甘い甘い甘い
「は!?今なんて!!??」
「ん?ベルツ公爵家をつぶ…んっ!」
「…こらっ!!」
クリスタはフランツの口を両手で塞いだ。
まだ馬車に乗る手前、玄関を出てすぐのところを歩いていた二人。
こんなことを万が一にでも聞かれてしまったらタダじゃ済まされないと、さすがのクリスタも焦り、武力行使でフランツの口を封じた。
いきなり口を塞がれたにも関わらず、フランツはニコニコと嬉しそうにしている。
「とにかく、早く馬車の中へ!」
クリスタは、フランツの腕を引っ張り、馬車の中に連れ込んだ。
二人が馬車に乗り込んだことを確認すると、後ろに控えていた使用人一同が深々と頭を下げ、馬車を見送っていた。
「急になんてことを言い出すの!周りに聞かれてたらどうするの!」
「クリスタは、ベルツ侯爵家潰すことに反対だった?」
怒鳴り付ける勢いで怒りを露わにしているクリスタとは対照的に、フランツはニコニコしている。
二人きりの空間が嬉しすぎて口元が緩みっぱなしになっている。そしてまた、どさくさに紛れてクリスタの隣に座っていた。
「反対かって聞かれると………大賛成ね。」
「ふふ、良かった。今すぐは無理だけど、なるべく早く実現出来るように手を尽くすから、少しの間待っていてほしい。」
「ええと…あんまり無茶はしないでね?合法的な範囲内で頼むよ…」
「御心のままに。」
わざとらしく大仰に言うと、フランツはクリスタの手を取り、誓いをするように、その甲にキスをした。
「!!」
突然のキスに驚いたクリスタは、勢いよく手を引っ込めた。
だが、狭い馬車の中、逃げられるわけもなく、引っ込める手をフランツに掴まれ、逆に彼の方へと引き寄せられてしまった。
「可愛い…」
軽く抱きしめたまま、フランツはクリスタの耳元で囁いた。
「なっ!!」
引っ張られた勢いでフランツの胸に頭を預ける格好になっていたが、彼の言葉にすぐさま身体を離し、出来る限りの距離を取った。
フランツにとってそれは、拒絶でもなんでもなく、臆病な子猫が毛を逆立てているような大変可愛らしいものであった。
彼女のことを見つめる瞳に愛しさが増す。
「本当に可愛い。ずっとこの腕の中にしまっておきたい…学園も行かなくていいや。もう実務も経験しているし、家でも仕事は出来るから。ねぇクリスタ、毎日二人きりで過ごそうよ。ちゃんと毎日違った美味しいものを食卓に並べるから。そうだな、異国出身の料理人も雇おう。色んな国の料理を味わえるよ。どう?」
クリスタへの甘さ全開の誘惑に、彼女の心は傾きつつあった。
毎日違った料理…異国のご飯も食べられる…??それって、夢にまで見た理想の人生じゃない??
私が願っていた理想の世界。
前世の時から物凄く欲しかったものが、現世でようやく手に入れられる…
え…なにそれ、めちゃくちゃ良いじゃん…そんな毎日を過ごせたらどんなに幸せなことか…そのためだったら、引きこもり生活でも悪くないんじゃない??
それが私の幸せ…
「食事の時間は必ず一緒に過ごすから。また半分こしよう。俺が手づから食べさせてあげる。水も飲ませてあげるし、口元も拭いてあげる。クリスタは何もしなくても大丈夫だから、食事だけに集中して。ね?」
…パチンッ!
フランツの際ど過ぎる発言に、完全に目が覚めたクリスタ。
「って、それはやり過ぎでしょ!!!!!」
ツッコむと同時に、眼前に迫っていたフランツの口元に両手を当てて停止させた。
甘い言葉で誘惑し、その気にさせようとしていたのだ。
「ふふ、誘惑失敗。」
フランツはクリスタのことを見つめ、蕩けるような笑顔を向けた。
「本当に…フランツといると調子が狂うわ…」
「俺も。クリスタを目の前にすると、心臓の音が鳴り響いてどうにかなってしまいそうで、いつもの自分じゃなくなるんだ…」
フランツは苦しそうに顔を歪め、胸元のシャツを握りしめた。
美形が苦痛に顔を歪める様は、なんとも言えない色気を醸し出している。
「一回黙って…」
クリスタは、隙あらば口説こうとしてくるフランツに辟易していた。
ちょっと休憩と言わんばかりに、思い切り顔を反対方向に向け、意味もなく窓の外を眺め始めた。
フランツは、そんな彼女を甘ったるい顔で見つめ続けていた。




