その後の二人⑧
クリスタから話を聞いたフランツは、邸に戻った後すぐに行動を起こしていた。
アルトナー公爵家の名で、ベルツ侯爵家に仕える使用人達にクビを言い渡した。
本来であれば、婚姻関係にあるとは言え、他の家の人事に口を出すことなど出来ないが、今回はベルツ侯爵家が没落寸前にあるという弱みに付け込み、過去の悪事を持ち出し半ば脅すような形で追い出したのだ。
もちろん、新居に引っ越すまでの間クリスタに苦労をかけないよう、アルトナー公爵家から使用人を呼び寄せ、翌朝には使用人の総入れ替えが完了していたのだった。
「そのようなことがあったのですね…知らなかったとはいえ、朝から取り乱してしまい、大変なご無礼を致しました。」
クリスタから事情を聞いたハンナは、深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。少しホッとしたような顔をしている。
「それにしても、フランツってすごく仕事が早いよね。何を頼んでもパパッとやってくれそう。何か他に無かったかなぁ…」
うーんと可愛らしく首を捻りながら考え込むクリスタ。
新たな復讐の対象を懸命に捻り出そうとしているクリスタに、ハンナは真っ青になって止めに入った。
「く、クリスタ様!そんな物騒なことより、そろそろお支度をして食堂に参りましょう。今日も公爵家の料理人が腕を振るってくれていますよ。」
「あ、そうだった!昨日新しい料理をリクエストしてたから早く行かなきゃっ。」
我ながら少々強引な話の晒し方だったと思っていたハンナだが、美味しいものの話にクリスタはすぐに支度に取り掛かった。
その様子を見たハンナは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
***
「エハルト・ベルツ、カトリン・ベルツ、指定植物の無断栽培及び禁止薬物の精製及び販売をした罪で双方の身柄を拘束する!」
使用人の制止を振り切りいきなり邸に入ってきた男は、訴状を読み上げると手で合図をし、20名ほどの兵士を屋敷の中に呼び寄せた。
本日、王宮から借金免除について話があるため使いを出すと言われていた二人は、これで今の生活が改善されると期待に満ちた表情で、今か今かと到着を待ち侘びていたのだ。
だが、指定された時間に現れたのは、使いの者ではなく、武装した兵士達であった。
「な、なんだ貴様らは!!こんなことを勝手にして、どうなるか分かっているのかっ!!ここは私の邸だぞ!」
エハルトは自分が丸腰であるにも関わらず、武装した兵士達に向かって感情を剥き出しにして怒鳴り付けた。
カトリンはその隣で蹲って耳を塞ぎ、震えている。
冷静に考えれば、怒鳴り付けて良い相手ではないことくらい分かるはずなのだが、今のエハルトは常軌を逸していた。
近づくなと喚き散らしながら、花瓶や絵画、写真立てなど、手当たり次第に掴んでは相手に投げ付けている。
だが、相手は皆武装しており訓練を受けている玄人である。物を投げつけられたくらいではびくともしない。
「これは王命だ。黙ってついてこい。」
エハルトの異常な様子に怯むこともなく、冷淡な声の視線で圧力をかけてきた。
「き、貴様!!私は侯爵だぞ!なんだその口の聞き方は!!不敬罪で打首にしてやる!名を名乗れ!!!」
無礼な物言いに、エハルトは我を忘れて怒鳴り散らした。血走った目で怒鳴り声を上げる様に、理性など一つも残っていなかった。
エハルトの尋常ではない取り乱し方にも相手は動揺することなく、ただ呆れてため息を吐いた。
「お前は、奪爵されることが決まっている。良かったな命まで取られなくて。平民としてせいぜい楽しく生きるといい。」
はっと鼻で笑うと、仲間に合図をして、エハルトとカトリンを拘束するように指示を出した。
「へ、平民だと…?な、なんで私が…何も、何もしてないのに…どうしてこんなことに…なぜだなぜだなぜだなせだなぜだなぜだ…」
先ほどまでの様子とは一変し、一気に力を無くしてその場に座り込んだ。
正気を失ったエハルトは、なぜだと言いながら壁に頭を打ち付けている。
カトリンも「平民」の言葉に、目を見開き、涙を流して何か懇願するような言葉を繰り返し口にしていた。
「何もしてない、か…本当に自覚がないんだな。フランツ様をお連れしなくて良かった。ご同行されていたら、間違いなく四肢をもぎ取られていたに違いない。」
正常な判断が出来なくなっているエハルトを前に、兵士の一人が独り言を呟いていた。
その後、エハルトとカトリンは拘束され、連行されていった。




