その後の二人⑦
「そういえば、今日のお茶会でうちが没落寸前ってあの縦ロールが言ってたけどほんと?」
「ああ。…心配かい?」
宣言通り、お茶会の後公爵邸で鱈腹ご馳走を食べたクリスタは、フランツと共に帰りの馬車の中にいた。
本来であればフランツは、馬車の前で手を振って見送るだけのはずが、しれっとクリスタと一緒に馬車に乗り込んで来た。お見送りの使用人達は皆困惑した表情を浮かべていた。
そして今、相変わらずクリスタにピッタリとくっついて隣に座っている。
『実家が没落寸前』
その事実に、自ら望んだこととはいえ、複雑な心境を抱いているに違いないと思い、フランツは彼女の心に寄り添うようにそっと手を握った。
「うん、少しね…」
いつもと違って不安げなクリスタの横顔に、フランツは胸が締め付けられそうになった。窓から差し込む月の光に彼女の色白の横顔が照らされ、余計に物憂げな様子に見える。
気付いた時には、彼女の頭を抱え込むように自分の胸に抱き寄せていた。
「俺がついて、」
「ちゃんと潰れてくれるかなぁ…」
「へ??」
「だって、あのベルツ侯爵だよ?大人しく没落するとは思えず不安だ…」
「ああ、そっち…はは…そうだよな。」
自分の予想とは真逆だったクリスタの不安に、フランツから乾いた笑い声が漏れ出た。
抱えていたクリスタの頭から手を離し、また手を繋いだ。
「そこは安心して。自ら悪事に手を染めてくれたからね。国が罰してくれるよ。これで合法的に侯爵の身分を剥奪出来る。二人とも貴族の名を捨て、平民として生きることになるだろう。」
「ありがとう、フランツ!それなら安心だ!!アイツらが平民落ちするなんて、最高の気分だわ。」
クリスタは愉快そうに声を出して笑った。先ほどの物憂げな様子はどこへやら、人の不幸な末路を声高に笑う顔は完全に悪役だ。
そんな彼女の姿でも、フランツにとっては可愛い笑顔であることには変わりないらしく、目を細め、優しい顔でクリスタのことを眺めていた。
「あ、フランツ、お願いがあるんだけど…」
「いいよ。」
「まだ何も言ってないんだけど…えっと、ハンナっていう私の専属侍女がいてね、その人だけ一緒に連れてきたいんだけど、いいかな…?」
「もちろん。他の人はいいの?」
「他は…私がカトリンに虐められていた時、見て見ぬふりしてたから助けてあげる義理はない。自力で就職先を探せばいいよ。」
クリスタは、冷たい声で言い放った。過去のことが頭をよぎり、光を失った瞳でぼんやりと窓の外を見つめる。
10歳にも満たない幼な子のことを迷惑そうに見てくる目。骨の皮しかないくらいに痩せ細っているのに、我が身可愛さに誰も手を差し伸べてくれない。それどころか、またアイツのせいでカトリン様のご機嫌が悪くなったと疎まれる。
本当に酷い話だ…
「は…?クリスタのことそんな風に扱ってたの?許せないな。そいつらも地獄に落としてやろう。見て見ぬふりなど、実行犯よりもタチが悪い。」
「…思い出したらムカついてきた。就職先に困るくらいはしてやりたい。フランツ、宜しく。」
「仰せのままに。」
フランツは黒い笑顔でニッコリと微笑んだ。
明日のランチの話でもするかのように、軽やかに復讐の話をしている二人。
そうにも関わらず、二人を包む空気はいつもと変わらず、穏やかそのものであった。
***
「クリスタ様!」
「おはよう、ハンナ。朝からそんなに慌ててどうしたの?」
翌朝、慌てた様子のハンナがクリスタの部屋に飛び込んで来た。
彼女にしては珍しく、声掛けもノックもせずにドアを開けて入ってきた。当たり前のことにも気が回らないくらい気が動転しているようだ。
「し、使用人達が…」
「ん?使用人が…?」
焦り過ぎて上手く話せないハンナは、一度言葉を区切った。クリスタは続きを促すように彼女の言葉を反芻する。
ハンナは息を吸うと、一息で言い切った。
「私以外、全員クビになりましたっ!!!」
「は…………」
何も分からない状況と、自分もいつクビにされるか分からない不安に、ハンナは今にも泣き出しそうな顔をしている。
ぎゅっと拳を握りしめ、縋るようにベッドに座る主人の顔を見上げた。
その瞬間、クリスタの口角が上がり、唇は綺麗な弧を描いた。
「何それ最高じゃん。」




