フィランダー視点:8
その日ーー
王太子であるフェリックス兄上が何故か俺の所へ訪ねてきた。
次兄のファーディナンド兄上は俺と二つ違いで歳が近い事もあり子供の頃からよく遊んでくれたが、この人の場合は俺より六つも歳上でほぼ関わりがなかった。
一応行事の度に顔を合わせるので、ちゃんと「家族だ」とは認識してるが…
下手したら父である国王よりも疎遠かも知れない。
とにかくそのくらい関わりが薄い。
そのフェリックス兄上が急に
「可愛い弟よ」
だのと言って擦り寄って来たら普通に怖い。
「…一体、何の用ですか?」
俺が不審者を見る目を向けてやると
「うん。ちょっと気になる事があるってブルーノが言って来てるんだけど、王立学院に関する事なんだ。
君は卒業して間もないから在学生にも知人が多いだろうけど、私は卒業して六年も経ってる。
今更、王立学院が抱えた爆弾を私が処理しようというのも畑違いなんじゃないかと思ったんだよ」
と事情を話し出してくれた。
因みにブルーノとはフェリックス兄上の近侍だ。
「君も知っての通り、王立学院は全寮制だろ?だから毎年、親の目を離れた学生達がアレコレ不祥事を起こす。
君の在学中も麻薬を学内で売り捌く売人が湧いてたし、私の時はマルセル王国の公爵令嬢が私との婚姻を取り付けようと留学してきたりもしていた。
放置していたら大問題になりかねない事案が毎年毎年何かと起こるものだ。
そしてどうやら今度は野放しの【魅惑】スキル持ちが入学して来るという事らしいが、驚くべき事に学院側は対策をどうするか未だ検討すらしてないんだそうだ」
「あ〜…。何か分かる気がします。…どうせ『可愛い女の子がちょっと色目使って高位貴族の令息達を誑かしたからって、それの何が問題なんだ、世間知らずの令息達が女性経験を積めるんだからかえって良い事だろう』みたいな意見が多くて、全く問題視しようとしない人達が多いんでしょう?」
「話が早くて有り難い。…もしかして君、お忍びでかの令嬢と接触を持ったりしたのかい?」
「接触しようとして接触したんじゃなく、たまたま彼女の男漁りに連れだった護衛騎士とウィングフィールド公子が釣られてしまっただけですよ」
「そうか、そうか。それで?どう思った?」
「どう思ったも何も。【魅惑】スキルなんて水妖みたいな精神干渉攻撃でしょう?そのまんまですよ。
『精神干渉攻撃をする魔物に遭遇した』『精神干渉攻撃を受けた』『レジストしようとして上手くレジストできた』『レジストできなかったヤツは脳を弄られたみたいに魔物に好意を持って言いなりになった』
まるっきりその手の魔物にエンカウントした時と同じ事が起きたと言えるんじゃないですか?
相手は一応人間なんで、その場で殺される事態にはなりませんでしたが…婚約者とかがいる令息がレジストできなければ既存の人間関係が破壊させられますよね。立派に人心分断されてしまいます。
王家に成り代わろうと共謀してるような連中が色ボケトラップに引っかかって仲違いする分には歓迎ですが…。
色ボケ魔物は誰彼構わず惑わせようとするでしょうし、こちらの都合に従ってくれたりもしないんじゃないですか?」
「…そうだね。私も『王家を廃しようとする反王家勢力の連中を仲違いで解体させるのに利用できないものか?』と一瞬考えた。
でも多分くだんの令嬢自身は人々の絆や信頼関係を壊してる自覚もなく、単に次々男に惚れられて恋多き女になってるだけのつもりだと思う。
ゆえに制御は不可能。問題を起こさせない為には罪を捏造して女しか居ない女子修道院へ押し込めて外へ出られなくするしかない」
「本来ならメイクピース侯爵家が娘を女子修道院送りにしておくべきだったと思うんですが…」
「【魅惑】スキルの影響下に置かれた者達は平気で事実を歪める。メイクピース侯爵は長女のダミアナを女子修道院へ送る事にしたらしい。
『人目を隠れて次女を長年にわたり虐げていた』という事になったようで『傲慢な性格の矯正に必要な措置』なのだとか」
「気の毒ですね。妹に婚約者を盗られて、挙げ句に妹を虐めていたと濡れ衣着せられて修道院送りですか…」
「精神干渉が為された場ではそういう不条理が罷り通るからこそ、それを警戒すべきだと思うのだが、『自分が不条理で煮湯を呑まされる側』じゃないと、それがどれだけ強烈に誠実な人間関係を破壊する攻撃なのか理解できない者も多い」
「まぁ、色ボケ魔物が雌だと、男からすれば『求められる側』であって『陥れられ奪われる側』ではないですからね。
こういうのは性別を入れ替えて考えてみるべきなんですよ。
雄の色ボケ魔物が女性を次々虜にして世の男達は次々自分の恋人や妻を寝盗られ、しかも盗られた自分の方が悪者に仕立て上げられ排除されて、周りの者達がその異常さに気付いてくれない場合にどう思うのか、と」
「王家はある意味で『王家に成り代わろう』と奸計を廻らす連中に対して常に受け身で対処し続けてるからね。
自分達がターゲットにされて振り回される事態への警戒心は、逆にこちらをターゲットにして仕掛けて来る連中よりも強い。
人間、『自分は他人をハメて陥れる側だ』と捕食者目線で居続けると、逆に他人から被食者として見られていても気付きにくくなるものだ。
我々はその点では目覚めている分、受け身ポジションでの対処能力に恵まれていると言えるだろう」
「正直、俺も『自分は他人をハメて陥れる側だ』とか捕食者ポジションで生きてみたい気がしますよ。絶対、受け身で対処するより面白そうだ」
「そうだね。頭脳犯と探偵とでは頭脳犯のほうが常に活き活きとしていられるのだろうねぇ。
でも皆が皆、そう思うからこそ面白くもない探偵ポジションで後手に回った事実探求を誰かがしていく必要があるんじゃないか?
案外、犯罪・陰謀というものに能動的に関わる罪人達はそこまで頭が良くないんだよ。特に社会的裁量権が大きければ工夫も大して必要がない。
自分の頭脳を限界ギリギリまで酷使して手掛かりの少ない中で真実を暴く側の方が余程頭が良い。
面白くもないつまらない勧善懲悪人生というのは『犯罪者よりも犯罪看破者の方が頭が良い』という矜持があるから納得できるものだと思うね」
「でもそういった『犯罪者よりも犯罪看破者の方が頭が良い』という事実も当人以外の誰も理解してない環境では矜持になり得ないのではないですか?」
「ん〜。どうだろうね。私は人間の意識というのは身近な人達から影響を受ける部分と、全く人生で関わりのない筈の何かから影響を受ける部分とがあると思ってる。
生まれた時から王太子として命を狙われ続けて何度となく殺されかけて死にかけたからか…私は今言った後者の部分が強い気がするんだ。
殺人未遂であれ自殺未遂であれ『死にかけて生き延びる』という体験の中には通俗的人生の基盤そのものを相対化させてしまう視点を培わせる何かがあると思う。
だからこそ私は物の価値を知らぬ人達だらけの中で自分が誰にも見つけてもらえない埋もれた宝だとしても絶望はせずに済む。
フィル君は他人に認めてもらえなければ苦労なんて意味がないと言いたいのだろうけど、それは君が他人の評価基準や多数派の世界観を絶対視し過ぎてるから起こる錯覚なのだと思うよ。
人間は究極的には自分自身を導く星や高次元の自分自身を納得させる生き方をする以外では悉く無価値に成り果てる存在だ。
カードゲームをした際の負けカード。つまりは役無し、ブタのようなものに成り果てる。
そうならないように自分自身の宿命の星に導かれるままに悪との闘いを意識して生きるのも、それはそれで生き甲斐はあるものだよ」
フェリックス兄上は今日の天気の話でもしてるかのように飄々と人生論を口にする。
(…前々から「変わってる人だ…」と思ってたが、やっぱり掴みどころがないな…)
と思った。
だがこの人の言わんとする所も分かる気はするのだ。
フィランダーとしての人生はそれなりに暗殺の危機に見舞われる人生だったものの、この兄ほどに死と隣り合わせだった訳じゃない。
それでも前世の記憶がある。
死を越えて俺は此処に居る。
「神様にお願いされてチート貰って転生!」
みたいなラノベ風の説明があった訳でもなく、気が付いたら今の自分になっていた…。
何の説明もなく自分の意志でもなく知らない人間になっていて、その人間のそれまでの記憶もある。
そういう状態は正直怖い。
自分という存在が根本から第三者に勝手に弄られているのだと判りゾッとする。
自分以外の誰かが俺という主観を維持した魂を勝手にこの肉体に、この人生に、移し替えたのだ。
「次は食肉用の動物にでも転生させられるのかも知れない」
という恐怖がまざまざと起こる。
人間が自分という存在の無力と不可抗力的に降りかかる不条理に恐怖するのは知性があるが故だ。
知性があるが故に恐怖すべき不条理を恐怖できる。
そのお陰で調子に乗る事も出来ず、悪事を働く気にもなれない。
といっても、この世界にはインターネットもネット端末もない。
「端末のデータのバックアップを取っておけば端末を買い替えても同じ仕様で使える」
というソフトウェア面のダウンロード・インストールによる復元作用をこの世界の人達は知らない。
「人間の意識も肉体を乗り換えて持続できる(転生する)」
可能性に全く気がつかないのだろう。
地球世界の場合はインターネットもネット端末も普及してたのに「転生」「主観意識の持ち越し」という現象が不随意に起こる可能性に関して本気で心配する人達がほぼいなかったのは本当に謎だ。
そういった面では人類総白痴化でも起こるように変な洗脳でもされてたのかと疑問に思う。
ともかく転生などないと思い込んでる人達は
「社会的に裁きを逃れればそれ以外では何の罰も無い筈だ」
と本気で信じ込み、自信満々に悪事を行い調子に乗ってしまえる。
どこまでも罪深くなってしまえるのだから本気で始末に負えない。
そして何というか…
「間違ってる人間達が圧倒的多数だと、絶対自分は間違ってない筈なのに、自分のほうが間違ってるかのような錯覚に呑まれそうになる」
のだ。
俺はフェリックス兄上の言う
「自分自身の宿命の星に導かれる」
という感覚は全く分からないが…
俺にも
「自己確信が必要だ」
という事は分かる。
フェリックス兄上の自己確信は俺にはよく分からない超自然的な何かなのだろうし…
俺にとっての自己確信は
「無力だった前世の生き方に引きずられたくない」
という事だ。
俺は自分の自己確信を示すつもりで
「…俺は兄上と違います。自分だけ突き抜けて時代に先んじて、その時代の誰にも理解されずとも矜持を保つような孤高を良しとはしません。
俺は時代も大衆も置き去りにせずに『一緒に悪と闘っていきたい』と願ってしまうタチのようです」
と言ってやった。
「…そうなんだね」
「でも、今はとりあえずは同じ目標に向かっていけると思ってます。…【魅惑】スキル持ちが引き起こす人心分断が来たるバールス戦において致命的な団結力の解体にならずに済むように、と危惧してらっしゃるのですよね?」
「うん。その通りだよ」
「俺の近侍の一人を王立学院の臨時講師として潜り込ませておく事は可能かと思います。
それで情報は得られますので何か起きた時には速やかに対策を講じる事もできます」
「ファド君が(ファーディナンドが)既に陰は忍ばせているけど…。そうだね。君の方でも独自に情報を得る手段を持っていた方が良いかもね。
陰の側でも物の捉え方に個人差がある。実際には大した出来事が起きてても『大した事は何も起きてない』と認識してその認識通りに報告する者もいる。
我々が得た情報の真偽を見抜くには多方面から情報を仕入れた方が良さそうだ」
「…精神干渉が絡む事案だと特にそうだと思います」
「分かった。その件ではまた後日、情報の擦り合わせを行う事にしようか」
フェリックス兄上が懸念しなければならない事案は多岐にわたる。
彼は話を終えると次のスケジュールに追われてそそくさ退席した。
(…「兄上と違います」という言い方は流石にキツい言い草だっただろうか…)
と少し自分の言葉に自分で傷ついたが…
かと言って、自分が間違った事を言ったとは思えなかった…。




