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デート

 今や人間の生活に無くてはならないパートナーとなった、人工思考デバイスKAIBAを搭載したアンドロイドやシステム。その全てが、バグと名乗る存在に乗っ取られ、人間に牙を剥いた。バグは、人類支配への足掛かりとして、国際ネットワークセンターを襲撃し、建屋を大きく破壊した。

 まだ建屋の復旧は済んでいないものの、地下にあるサーバールームが無事だったおかげで、世界規模のネットワークダウンが起きるという最悪の事態は免れたのは不幸中の幸い。

 自社の株価が急降下したままであること等、まだまだ予断を許さない状況ではあるが、少なくとも決戦の渦中よりは、よっぽど落ち着いていられる。この日は、自社のラボに来て、依然として続く製品のリコール対応にあたっていた。

 バグによるハッキングという脅威は去ったものの、堕ちた信用の影響は測り知れず。今日も今日とてメールの受信ボックスには、回収依頼が殺到している。個人客の買っている製品は、営業に担当させているが、法人契約を結んでいるものは、そうはいかない。

 大きなため息をひとつついて、憂鬱な現実を画面ごと閉じる。納期にはまだ少し余裕があるのが唯一の救いか。とはいえ、自社の製品の契約破棄の申し出を何通も見るのは、流石にキツい。


 コーヒーでも淹れて来よう。


 席を立ち、エスプレッソマシーンのある休憩室に行こう、とラボを出たところで、ニーナとばったり出くわす。


「あ、聡さん。おはようございます」


 ニーナには、会社まで出向いてもらって雑務を担当させているのだが、その際の格好は製品に付属している簡素なワンピース衣装だ。それ以外は衣服を纏わない素体のままであることが多かった。

 だが、今目の前にいる彼女は、そのどちらの格好でもない。ネイビーのボタンシャツの上に、透き通ったカーディガンを羽織り、下はアイボリーカラーのガウチョパンツという出で立ち。おまけに、ネックレスに、金髪のウィッグまでつけて。幼いころに僕が憧れていたよりも、何倍も綺麗な姿をしていた。


「え、えっと……どうですか? こ、この格好……」


 機械仕掛けの彼女の頬が、少し紅く染まっているように見えてしまう。そんな機能は存在しないのに。

 いや、もしかしたら、頬が染まっているのは僕の方で、気づかれているかもしれない。そう考えると、途端にきまり悪くなって、言葉に詰まってしまう。


「え、ええと、いいんじゃないかな?」


 なんて気が利かない返事だろう。恋愛アドバイザーが、呆れかえってため息を漏らしそうな感想だ。なんて思ってたところに、まさにため息が聞こえてくる。


「石黒先生、もー、女の子のオシャレにそんなリアクションじゃあ、駄目ですよお」

「ご、ごめん……」

「せっかく私が、コーディネートしてあげたのに。ねー♪」


 スーツに身を包んだ茉莉が、ニーナの肩を揺さぶって同意を強要している。――というか、なんで会社の中にいるんだよ。どうやって入ったんだよ。ものすごくデジャブだけど!


「あ、あの……。なぜ、私にこのような格好を」

「なぜって、石黒先生が戦いが終わってから素っ気ないって言ってきたの、ニーナさんじゃないですか。ほうら、今、石黒先生、動揺しているから、この隙に押すんです!」

「押すと言われても、どのようにしたらいいのか」

「勇気を出すんです! 『私を石黒先生の専属秘書にする』っていう無理難題に応えた代償を取り返さなくてどうするんですか!?」


 いや、どんな交換条件だよ。何で勝手に専属秘書つけられてんだよ。

 それをニーナがなぜ受け入れたのか等、つっこみたいことは山ほどあったが、とりあえず呑み込むことにする。


「そう言われても、茉莉さん。私は勝手が分かりませんので」

「大丈夫大丈夫! 石黒先生、女性に免疫ないと思うから、きっと、上目遣いとかでコロっといっちゃいますよ」


 というか、その作戦会議は、聞こえていい内容なのか。僕と目が合ったところで、茉莉はニーナとの通信手段を耳打ちに変えたが、もう遅い。結局、ニーナからお誘いがあることはなく、しびれを切らした茉莉がこっちにやってきた。


「というわけで、石黒先生にはニーナさんとデートしてもらおうかと」

「いや、仕事中なんだけど......」

「いいじゃないですか。今日は、バグとの決戦に関わっていたエンジニアにはみんな休暇を取ってもらっていて、ほとんど営業部の人しかいないんですし」

「いや、なんでうちの出勤事情知ってるんだよ」

 

 彼女曰く、邦山さんが漏らしていたそうだ。先輩とはいえ、コンプライアンスというものをもう少し考えて欲しい。


「ほら、石黒先生も全然リフレッシュできてないでしょ。それにニーナさんのこと、大切じゃないんですか?」


 そう言われると、言い返せなくなってしまう。――ニーナが大切じゃないわけが、ないじゃないか。

 ひとまず、法人契約の解消の件等、外せない仕事だけを片付けて、フレックス退社を使うことにした。それを伝えたとき、ニーナの顔がぱあっと明るくなった。


 思えば、幼い頃はニーナと、普通に家族のように接していたのに。後続機のミーナを冷たく扱っていた自分に、慣れ過ぎてしまっていたみたいだ。人間と機械がいつまでも手を取り合っていける、そんな未来を描いていながら、この体たらくとは情けない。

 茉莉には、たまにハッとさせられることがある。彼女は、いつも自分が取りこぼしていたところに気づいてくれるのだ。


 ――でも少しだけ、引っかかってしまう。


 なんで、彼女がそんなことを気にかけるのだろうか――と。

 その疑問を本人にぶつける勇気は出なかった。


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