寝室騒動 後編
「あ…」
完全に忘れてた。
そうだった、私寝室が嫌だからって新居への引っ越しを長引かせていたんだっけ…つい数分前までハンナとも同じ話をしていたのに、お菓子に目を奪われて頭から抜け落ちてた〜!!
ああどうしよう…お菓子のことしか考えてない奴って呆れてるよね…フランツ怒ったかな?
言葉に詰まったクリスタは、その場凌ぎにティーカップに手を伸ばし口を付ける。
だがそんなことをしても稼げたのはせいぜい30秒程度。気まずくなり俯くクリスタに代わりフランツが話を続けた。
「嫌な理由を教えてもらえないだろうか…もちろん無理強いするつもりはないのだが、俺に嫌な所があれば全て直したい。完璧は無理でも出来る限りクリスタに好かれる男でありたいんだ。」
いつの間にかクリスタの隣に席を移動していたフランツは、彼女の手を両手で握りしめて真摯な瞳を向ける。
その瞳は不安に揺れ、今にも泣き出しそうなほど水分を溜めていた。
「いやその、ええと…別に嫌ってわけじゃないんだけど、ちょっとね…」
「お願いだ、クリスタ。君の本当の気持ちを教えて欲しい。察せられない駄目な男だと分かってるんだが、もう君に余計な我慢はさせたくないんだ。」
「…………だって、食べられなくなるでしょ。」
「え?今なんて?」
随分と間が空いてからクリスタの口から言葉が漏れた。
それは耳を澄ましても聞き取れないほど小さく、フランツはクリスタの口元に耳を近づけて聞き返した。
部屋の隅に控えているハンナを気にしたクリスタは、自分の口元を隠すように手で遮り、ハンナにも伝えていなかった話をフランツにだけ聞こえるように話し始めた。
「私、寝る前のベットの中でお菓子を食べるのが一番の幸せなの。でもこれハンナにバレると無茶苦茶怒られるんだよ。だからフランツにも叱られると思って…その…」
「ふっ……」
「え、フランツ?」
堪えきれず鼻で笑い声を上げてしまったフランツに、クリスタは訝しんで距離を取り彼の顔を見上げた。
「ああ悪い。クリスタの理由があまりにも可愛くてちょっと死にそうになっただけ。そんなこと俺が気にするはずないだろ。君から楽しみを奪うような真似は絶対にしないよ。理由は本当にそれだけ?俺に変な気を使ってない??」
「ううん、他は特にないかな…あでもやっぱり同じベッドでって言うのはなんとなく気恥ずかしいから、1人一つが嬉しい…かも。」
「かっ……」
「どうかした?」
「いや、クリスタの発する一言一句が可愛すぎて少し鼓動が止まりかけただけ。いつものことだから気にしないでくれ。」
「よく分からないけど、具合悪いなら医者に診てもらってよ?フランツが倒れたら私生きていけないんだから。」
「俺なしでは生きていけないだと…?俺こそがクリスタに生かされているとばかり思っていたが、彼女も俺と同じ状況下にいたのか…それはつまり互いに同じ方向を向いており相思相愛ということか?…いやまだ早合点だ。俺はまだまだクリスタに試される身であり、彼女の優しさに甘えてはいけない。彼女を繋ぎ止めるためにも俺は人生を賭してクリスタを満たし続けなければ…それをせずに俺に生きる価値などあるわけがなく…」
クリスタの一言で暴走したフランツは、温くなったティーカップの水面を見つめながらぶつぶつと独り言を唱えている。
見慣れない者からすれば異様な光景だが、もう慣れっ子のクリスタは休憩タイムとばかりにまた紅茶とクッキーを楽しみ始めた。
自分の皿が空になったためフランツの方にまで手を伸ばしている。
すかさず注意しようとしたハンナだったが、なんとか話がまとまったように見えたため褒美として今回は見過ごすことにした。
こうしてフランツとクリスタの些細な痴話喧嘩はあっけなく幕を下ろしたのだった。
***
仲直りから3日後、フランツとクリスタの二人は無事に新居への引っ越しを終えた。
最後まで揉めた寝室は朝日が一番最初に入る東側二階に位置し、目覚めてすぐ外の景色を眺められるよう背の高い窓が取り付けられている。
広々としたこの部屋にはミルクティーブラウンのカーペットが敷き詰められ、壁紙は白とアンティークピンクの2色使いでクリスタを意識した可愛らしい内装となっていた。
部屋の中央にはクリスタの要望通りクイーンサイズのベッドが二つ並んで置かれている。
ベッドの側にはサイドテーブルとランプに加え、パントリーとワゴンまで用意されていた。これは食が人生のクリスタのためにフランツが特別用意したものである。
パントリーには王宮御用達の菓子やパンなどが常時備蓄される予定だ。
さらに、クリスタのベッドの脇には使用人を呼ぶ用のベルの隣にはもう一つベルが置かれており、これを鳴らせばいつでも出来立ての料理が運ばれてくる手筈となっている。
これらは全てフランツが考え抜いたクリスタのための特別仕様であった。
「寝室の説明は以上だけれど、何か気になる点はある?クリスタの要望は全て叶えたつもりなんだけど、どうだろう…」
新居をクリスタに案内していたフランツは一番最後にここ寝室へと足を運んでいた。
内装や食へのこだわりを一通り説明した後、反応を窺うように隣に立つクリスタの顔を覗き込む。
「なんでベッドがひとつなの…?」
「ん?ベッドはちゃんと二つ用意したよ。ほら、見ての通り横に二つ並んでるじゃないか。」
ニコニコと微笑むフランツが指差す先には、びたりと隙間なくくっついた二つのベットがあった。
上掛けも一つしかなく、どこからどう見ても一つのベッドにしか見えない。
「くっつけたら意味ないでしょ!」
思わずクリスタの声が大きくなる。
ついでに眉も吊り上がっているが、フランツはそんな顔でさえ愛おしそうに頬を緩めて見つめ返すだけであった。
「俺は絶対にクリスタのことを振り向かせる。仮初でなく、愛し愛される本物の夫婦になるんだ。」
「なっ…急に何の話をしてるの!だから私たちはそういう関係じゃないって散々…んっ」
喚くクリスタの唇にフランツが人差し指を立て、耳元に唇を寄せた。
「それは今の話。」
「…っ」
耳のすぐそばでいつもより低い声で囁かれ、くすぐったさからクリスタが首を窄めた。その反応が嬉しく、フランツから笑みが溢れる。
「この先のことは分からない。それに、夜口説くのに距離のあるベッドではやりにくいだろ?」
「ひゃああああああっ!!!!」
経験したことのないゾクゾクとした感覚に、クリスタは堪えきれず悲鳴を上げた。
込み上げる様々な感情にベッドにダイブしたい衝動に駆られたが、逃がさないとばかりにフランツに後ろから抱きしめられてしまった。
「もちろんクリスタの気持ちが最優先だけれど、隙あらば君のことを口説きたいと思ってる俺の気持ちを知っといてほしい。」
「そっ、そんなこと言われたって…」
「返事は?」
「……………………は、い。」
「ふふふ、良い子だ。」
圧を含んだ声音につい従ってしまったクリスタ。途端にフランツの機嫌が良くなり、後ろから抱きしめたまま優しい手つきで彼女の頭を撫でる。
「今日は引越し祝いを兼ねてご馳走にしよう。王宮からシェフを招いているから楽しみにしてて。」
「わーい!やったー!!フランツ、大好き!」
「ああ、俺も。クリスタ、愛してる。」
フランツは後ろから回り込むようにしてクリスタの頬に口付けを落とした。
「ひゃっ」
あっという間に真っ赤になる彼女の耳に頬擦りをし、フランツは心底幸せそうな顔で微笑んでいた。
番外編読んでくださりありがとうございます(´∀`)
また気が向いたら二人の日常を投稿しようと思います!




