間話
ヤーノルドのほうでは管理人室に戻るとマリーから預かった服へと顔を埋めて
「ハァァァーッ。美少女の匂いだぁぁ…」
と感動しながら思い切り息を吸い込んだ。
(それにしても思った以上に可愛い子だったなぁ…)
とマリーの容姿を思い出す。
公爵城でレアスキル持ちの平民女子を働かせるという事は
「見染める者が出てくる」
のを見越してのものとなる。
先代公爵のギデオンが孫息子達の側室候補にと既に2人平民の女子を城に引き入れて侍女として働かせている。
勿論、公爵家令息達が彼女達を気に入らなければ側室候補などという当初の目的は意味を無くす。
爵位持ちの各貴族家の長男が何かと公爵城に呼ばれているのも、公爵家令息達が「平民の女など要らない」と判断した時の引き取り先候補としてのもの。
レアスキルは遺伝するという考え方があるので「性格的に合わない」としても「子供を産ませる」ために側室にする可能性はある。
マリーの【治癒】スキルなど何処の貴族家でも欲しがるものであり需要が高い。
(既に城で囲われてる子達は見た目はそこそこで愛嬌良しだったのに対して、マリーは流石はウィングフィールドの庶子。態度に隙が無いというか、愛想がないというか、一緒にいて楽しい感じはしないけど、顔立ちはまるっきり天使だった…)
「愛想なしの美少女が、お世辞で持ち上げられるのに慣れきったワガママ放題の貴族家嫡男から見て需要があるかどうかは微妙だろうなぁ」
と独り言のように自分の考えが言葉として漏れた。
「くれぐれも手を出すな」
と言い渡されているのは、そういった側室候補云々の問題があるからだ。
(ボンボンどもが、あの子を「要らない」と言えば、堂々と手を出せるんだが…そういうのはボンボンどもとの「引き合わせ」が終わった後の話だろうから、何ヶ月も先になりそうだ…)
(「嫁として欲しい」と言っても、欲しがる奴は大勢湧きそうだ。レンさんやリーヴァイみたいな女たらしが食い付いてきたら面倒だし。…「ワンチャンあればそれだけで満足」とでも思ってたほうが良いのかもな?)
今の季節は気候も温暖だ。
騎士団も森での野営訓練やら魔物討伐・盗賊討伐で忙しい。
寒い冬には魔物も盗賊も鳴りを潜めるが、暖かい時節は活動も活発。
正直、愛だの恋だのにうつつを抜かす暇はない。
幼馴染みだの
親が見繕った見合い相手だの
そういった相手と頃合いを見計らって所帯を持つのが
忙しい戦闘職の人間の結婚の実態だ。
異性を見る基準も
「手頃な値段で少しでも品質の良い商品を買いたい」
と願うのと同じ視線になってしまう。
そういう冷めきった環境の中でも
「レアスキル持ちの美少女」
のマリーは充分に魅力的に見えた…。
「手の届く範囲の値段でとびきり質の良い一級品が買える」
時と同じ高揚感を感じる。
好きとか、恋とか、そういう気持ちは分からないまでも
(ああいう子から選ばれて惚れられる妄想は楽しいよなぁ〜)
と欲だけは感じる。
…ヤーノルドは自分でも
「恋愛などできる人間ではない」
と自覚している。
そもそもが大衆に対して少なからず嫌悪感を感じている。
(大衆は愚かだ…)
この世の常識や知識には恣意的に嘘が組み込まれている。
大衆はそれを見抜けない。
例えば実質的に権力に連なる者達の間では
「我々の住む惑星が太陽の周りを公転している」
という地動説がとっくの昔に常識になっている。
だが大衆の間では
「太陽が我々の住む大地を照らすべく昇っては沈んでいく」
という天動説が未だ常識のまま。
そして今後もずっと大衆の間でその嘘が採用され続ける。
要は、大衆は「現実認識」でさえ事実と異なる虚構を信じさせられるし、一度でも信じ込まされたら延々と信じたままになる。
社会を動かす
社会を創造する
その際に必要になるビジョンを
「実現可能に描く」
に際して
「現実認識が実際の現実とかけ離れている」
ならば上手く現実可能なビジョンは描けない。
よって
「事実と異なる事柄を真実だと信じ込んでいる大衆には社会創造も社会リードもできない」
のである。
そしてそれこそが目的で
「大衆は現実認識の面で様々な嘘をあの手この手で刷り込まれる」
のだ。それこそ多方面の権力や秘密結社から。
それは
「星座を読んで方角を知る知識のある者しか航海士になれず舵取りも任されない」
「敵対者側で航海士が育たないように航海士に必要な知識を秘匿する」
事と似ている。
権力派閥自体が結社のようなものだが、その中にも更に主要メンバーだけの結社がある。
更にその中でもまた本当の主要メンバーだけの結社がある。
権力派閥内の主要メンバー結社に入れば、それこそ社会創造・社会リードのための現実認識として、虚構を剥ぎ取った事実を事実だと知らされる。
秘密結社は本来なら選民思想の差別者による共謀組織ではない。
(そういう状態に堕ちているものも多そうだが)
秘密結社は本来なら
「社会創造・社会リードという舵取りを任される『運命の航海士』の人材育成のためにある組織」
なのである。
勿論、そうした意義は度々失われるものなのだろう。
今の時点ではハートフィールド公爵派は秘密結社を上手く運営していて
「どんなバカが公爵位に就いてもハートフィールド公爵派が立ちゆくように」
派閥全体をフォローしている。
その一翼であるサックウェル家の自分からすれば…
大衆は余りにも現実認識が迷信と自己正当化妄執に堕ちていて
リスペクトできる要素が見当たらない…。
大衆は刷り込まれた嘘の現実を本当の現実だと思い込み続け
「何故自分達は虚構の現実認識を刷り込まれているのだろうか?」
という疑問に辿り着くことすらない。
脳に問題があって知能の程度が低いなどという訳ではないのだろうが…
意識の使い方に洗練性のカケラも感じられないし
内面的魅力を感じる事もない。
穏やかな気質や暖かい人間性で他人を包み込んでやれる母性には知性は不要だし
美しい平民女性の愚かな母性は社会に必要なのものだろうが
そうした母性に魅力を感じるのは人間が幼児である間だけだ。
マリーに対して「見た目だけ」気に入ったが、それ以上のものを期待はしていない。
人間、自分が知性的で現実を現実として認識できていればいる程
「同じレベルで語り合える仲間以外の者に本当の意味で惹かれる事は難しい」
のである。
異性に対しても見た目や能力のレベルと性的魅力以外の要素を感じてやれない。
美しい家具や便利なレア魔道具を
「欲しい」
と思うのと同じ感覚で
「欲しい」
と感じるだけだ…。




