その後の二人②
『私たち、一体いつから一緒に住めるの?』
クリスタから発せられた衝撃的な言葉が、フランツの中で何度も何度もコダマした。
先ほどの、「家を潰して欲しい」という信じがたい言葉よりも、彼に衝撃を与えた。
学生のうちはさすがに…と思って勝手に気を遣っていたけれど、まさか、まさかクリスタの方から求めてくれるだなんて…
この状況は一体なんだ…
何がどうなっている…??
俺は変に遠慮し過ぎていたのか?反対にクリスタに気を遣わせてしまったのか?もしそうであるなら、それは男としてあり得ない失態だ…今すぐにでも挽回しなければ…
今日から一緒に俺の家に帰る?部屋は…ひとまず客室を当てがうか?しかし、クリスタを両親もいるあの邸に同居させるなど、俺の矜持が…本当なら、自分たちだけが住まう邸を用意して、クリスタにはそこで自由に暮らして欲しい。
なんで俺はもっと早くに準備をして来なかったのだ…まだ学生だからと勝手に決め付けて…悔やんでも悔やみきれん…。しかし、何を言ってももう遅い。今から出来ることを考えなければ。彼女の意思を正しく汲んで、彼女が喜ぶ彼女のためだけの環境を早急に用意しないといけない。
「クリスタ、大変申し訳ない…少しだけ時間をもらえないだろうか…」
「いいわよ。でも、なるべく早くしてね。」
あんな食事もう耐えられない…早くアルトナー公爵家の食事にありつきたいわー。この前ご馳走してもらったやつ全部美味しかったもんなぁ。また食べたいなぁ。
一緒に住んだら、一生毎日あのご飯を食べて生きて行けるってことだもんねっ!!
あーもう、最高過ぎるわ。
ようやく10歳の時に掲げた目標が現実になる。あぁ待ち遠しい。
「あ、あぁ。善処する。」
こ、こんなに俺のことを強く求めてくれていただなんて…
もう今日は学園に行かなくて良いんじゃないか?夫婦だし、家業も継いでいるし、学生に拘る必要はない。…そう考えると、行く必要はないな。せっかくこんなに燃え上がっているんだ。
このままクリスタを連れて俺の家に…
「ねぇ、今日の日替わりはなんだと思う??月が変わったから新しいメニュー出てるかな?楽しみだなぁ。」
「あ、あぁ。そうだな。」
ニコニコ笑顔で学園の昼食に思いを馳せるクリスタに、フランツは一気に現実に引き戻された。
「何やってるんだ、俺は…」
相変わらずクリスタに翻弄されっぱなしのフランツは、朝からどっと疲れていた。
それでも、彼女の横顔を眺めるフランツの表情は幸せそのものであった。
「おはよう。フランツに…アルトナー夫人。」
馬車から降りて教室へと向かう道中、エメリヒが声をかけてきた。
結婚した二人に向かって、わざとらしく、クリスタのことを夫人呼びしてきた。
クリスタは何も気に留めていなかったが、隣にいたフランツは顔を赤くしたのを誤魔化すように咳払いをした。
エメリヒは、そんな彼をニヤニヤした顔で見ている。
「…朝から揶揄うな。」
「事実を言ったまでだけど?」
エメリヒが気にする必要はまるでない。ヘラヘラと楽しそうな表情を浮かべている。
「ん?なんかフランツな顔疲れてない?朝から馬車の中でイチャイチ…んーーーっ」
不埒なことを言い出したエメリヒの口を、フランツがすかさず手で塞いだ。勢い余って鼻まで抑えられたため、彼はフランツの腕をバシバシ思い切り叩いた。
「ゴホッゴホッ…こらっ!お前は馬鹿力なんだから、加減しろ!死人が出るぞっ」
「…死ぬ方が悪い。」
朝から元気にブラックジョークを言い合う二人。クリスタがそんな二人を気にするわけもなく、ひとり昼食のメニューに思いを馳せている。
家では碌なものが食べられないから、お昼ご飯に命をかけないと!!なるべく多くの種類を並べて、片っ端から食べてやるわ!!ふふふ、お金を制限したくらいで私の食事の質が下がると思うなよ。
どんな手を使ってでも、美味しいものをたらふく食べてやるっ!!!!
カトリンのせいで、食への思いが一層強くなりつつあった。
拳を握りしめ、ひとり気合いを入れていた。




