自己確立意識の顕現
『浅瀬亭』に宿をとった事で私は
(ストーカーっぽくない人達がストーカーだという事実を突きつけられるのは精神衛生上良くないかも知れない…)
と思ってしまった。
(でも【千本槍】のメンバーが一緒の宿なのは心強いかな?)
とも思った。
テレンスもランドンも、そして新規メンバーのドウェインも【2倍の加護】持ちのBランク冒険者。
ストーカー的な気質ではないしマトモだし強い。
この世界の人達の強さは
「鑑定では分からない」
と思っていたけれど…。
これまで他の冒険者達の戦闘を観察してきて
「肉体面・物理攻撃面での強さはエクストラスキルによる所が大きい」
と判った。
圧倒的多数の平民が授かる【一部能力向上(微)】では冒険者稼業はやっていけないのだ。
最低でも【一部能力向上(小)】が要る。
中堅冒険者になるのにも【一部能力向上(中)】が要る。
コネもない実力だけの冒険者だと高ランクになるのには【一部能力向上(大)】が要る。
【2倍の加護】はその点特別。
鑑定で【2倍の加護】が見えたら間違いなく戦闘職としてはトップクラスだと思って良いのだと私でも分かった。
ドウェイン・レイヴンズクロフトがソロでやっていけたのも【2倍の加護】のお陰であり、テレンスとランドンに受け入れられたのも【2倍の加護】のお陰だろう。
(まぁ実力に格差があると、強い者が弱い者を一方的に養う形になるものね。同程度の実力を仲間に求めるのが報酬分配とかで揉めずにおけるコツなんだろうね…)
と納得ではある。
「新メンバーを募集するに当たっては試験を受けてもらうようにしてたんだが、それを突破出来たのがドウェインだけだったんだ」
「本当は2名以上欲しかったんだがな。やっぱりスキル格差による実力格差は大きいな」
とドウェインを仲間にした経緯をテレンスとランドンが語った。
「ドウェインさんはずっとソロだったんですよね?どうして急に宗旨替えしたんですか?」
私が不思議に思い素朴な疑問を呈すると
ドウェインは真顔になって
「…これまで仕事で一緒になった時とかの情報に基づく分析で、コイツらが同性のケツに全く興味がない異性愛至上主義者だって確信が持てたからだな…」
とハッキリ答えてくれた。
「…同性のケツ…(うげぇ)」
テレンスが吐き気を催す表情で呻いた傍らで
「…私、よく変な人に後を尾けられるんで、度々思うんですよ。『求められる』ことと『愛され尊重される』ことは全く違うなって。
他人から妙に意識されてネガティブな意味で求められる。そういう事が重なれば流石にそういう事をしてくるタイプの人間が嫌いになります。
何となくドウェインさんの言うことも分かる気がします」
それがドウェインの場合は男性同性愛者であり
私の場合は同年代や歳下の少年達という事になる。
「…面が綺麗で、本当は強いのに強そうに見えない、となるとマリーが言うような『ネガティヴな意味で求められる』って事が起こる訳か?
美形も大変だな。無駄に人間関係が複雑化するだろう?」
ランドンが理解してくれるのが有り難く思える。
「…多分『自分らしく在りたい』という自己確立意識を外面も含めて自己像通りに顕現できてしまう人間が美形の部類に入れられるんでしょうけど…。
そういった自己確立意識の顕現を上手く出来ない人達から見れば、それが出来てる人間が不思議で仕方ないのかも知れません。
こちらは単に自分の主観や感情を尊重してもらいたいだけなのに、それを無視して一方的な興味本位で因縁を付けてくる人達が後を絶たない。
理解できない対象に対して『好奇心』を持って、『知りたい』と思うなら、尾け回したりコソコソ調べたりせず、普通に知り合いになって訊けば良いんですよ。
たったそれだけの礼儀すら守れない人達に対して嫌悪感を持たずに居られるほど、私は寛容にはなれないです」
私がそう言い切るとテレンスとランドンはハッとした表情になった。
「そう言えばエアリーマスに居た時もしょっちゅう誰かに後を尾けられてたんだったな」
「可愛い子に素直に好意をアピールできない内弁慶な男達の悪足掻きみたいなものだろうと思って軽く見てたんだが…」
「本当はすごく嫌だったんです。何で誰も深刻に受け止めてくれないんだろう?て苦痛でした。
それでもあんまり露骨な相手に対しては追い払ってもらってたから有り難かったんですけど。
でも基本的にずっと誰かしら後を尾けてきてて、変な噂を立てたりしてたし…『何でそんな風に、こちらにも感情が有るって事を無視出来るんだろう?』って、本気で嫌でした」
ドウェインが私の言葉を聞いて
(分かる…)
と言いた気に私の肩に手を置いてウンウンと頷いた。
見た目が良くて、ちょっと雰囲気が変わってて立場が強くない人間は、毎度そんなストレスに晒されながら誰からも守ってもらえずに日々を送っている。
そんな事を他の人達は思いもよらないのだ…。
「それより、私がエアリーマスを発ったあと、チェスターさんやクラークさんはどうなりました?」
私が訊くと
「結婚したよ。二人とも」
「あのチェスターの女。ロベリアは、あの後も若くて綺麗な女を見るとネチネチ因縁付けて回ってたみたいだな」
「ああ、あの女。よっぽど若くて綺麗な女が嫌いなんだろうな」
との事。
「娼婦同士の足の引っ張り合いで酷い目に遭ったから、なんだろうけど…。なんなんだろうな、あの手の性悪女の気持ち悪さは…」
テレンスが顔をしかめる。
「…見当違いの相手に復讐する『すり替え報復』をする人達って、ロベリアさんに限らずですよね。
…自己客観性に乏しい人達は『自分よりも弱い相手が幸せなのを見ると、すり替え報復したい衝動に駆られる』んじゃないでしょうか?
幸福の平等、不幸の平等を、自分を不幸にした強者に対しては怖くて望めないから、怖くない相手に逆恨みで因縁を付けてるように見えます」
私がそう言うと
「なるほど。そう言われてみれば納得できるな。ああいった手合いに対して感じる気持ち悪さは『恨む筋合いも憎む筋合いも無い相手を本気で恨み憎んでいる』ヤツらの心の在り方の不自然さに対する違和感なんだろうなぁ…」
とテレンスが頷いた。
「要はナメられてると逆恨みで因縁を付けられるって事か…。性悪な連中は本当に嫌なヤツらだな」
ランドルも顔をしかめたので
「親切にすると『優しい=弱い』と見做されて一方的に因縁を付けられる事がある、という環境が出来上がってしまうと、人は単に他人に優しくするって事さえ控えなきゃならなくなります。
本当は誰彼構わず優しくできて誰からも因縁付けられずに、好意の返報性を相互的に繰り返して良好な対人関係が作れたら一番ストレスもなく幸せでいられるんですけどね…」
と私も言葉を付け足した。
最初は私もロベリアと仲良くしたいと思ってたし
盗賊や海賊を殺すのもどうかと思っていた。
(まぁ、人倫的綺麗事を貫くなど無理だったけど…)
「…まぁ、そうなのかもな?だがマリーが誰彼構わず優しくしたら『俺に気が有るんだろう』とか勘違いしたヤツがウジャウジャ湧いて対人関係がストレスフリーになる事は無さそうな気もするが…。
『性的関心を向け、積極的に肉体関係を持ちたがる』ことが『相手を餌扱いした捕食攻撃』で『因縁を付ける』行為の一環だと見做すなら…。
コチラをどこかナメててそういう捕食攻撃をしてくるんだろうな…」
と宣うテレンスは、性的関心を積極的にアピールする肉食系女子が苦手なのかも知れない。
「…相手の感情を無視した一方的な欲で因縁を付ける、という行為を『ただ好意を表現してるだけだ(嫌われるような事はしてない)』と本気で思ってるヤツらもいるんだよな…。
その手の男にケツを狙われるとコチラは本気で男色家全般を呪いたくなるんだが…」
ドウェインがそう言うと、テレンスとランドルが憐れむような目を向けた…。
因縁を付けられる側からすると、本気でトラウマになりそうになるのに
因縁を付ける側は何故かそれに全く気が付かないのだという…。
世の中の不条理を私達はしんみりと痛感した…。
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翌朝、私が冒険者ギルドに行くと久々に指名依頼が無かった。
(やっと公衆浴場と公衆トイレの清掃が受けられるな…)
と思ったが、新人冒険者用の寮を出た後なので、魔法を使って徹底洗浄しても自分自身への恩恵の還元はない。
宿屋のトイレは清潔で、宿泊費とは別料金を払えば浴室利用できる。
なので私が公衆浴場と公衆トイレの掃除をする必要はないのだが
(ボランティア感覚でやっておいても良いかな…)
と思った。
(使う時もあるかも知れないし…)
なので善は急げとばかりに依頼を受けて公衆浴場へ向かった。
「冒険者ギルドから来ました」
と公衆浴場の管理人室へ出向くと
「初めて見る顔だね。掃除の仕方は分かってるんだよね?」
と年輩のオジサンに不安がられた…。
「これまでも清掃の仕事はこなしてきてます」
「それなら良いが…。(ハァッ)初めての人の時は掃除道具置き場も教えなきゃいけないから面倒なんだよ。できるだけ同じ人が続けて受けてくれると良いんだけどね。その辺、冒険者は融通を利かせてくれないみたいだねぇ」
(「いつも同じ人に来て欲しい」のなら指名依頼にすれば良いのにね…。「指名依頼にすると余計に依頼料が掛かるから指名はしない」のなら、そういう文句は言う方が間違ってるんじゃないのかな?)
内心イラッとしたが、安い金しか払わないくせに色々文句を言いたがる人は多い。気にしたらキリがない。
「こっちだよ。ついて来なさい」
管理人について行くと浴場の入り口を過ぎた所に
「用具入れ」
と書かれた扉があった。
「誰も盗らないだろうとは思うけど、掃除道具はこの前買い直したばかりだし、一応用具入れにはカギをしてるんだ。ダイヤル式で四桁の数字を合わせる。『1126』と覚えておいておくれ」
そう言いながら管理人が用具入れの扉を開けるとーー
「あれ?…」
柄の折れたデッキブラシが一本有るだけで、他に洗剤もバケツも雑巾も見当たらない…。
(これでどうやって掃除をしろと…)
私が首を傾げると
「…冒険者ギルドに問い合わせして前回来た冒険者の名前と経歴を確認するから、ちょっと待ってておくれ」
と管理人がバタバタ管理人室の方へ引き返して行った…。
清掃の依頼で物を盗む、という事件は実のところ多い。
「清掃時に清掃者が盗んだ」
と立証できない事が多いからだ。
量産品の道具などは古道具屋に売り飛ばされてしまえば
「盗まれたものだとは限らない」
と古道具屋が言い張る。
「盗品を買い取った」
と罪に問われ
「買い取った品も没収される」
など大損だからだ。
そういった事情もあり一点物の高級品より新品の量産品のほうがよく盗まれる。
しばらくして管理人が古い掃除道具を持ってきた。
「以前使ってたのをまだ捨ててなかったんだ。助かった…」
と言って私へ手渡した。
「掃除が終わった後に、ここの用具入れに入れて鍵をしておけば良いんですね?」
と私のほうでも確認しておく。
「そう。変なこと考えないで頑張って掃除しておいておくれ」
と言ってから管理人は私へ背を向け、ブツブツ何か小声で呟きながら去って行った…。
(大丈夫なのかな?あの管理人…)
微妙に不安に思いながら女性用の脱衣所へと入って、思わず唖然となった…。




