携行食
セルデンが直ぐに戻ってきて、味のないクッキー、味のない麩のようなものを出して
「食べてみてください」
と言うので食べてみたが…
「…1食くらいなら、これでも良さそうですが…3食これを10数日食べると思うと、かなり素っ気ないのでは?」
と素直な感想が口を突いて出た。
変に美味しいだのとお世辞を言うと売りつけられかねないので、意見に忖度を交えてはいけないのだ。
「飲食物は排泄物や体臭にも影響しますので、これを考慮すると、長時間の潜伏を前提とした食料準備となると、こういうものになってしまうんです」
とセルデンから言われても…
「そもそも栄養面でも偏るのでは?」
という疑問も浮かぶ…。
「依頼遂行期間の間だけの我慢、という事で」
「…あぁ〜。だからベテランの人達はこの依頼を嫌がってたんですね…。一部の人達は表情が死んでましたよね…」
「…ははは…」
セルデンも表情が死んだように遠い目になった。
セルデン自身も味のない穀物だけで過ごすのは楽しくないのだろう。
「…それではマリーさんの方で美味しくて匂いもせず体臭や排泄物も臭くならない携行食を検討してくれませんか?」
「…そうですね。…肉や魚は控えて、その分の栄養を豆や野菜で補うようにすると、体臭や排泄物の匂いも『馬のものと紛れる』ように多少は変化させられるかも知れませんが。
一番良いのは匂いを吸着してくれるような物質を一緒に積んでおく事じゃないですか?炭が匂いを吸着してくれるのはご存知ですよね?」
「炭?ですか?炭が匂いを吸着してくれるんですか?」
「…えっと、あまり知られてないのでしょうか?」
「私は知りませんでしたが」
「そうなんですね。私が以前働いていた屋敷では観葉植物の根の部分に目立たないように炭を置いて、室内の匂いを取るようにしていました。
あと、火を消した際に出る煙の匂いでも生活臭が紛れます。
暖炉のある部屋と、そうではない部屋とでは感じられる生活臭の程度が随分と違いますよね」
「…そうだったんですね。…流石は東部貴族筆頭のウィングフィールド公爵家の使用人ですね。その辺の有象無象の成金に仕える使用人とは家事も知識も雲泥の差ですね」
「………」
(…聞き間違いかな?…今、出てきちゃいけない単語がこのオジサンの口から飛び出たような…?)
…マジマジとセルデンの顔を見つめると…
何故かセルデンが顔を赤らめてから
「…【千本槍】の皆さんから聞いてらっしゃらないんですか?マリーさんはフェザーストン支部の方で捜索依頼が出てるんですよ?」
と衝撃の事実を告げた。
「………はぁ?!」
「ご存知なかったんですね?」
「いや、一体誰が捜索依頼を出してるんですか?まさか公爵が?」
「いえいえ、公爵家の使用人のリックという若者が依頼を出していて、依頼料が王都の娼館の主人から出てる事が分かったので『ローズマリー嬢は郊外で魔物に襲われて亡くなっている』という捜索結果を提出した方が良さそうだね〜って話になってます」
「…あの、…死んだ事にできるんなら、お願いします」
「ほお、…本名がローズマリーだって事は否定しないんですね?」
「…そこは否定しても無駄なんじゃないですか?そもそもマリーはローズマリーの略称だし、略称で冒険者登録しても規約違反にはならないのは確認済みです」
「成る程。ちゃんと色々考えてらっしゃるんですね?」
「冒険者ギルドの規約は目を通しましたが、この国や東部特有の法整備や法適用は知りません。
孤児に関連する取り扱いが法的にどんなものなのか分からないんで…正直、逃げ出した事が違法なのか合法なのかさえ分からないんです。
『孤児は親に捨てられた時点で奴隷のように働いても給金ももらえずに、飢えずに済む程度の餌だけ与えられて延々と搾取されなければならない』
というのがこの国全体の法律なら、私はこの国自体から逃げなきゃならないと思いますが、そこまで非道な法律が定められてるとは思えないんですよね。
というか、国の偉い人達は孤児とかどうでも良くて、特に何も定めていないんじゃないかと思ってるので、私があの屋敷から逃げても法的に何ら問題はないと思うんですけど、どうですか?」
「はい。おっしゃる通りです。ただ働きさせていた、契約関係のない奴隷扱いの孤児が逃げても法的に問題はありません。
奴隷契約が成立している奴隷が労働から逃げ出すと犯罪に該当するので、それだと公的に探し出されて鉱山に送られるなり、処刑されますが…。
孤児に関しては実質的に奴隷扱いされていたとしても契約書もなく、契約関係も存在しないので、その身柄に関する権利は何処にも属していません」
「なら、リックが私を捜索する権利などないですよね?」
「はい。寧ろ犯罪者が標的を搾取するために居場所を探しているという扱いになりかねませんね。
彼自身が娼館主と面識があって提携してローズマリー嬢を探してるという様子ではなさそうなので、おそらく彼はシロなのでしょうが…。
彼の父親の方はローズマリー嬢を売り飛ばそうと考えていたとみるべきでしょう。
ですがローズマリー嬢を売って金に換える権利が誰にもない状態です。
子供を売るには所有権が必要だという事を知らずに不当な人身売買未遂の可能性があります。
あと、孤児を囲い込んで給金も与えずに無賃で働かせ続ける事自体が人倫に反していますし、そうした状況を放置した事はウィングフィールド公爵の落ち度です。
貴族の社交場でそうした事実を噂として流してウィングフィールド公爵を非難させれば、『孤児の虐待・搾取を禁じる』法をウィングフィールド公爵自身が施行して東部で実践していくしかなくなるのではないかと思います」
「…ニックは私を売りたかったんですね…」
「…彼が『娘を売る』と契約して既に資金援助を受けてるなら、彼に所有権のある実子を売る事になるでしょうね」
「資金援助ですか…。そこまでバカじゃない筈だと思いたいですが…。あの屋敷の人達は意外と分からないんですよね。ずる賢いのか、バカなのか…」
「『ローズマリー嬢は死んだ』という事にするに当たっては出奔時に着ていた服と髪を頂いて、血を付けたりして提出する必要がありますが、ご協力頂けますか?」
「分かりました。…髪はどのくらい必要ですか?…バッサリ切ってお渡しした方が余計に死んだと思わせられるのならバッサリいきますが…」
「そうですね。長めに欲しいですが大量には要りません。前髪の部分を切ってもらえば、それを提出できます」
私はその日のうちに
「公爵邸で着ていたボロ着」
と
「髪」
をセルデンに渡した…。




