薬材商ギルド
冒険者ギルドで依頼達成票を提出すると、ヤーノルドの通告通り報酬金額が最初に提示された金額より若干多かった。
嬉しい。
報酬額にホクホクしながらも
(何度も指名依頼が来るとは限らない)
と思ったので
(…今後はEランクの依頼を地道にこなしていく事になるのだろうな…)
と覚悟していた矢先ーー
「薬材商ギルドから指名依頼が来てます」
と言われ、またもギルマスの執務室まで呼ばれた。
だが執務室に入ってもギルマスは書類から顔を上げずにデスクワークに専念していて、声を掛けて集中を切らせると怒られそうだと思い、そのまま待つ事にした。
(聞きたいことを聞ける雰囲気でもないな)
と私は早々にギルマスとの対話を諦めて、気配察知の練習を始めた。
ギルド会館内の人の配置と動き。
それらを可能な限り自分の感覚の中で再現して
「揺らぎ」が生じた所に意識を集中する。
(ああ、やっと誰か来たか…)
と思ってから10秒後に執務室のドアがノックされた。
ドアが開けられると同時にギルマスが
「お前の客人だ」
と端的に告げ
入室してきた50代くらいの男が
「お嬢さん、初めまして。薬材商ギルド・ハートリー支部ギルドマスターをしておりますモンティス・ハーツホーンです」
と、髭をいじりながら挨拶してきた。
「薬材の薬効を上昇させる効果を持つスキルをお持ちだとか?お話を伺い、もしも本当なら是非ウチで働いて頂きたくて指名依頼を出させてもらいました」
視線はジロジロと商品を値踏みするような感じだ。
「…そうなんですね」
「ウチは【鑑定】スキルを持つ職員がおりますので、薬効の上昇も確認が取れます。
似たようなスキルを持つと自称する者も今までにも何度か売り込みに来たことがありましたが嘘はすぐに判ります。
今回は当人の自己アピールではなくサックウェル伯爵家からの紹介という事なので大いに期待しておりますよ」
(…詐欺を疑う気持ちは分かるけど、それを今、初対面で露骨に仄めかす人って、こちらから見た第一印象とか心証とか全く気にしてないんだな…。「ムカつかせても立場が弱いから我慢する筈だ」とか思い込んでるんだろうね…)
と、少し気が滅入った。
(「ハーツホーン」ね。覚えておこう…)
と思いながら、少し何か引っ掛かるものを感じた。
(「ハーツホーン」姓の人…。これまでに会った事があったっけ?)
私が物思いに耽る暇もなく
「先ずは今日は仕事の説明と能力の証明のためにウチのギルドまでお越しください」
と言われてモンティス・ハーツホーンに連れられて薬材商ギルドまで向かう事になった。
薬材商ギルドに着くなりメリガンという職員と引き合わされた。
「今日はどうぞ宜しくお願いします」
とメリガンは深々と頭を下げた。
ギルマスのモンティスは
「結果が出たら報告を」
とだけメリガンへ言い残してサッサと自分の仕事に戻ったようだった。
「今日は正式に依頼して来て頂いている訳ではないので、報酬をお支払いする事が出来ません。
マリーさんの能力に関する簡単なテストを幾つか受けていただく事になりますが、出来るだけ手短かに済ませたいと思います」
そう言われて頷いた。
(「能力不充分」とか「詐欺だ」とか思ってもらえたら指名依頼も取り下げられて二度と此処に来なくて済むのか…と思うと、手を抜きたくなるなぁ…。他の仕事で需要があれば治癒系魔法は使わずに済むし…)
と、微妙に誘惑を感じる。
治癒系魔法を使わずに済ます誘惑を。
派閥だの庇護だの最近は本気で煩わしく感じる。
いっその事国外に出るのもありかも知れないとさえ思いそうになるのだ。
(薬材に治癒系魔法を付与して需要が出ると、益々面倒な事になる気がする。目の前で病人が苦しんでるなら見捨てる事に罪悪感を感じるかも知れないけど、見ず知らずの赤の他人が何処かで苦しんでるのだろうと思っても、イマイチ何かしてあげたいという気にはなれない…)
メリガンはモンティスと違って人間的にできていて他者への配慮ができる人のように見える。
メリガンに連れられてゆくとドアプレートに
「検品室」
と書かれた部屋についた。
中に入ると人はおらず、麻袋から出された薬材がテーブルの上に並べられていた。
「ここは私の仕事場です。マリーさんへの依頼が決まったらマリーさんの仕事場にもなります」
「検品する所ですか?」
「ええ」
「袋詰めされてる薬材を全部見るとか?」
「いいえ、それはありません。流石に全てを見る事はできないので、仕入れ先ごと、薬材の種類ごとに品質を見て、買値・売値の既存の値段が妥当かどうかを検討する訳です」
「スキルで薬材の薬効を上昇させたら売値を上げる事になるんですよね?」
「はい。その分がマリーさんへの給金に回される訳です」
「なるほど」
定量ごとに分けられて麻袋に入れられている薬草には、まだ青々してるものと、乾燥済みのものとがあった。
「これに対してスキルを使えば良いですか?」
「はい。お願いします」
口頭指示で魔法発動するより半透明タブレット画面のショートカットコマンドで魔法発動する方が手っ取り早い。
「傷治癒」
「浄化」
「傷病回復」
「状態異常回復」
「解毒」
を目の前の薬草に付与する。
生の薬草と乾燥薬草の双方に均等に魔法付与できたと思う。
「鑑定してみますので少々お待ちください」
と言ってメリガンが薬草を凝視して
「鑑定」
と呟く。
スキル名を口にして任意で発動させるタイプのスキルらしい。
ふと
(人間に対しても鑑定できるのなら、それはそれで困るな…)
と思った。
魔法の鑑定でステータスとかは出ないが、年齢や名前やスキルは出る。
(私が鑑定されたら【魔法】スキルがバッチリとバレる気がする…)
「ーー【治癒】効果が複数付与されているようですね。スゴイです」
と感心しているメリガンに対して
私は
「メリガンさんは人間に対しても人物鑑定できるんですよね?」
と不審の目を向ける。
「…マリーさん。私は貴女が思うよりずっと不測の事態を恐れる慎重な人間です。私は貴女のスキルに関して尋ねられても、『薬材の薬効を上昇させるのに役立つスキルをお持ちです』としか答えないでしょう。
世の中には欲深い人間が多くいて、そういった人間は欲を刺激されると予測できない行動を起こしたりするものです。
私はそういった事態を望みません。ギルマスがマリーさんに【治癒】スキルがある事を望み、それ以上のものを期待していないなら、わざわざ欲を刺激するような情報を渡す必要性がありません。
貴女が心配なさるような事を私はしないと、私の命にかけて誓えます」
「…命かけて良いんですか?」
「はい。信条は曲げません。誰かが過剰な欲をかいたりしなければ、今後このギルドが小売店や薬術師へ卸す薬材に【治癒】効果が付く事になります。
ですが、不測の事態が起これば、そういった望ましい流れが断ち切られてしまいます。私はそれを望みません」
「そうですか…」
「ええ。そうです。なので何も心配せず雇われる気でいてください。不審に思われた点は何でも訊いてくださって構いませんよ」
「『不審』って…。私が不審に思ったのもバレバレだったんですね」
「【鑑定】スキルは他人から恨まれやすいスキルなので、他人をよくよく観察して使わないと身を滅ぼしますから、他人の内心を把握するのは得意です」
「レアスキル持ちは充分な保身能力が無いと、スキルのせいで生き辛くなる事は分かります」
「ですよね」
「不審という程ではないんですが、どうして乾燥した薬草と生の薬草の両方に【治癒】効果を付与させられたんでしょう?」
「乾燥前の薬草はこれから乾燥させますが、乾燥させるという手順を加える事で付与された薬効が消えるかも知れないという可能性を考えました。
もしも乾燥させるという手順を加えても乾燥後に【治癒】効果が付与された薬草と薬効に変化がないなら、乾燥前の薬草もマリーさんのスキルを使っていただく対象に加える事ができます」
「思ったんですけど、何か工程を加える事で付与した効果が消えるなり薄れるなりするのなら、薬術師ギルドで扱ってる薬を取り寄せてそれに【治癒】効果を付与するしか人々に【治癒】効果を届ける手段がない気がするんですが…」
「それは多分、大丈夫だと思います。マリーさんがエアリーマスの冒険者ギルドの診療室で【治癒】効果を付与した薬材を取り寄せて私のほうで調薬してみましたが、ちゃんと効果はありました。
ですが効果はあっても、元々の効果より落ちている可能性はあります。【治癒】効果の付与後に何か工程を加えるごとに効果が落ちるなら、それがどのくらい落ちるのか、今後試していけたらと思ってます」
(抜け目の無さそうな人だ…)
と思ったが、メリガンのような慎重なマトモな人間が抜け目ない事は、ズル賢い人間が抜け目ない場合より、ずっとマシなのだ。
私にとっては特に…。




