔法だな、これは……」
「もしかして、吸魔ですか?」
「あぁ、これでお前も魔力変換が使えるだろ」
シャロが使えるかどうかは別として、やはり吸魔の魔法については知っていたようだった。
そして、吸魔によって吸収された魔力程度であっても魔力変換が使えるのであれば苺のタルトくらいは食べられるはずだ。
「あ、確かに使えそうです」
「というわけで、フィフィ。苺のタルトを頼む」
「王都の中で魔法を使うなんてぇ、大胆ですよねぇ。でも売り上げ的には歓迎ですよぉ」
魔法を使ったということは俺とシャロの会話から理解出来たフィフィだが、ピースフルで働いている身としては売り上げに繋がることの方が重要らしい。
その言葉を残してからフィフィは俺たちから離れて行き、シャロを見れば苺のタルトが楽しみなのかそわそわしながら待っている。そしてフィオナに目を向ければ呆れたように俺を見ていた。
「王都で魔法なんて使おうものなら、なんて言っておきながら普通に魔法を使うのはどうかと思いますよ。あぁ、でも……お二人の会話からそう推測しただけで、魔法を使ったようには見えなかったので問題ないと言えばないのかもしれませんけど……」
「ばれなければ良いんだよ、ばれなければな」
「主様のそういう考えはあまり良くないように思いますよ?」
「その考えで動いた俺のおかげで苺のタルトが今日食えるわけなんだけどな?」
「うっ……そ、それは、その……い、苺のタルトに罪はありませんよっ」
「つまり、罪があるのは俺ってことか。やれやれ、世話役に虐められるとは……」
「えっ!?い、いえ!そういうつもりで言ったわけじゃなくてですね……!」
軽くからかってやるつもりで口にしたのだが、予想以上にシャロが良い反応を返してくれた。
それについつい小さく笑みが零れてしまうが、俺がシャロをからかっているだけということを理解しているフィオナも同じように笑っていた。
ただ一人、からかわれていることに気づいていないシャロだけがオロオロしているがもう少しくらいは良いだろう。からかっただけだと教えてしまえば拗ねてしまうかもしれないが、苺のタルトを食べればきっと機嫌も良くなると思う。なのでもう少し黙っておこう。
「あの、主様!私は主様が悪いとか、そういうことを言っているのではなくてですね!?」
「いや、大丈夫だ。わかってる、気にするな」
「そうですよ。アッシュさんはちゃーんとわかってますよ」
「その言い方はわかってない気がしてなりません!」
俺は当然として、フィオナもわかっているとも。俺がシャロをからかって遊んでいるだけということを。
むしろわかっていないのはシャロだけなのだが、シャロとしては何とか自身の身の潔白というか、俺が悪いと言っているわけではないことを伝えようと必死になっていた。
「先ほどは言い方が悪かったといいますか、その……とにかく!私は主様が悪いとは言っていませんから!」
「なら何が悪かったんだ?」
「え、えっと……あ、主様の、言い方があまり良くなかったような……」
「やっぱり俺が悪いってことだな?」
「ち、違います!主様ではなくて、言い方が……」
だんだんと涙目になり始めたシャロを見て、これ以上はやめた方が良いというか、やめるべきだと判断したのでフィオナに一瞬だけ視線を合わせる。
フィオナもまずいと思ったのか、その一瞬だけで自分もからかう側に回ったことでシャロが泣きそうになってしまったことを申し訳なさそうにしていた。
今回のことは俺が完全に悪いので、シャロを宥めると言うか、落ち着かせるのは俺がやらなければならない。それでも一瞬フィオナにも手伝ってもらおうか。なんて思ってしまったが、あそこまで申し訳なさそうにされては巻き込むことも出来なかった。
「あー……」
「言い方が悪いと言っても、それを言った主様が悪いのではなくて、その、あの……っ」
「いや、俺の言い方というか、意地が悪かったな。俺は気にしてないから、お前も気にしない方が良いぞ?」
「い、いえ!これは私のせいと言いますか、私が不用意な発言をしたせいと言いますか……」
「いや、だから……その……」
自分一人で何とかしようと思ったのだが、はっきり言ってシャロのような純粋というか、真っ直ぐな子供が泣かないように落ち着かせるなんてことはしたことがなかった。泣こうが喚こうが関係なく、こちらの言い分を伝える。ということであれば何度もしたことがあるのだが。
どうしたら良いのかわからずに悩んでいると、こうなったら自分が何とかするしかない。と思ったのかフィオナが口を開いた。
「ダメですよ、シャロさん」
「ふぇ……?」
もはや泣きそうというか、泣き始めていたシャロに対してダメだと言うフィオナはどういう意図があるのかわからずに困惑してしまった。
そんなことを言ってしまえばむしろ子供は泣いてしまうような気がしたからだ。
ただ、そんな気がしただけで、フィオナが続けた言葉は泣くのをやめろという意味ではなかった。
「アッシュさんはシャロさんが泣いちゃうとどうしたら良いのか困ってしまうみたいです」
「私が泣くと、主様が困ってしまうのですか……?」
「ええ、そうですよ。男の人って女の子が泣いちゃうとどうしたら良いのかわからなくてすぐオロオロしてしまうんですよね。ですから、泣かない方が良いですよ?」
「はい……主様を、困らせるわけには、いきません……」
「シャロさんは偉いですね。それに女の涙はいざというときのためにとっておかないと。なんと言っても最強の武器ですからね」
泣かないようにと踏みとどまったシャロに対してフィオナは偉いと褒め、それから後半の女の涙は武器にうということを小声で言っていた。
俺に聞こえないように、ということではなく俺にもしっかりと聞こえていた。どうにも茶目っ気たっぷりに言っていたので、シャロの気分を少しでも先ほどのことから逸らそうと考えてのことのようだった。
その言葉にきょとんとした様子を見せたシャロだったが、フィオナの言葉の意味を理解したというか、意図を察したのか徐々に涙が消え、小さく笑みを零すようになった。
「そうですね、わかりました。私、泣くのはいざというときだけにします」
フィオナの言葉に、同じように茶目っ気を込めて答えたシャロはもう泣きそうにはなっていなかった。
こういうことは俺には出来ないことなので素直にフィオナに感謝すると共に、その手腕というか、手際の良さに感心せざるを得なかった。
ただ、これでとりあえずシャロが落ち着いたことにほっとしてしまった自分がいた。いや、本当に慣れているのは一方的に伝えるだけなので、こうしたことには慣れていないのだ。
もしかするとこれから先、シャロが俺の世話役として傍にいるのであれば、こういった場合の対処の仕方を覚えなければならないのかもしれない。もしくは、からかうにしても引き際を心得るようにしなければ。




