ヨークの本性
「おい、勝手に何をしている。」
視界の端に金髪を捉えたフランツは、その行先を見て慌てて追いかけてきたのだ。
ヨークは、フランツのことを見やると、金髪を耳にかけて微笑を浮かべた。
「君こそ、何をしているの?もう婚約者ごっこは終わりだ。ベルツ侯爵の許しも頂戴している。今日にもクリスタのところに証書が届くはずさ。」
「貴様、何をふざけたことを言っている…?」
フランツの纏うオーラが一気に凍り付いた。先ほどのエメリヒに対するそれとは比べものにならないほどのプレッシャーを出している。
はあ????????????
こんやく?コンヤク?婚約???
こいつ、本気で何言っちゃってくれてんの?証書だと?私の意思も確認せずに??そんなこと出来ると本当に思ってんのかな…
やっぱり、この人頭おかしいわ。
どれだけ美味しいものを積まれたって、こんなヤツとは絶対に結婚しないんだから!!
「脅しても無駄だよ。ベルツ侯爵は、クリスタがお前に騙されていることにひどく心を痛められていた。だから、お前との結婚を認めるなんて絶対にありえない。僕は優しいからね、別れの挨拶の時間くらいは与えてやろう。明日から、クリスタは僕のものだ。」
「……っ」
ヨークは半分笑っていた。
フランツの何も言えない姿が嬉しくて仕方のないようだった。この状況を面白がっているようにも見えた。
ヨークは、立ち去る間際、クリスタの耳元に口を寄せてきた。
「男なら誰でも良いんだろう?だったら、僕が遊んでやるよ。」
「なっ!!!!!」
ヨークは、最低な台詞を吐くと、クリスタの顔を見ることもせず、その場を去って行った。
「クリスタ様!大丈夫ですの??」
固まったまますぐ側で一部始終を見ていたデリアが心配して駆け寄ってきた。
「え、ええ…問題ございませんわ。」
き、気色悪ーーーーーーっ!!!!!この耳!!取り外して丸洗いしたい!!!本当に気持ち悪いーーーー!!!!!何度も呼び捨てにされたし、本当にムカつくーーーーー!!!!
お前なんか、机の角に足の小指ぶつけてのたうち回れ!!!!そして、そのままくたばれ!!!
クリスタが脳内で暴れまくっていると、一瞬姿を消していたフランツが戻ってきた。
水に濡らしたハンカチを手にしており、丁寧にクリスタの耳を拭き上げた。
「デリア嬢、この話は他言無用だ。余計な詮索はしないように。」
「…もちろんでございますわ。」
フランツの言葉に、デリアは無条件に頷いた。とてもじゃないけれど、何か聞けるような雰囲気ではなかった。
「クリスタ、明日ベルツ侯爵の元へ行こう。」
「え…明日?急過ぎじゃなくて?学園は?」
「書類の上とは言え、クリスタがあんなヤツの婚約者となっている事実に一秒だって耐えられない…」
「いや、まぁ、それはそうなのだけど…それにしても…」
アイツ…領地にはカトリンもいるのか…もう顔も見たくないんだけど、、、顔を合わせないといけないかなぁーやだなぁ…父親の顔なんて覚えてすらいないし、、私のことなんて興味ないでしょうに…
そんな人たちの前でアレをやらないといけないのか…
お嬢さんを下さい!的な…???
うっわ………だるっ………はず…………
「侯爵には俺から先触れを出しておく。説明も俺からちゃんとするから。クリスタは何一つ心配しなくて良い。」
「分かったわよ…」
「フランツ!お前、中々戻って来ないと思ったら、こんなところでイチャついて…えっ!?」
エメリヒは、フランツを揶揄ってやろうと思っていきなり声を掛けたのだったが、クリスタの後ろにいたデリアを見て目を見開いた。
「お、お前…こんな白昼堂々浮気だなんて…しかも学内で…ってもしかして、これ修羅場…??嘘、今揉めてるの?なになに、何の話してたの…??まさか、フランツの取り合い…??」
他人の色恋沙汰に、エメリヒの目は興味一色に染まった。
嬉々として首を突っ込もうとしてくるエメリヒに、フランツは呆れてものが言えなかった。
「お前がいると余計に話がややこしくなる…。クリスタ、昼休みも終わるから、一度教室に戻ろう。詳しいことはまた後で連絡する。」
「ええ、そうね。」
クリスタは、明日のことを考えると、午後の授業は何一つ頭に入って来なかった。
憂鬱な明日をどう生き抜くか、そのことばかり思考していた。




